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10 お。職について

 激しい騒乱の後に残ったものは、ぬるい常温の虚脱感と湿っぽい塩気を帯びた悲しさだった。

 それは嵐が去った後の明け方に似ている。

 ソファーで安静に放置されていた課蜂が、のそりと席を立つ。

 納戸は少しの警戒に多めの心配を混ぜた眼差しでそれを見守った。

「今北課長。申し訳ございません」

 デスクの前で頭を下げる課蜂は、なんだか見ていられなかった。

 今北課長に目を向ける。叱責だけは辞めて欲しいと思ってしまうのは、良くないのかも知れない。だが、それでもそう思った。

「事情は把握しているよ。ただ、そのティーカップはなんだい?」

「それは…幼馴染みの友人がくれたもので。大切なものです」

 課蜂が人を殴るほどに大切にしているもの。それに加えてストレスもあった。情状酌量の余地はあるはずだ。

「そうか。そのティーカップは替えが聞かないものなんだね」

「はい。その友人は…ドレッサーに殺されました」

 絶句。

 幼馴染みで友人。その人物がくれた大切なもの。もはや形見に近いのでは無いだろうか。

「わかった。涼宮課長の件だが、君は悪くない。そうなるように働きかけよう」

「今北課長…?」

 不審な物言いに課蜂が首をかしげ、納戸も同じように疑問をもった。

 すると今北課長と目が合う。

「納戸くん。涼宮課長が鬱陶しいと思わないかな?」

「え? はい?」

「納戸くん。迷惑だと感じないかな?」

 笑顔だが、なにか圧力を感じた。肯定も否定もしづらく、ただ愛想笑いを浮かべるしかない。本音のところでは全力で頷きたいが、なぜか恐ろしい。

「納戸くん。本音はどうかな? 接触してほしくないと思わないかな? 7課のために」

 もういいかと圧力に屈し、消極的ながらも本音を口にした。

「まぁ…はい。そうですね」

「よし、ありがとう。これで戦える」

 なにと戦うつもりなのだろうか。

 今北課長はデスクから立ち上がり、ご機嫌な様子でパソコンを閉じた。

「課蜂。命令だ。休憩室で8時間寝て過ごしなさい。これを罰とする」

「はい」

 思い足取りでシャワールームに課蜂が向かう。

 それから視線を動かして忠正に目を付ける。

「忠正。センスのいいティーカップを4名分購入してきなさい」

「え? 俺の金!?」

「経費で落とせるようにする。安心して買ってきなさい」

「うっひょー。経費で買い物っていいねー。承知しましたー!」

 ガタガタとデスクを鳴らしながら、忠正が軽快な足取りで課を出ていった。

 今北課長と再び目が合う。

「納戸くんはここに待機して、ドレッサーの連絡があれば直ぐに連絡をしてくれ」

「分かりました」

 了承すると、今北課長はスタスタと足早に課を去った。

 一人残された納戸は、いやに静かな課に少しだけ居心地の悪さを感じた。

 いつの間にか、ここを居場所として気に入っていることを染み染みと感じた。だからこそ、ふいに感情が口から溢れた。

「もう来ないで欲しいなぁ…」

 人に対して口にしてはいけないことだったが、誰にも聞かれていないのなら良いだろうと納戸はその感情を押さえつけることはしなかった。

 そのぼやきから2時間過ぎて、忠正が高級品などが入っていそうな紙袋を慎重に持ち込んできた。

「それ…いくらしました?」

「6万」

 なんてことのないように言ってのけた忠正に、納戸はひきつった顔をした。

「ティーカップってそんなにするんですね…」

「課蜂が気に入りそうなの探したら2万近くしてさ。それから俺らの3つを選んだらこうなった」

「全員分買ったんですか!?」

「経費にするって言ってたし? 今北課長ならなんとかしてくれるだろ」

 怖くないのか、最悪返品は出来るのか、そんな感情がグルグルと頭のなかを回る。

 納戸の心知らずに、忠正は4つの箱を見せて、それを選んだ理由を楽しそうに語りだす。

「まず課蜂のは、前使ってた奴に似てる形状で選んだ。店員に拘りが強い奴が好む物教えてもらって、外には装飾あるけど中は純白のコイツが良いんだと」

 知識はない。なにが良いのか分からないが、詳しそうな人が太鼓判を押したのなら大丈夫だろう。

 値段は全然大丈夫そうではないが。

「で、残りの3つだけど、そもそも俺たちには紅茶の風味がどうのって言われてもよく知らねーから、飲むものから決めた」

「いいですね。ただ、正直買い換える必要ありますか? マグカップで充分ではないですかね?」

 紅茶という物の深みを理解できていない。マグカップでも事足りる。そもそもソーサー付きのティーカップを使っているのは課蜂だけだ。

「昔に課蜂が言ってたんだよ。どうせならティーカップで飲んで欲しいって。有識者がそう言うなら、多分そっちの方がいーんじゃね。それに、なんかバランス悪いだろ」

「バランス?」

「ティータイムなんて言いながらマグカップでゴクゴク飲んでるのはどーなんだってこと」

 見映えは確か悪い。気になる人には気になるのかもしれない。しかしだからといって無駄遣いではないだろうか。費用で落としていいものなのか。

 その疑問は30分後に帰ってきた今北課長が解消した。

「今回の件だが、涼宮課長と7課全員には接触禁止令が下された」

「罰則は?」

「ない。課蜂の私物を破壊したことと相殺させた」

 なにがどうなって、殴った側に罰の1つも発生しないのだろうか。

 それと私物を破壊と言っていたが、課蜂が殴ったらティーカップを落としたのでは無いだろうか。

 なんだか釈然としないが、結果的には良いことなので深く追求はしないことにした。

 不自然に不鮮明な物には誰かの不都合が詰まってる。

「どーやったんです?」

 凄いなこの人。

「ちょっとした汚職を突いた」

 凄いな今北課長!

 なんてことないように汚職という言葉を使う今北課長に驚いた。仮にも公務員であるというのに、不正がありましたと口にだし、あまつさえそれを利用して自分に有利になるように動いてもらうなんて。

「今北課長すげー。これも経費?」

「領収書は?」

 6万の重みが今北課長の手に渡り、それからまた課から出ていった。

 経理部とはそもそも部署が違う。同じ部署内の課同士で発生した問題とは処理方法が違うはずだ。

 納戸の杞憂は10分程度で帰ってきた今北課長が無駄なものだったと証明した。

???「全く…物を大切にすることは良いことですが、その程度のものに執着しすぎですよ」

「おー。怖っ」

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