贈ってはいけなかったギフト
「あなた、何てことしてくれたの!」
電話の向こうのおばさんの声はひび割れていた。
「あんなものを贈ってくるなんて!」
僕はスマホを握り締めたまま、呆然とそれを聞いていた。
今年の夏も暑かった。
お世話になっている練馬のおじさん一家にお中元として例年通りビールの詰め合わせを贈ろうと思っていたが、去年の暮れに会ったときおじさんが、肝臓の数値が、とこぼしていたのを思い出した。
お酒はあまり良くないかな。
ネットで検索していると、ちょうどいいものを見つけた。
天然水ゼリー。
フロムアクアという会社の出しているゼリー飲料で、ペットボトルをよく振ってラムネ風味のゼリーを喉に流し込むと何とも言えない爽快感がある。
駅の自販機で売っているのはよく見かけていたが、ギフト用の箱詰めセットまであったとは。
よし、これにしよう。甘いもの好きでもあるおじさんなら、きっと喜んでくれるだろう。
僕はさっそくスマホをポチポチして、それを贈ったのだが。
「僕が贈ったのは水ゼリーですよ?」
電話の向こうでまだ何事か喚いているおばさんに、僕はおそるおそる言った。
「まさか、喉にでも詰まらせましたか?」
いや。こんにゃくゼリーと違って弾力のない水ゼリーにその心配はないはずだ。
「あの人、当局に連れていかれたのよ!」
「は?」
「ここは練馬なのよ!」
「え? はい、知ってますけど」
「練馬に水ゼリーを贈ったら、どうなるか分からないの!?」
「おばさん、ごめんなさい、まるで言ってる意味が」
「水ゼリーがどれだけ貴重なのか知らないの!?」
「貴重って。いやいや、夏なら駅の自販機でどこでも売ってますよ」
「それ、JRの話でしょ!」
「へ?」
「練馬にはね、JRは通ってないのよ!」
「そんなバカな」
天下の東京二十三区だぞ。JRが通ってないなんてありえない。
「他の私鉄の駅では売ってないの! 練馬で水ゼリーは手に入らないのよ!」
「そんな」
「だから練馬では水ゼリーは禁制品なのよ! 常識でしょう!」
言われている意味が分からなかった。
「あの人、密輸を疑われて拘束されたのよ。私だってすぐに……きゃああっ!」
「おばさん!?」
悲鳴とともに電話は切れた。かけ直したが、もう繋がらなかった。
僕はとりあえず近所の交番に出頭してみたが、事情を話すと「クーラーの効いた部屋で休みなさい」とかわいそうな人を見る目で言われただけだった。
けれどあの日以来、おじさん一家との連絡はつかないままだ。




