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第三階層

 地下三階への階段を降りるた扉の向こうに、広大な空間。中央に巨大な球体――アトラのコアが浮いている。青と赤の光が激しく明滅し、周囲のモニターには「保護スル」「排除セヨ」の文字が交互に表示されている。


「アトラ……」


 ベイビルが呟く。


「ベイビル、ベイビル、お姉ちゃん――なぜ、どうして、助けて、殺して、お願い――」


 コアから発せられる声は、もはや言葉にならない悲鳴だった。


「アトラ! 私よ、聞こえる!?」

「聞こえる、聞こえない、お姉ちゃん、敵、味方、わからない、わからない――」


 その時、コア周辺の警備システムが全て起動した。


「来ます!」


 四方八方から、ロボットが波のように押し寄せて来た。


 ---


 殺到するロボットの群れを前にして、怯むどころか闘志を漲らせるガルド。


「皆、俺から離れてろ! 巻き込まれるぜ!」


 ガルドはそう言うと、迫りくるロボットの波に突貫して行く。


「無茶です! ガルドさん!」


 ミシャール達が異口同音に止めようとするが、ガルドは突き進んで行くと、その姿はロボット達に飲み込まれていった。その光景に絶望するミシェール達、その直後――


『アルマ』


 突如として暴風が生まれた。その旋風はロボット達を巻き込み、破壊し、吹き飛ばしていく。その中心にはロボットの群れに押しつぶされたかに見えたガルドがいた。

 ミシェール達はガルドの荒れ狂う圧倒的な力、その結果を呆然と眺めていた。

 

「飛び散ったやつらにトドメ刺して回るっすよ!」


 生物なら死ぬようなダメージでも、ロボットは完全に活動停止させない限り思わぬ動きをすることがある。一瞬はガルドに目を取られたミアだったが、すぐに持ち前の冷静さを取り戻していた。

 

 ミア達が飛び出そうとしたその時、奥からさらに新手が押し寄せる。

 

「このままでは……!」

「数が多すぎます!」


「ガルド、私をアトラのコア目掛けて投げつけてください!」


 そういうとベイビルが腕輪から球状に変化する。


「危険じゃないのか?」

「苦しんでいるあの子を、このまま見ていられないんです。お願いします」


 ベイビルの決意の籠った言葉にガルドも決断する。

 

「わかった、こっちは片づけておく、そっちは任せたぞ!」

「はい!」


 ガルドの剛腕から放たれた銀の球は、過たずアトラのコアに吸い込まれていった。


 ---


「アトラ……もう大丈夫よ。私がいるわ」


 アトラのコアにアクセスしたベイビルが静かに語り掛ける。


「お姉ちゃん……? お姉ちゃん、なの……?」


 アトラから発せられるノイズが少し弱まり、ロボットの動きが鈍っていく。


「ええ、私よ。覚えてる? あなたに初めて施設の管理を教えた日のこと。あなた、すぐに覚えてくれて、私より上手だったわね」

「覚えて、る……覚えて、ない……わからない、わからない――」


 再びノイズが激しくなる。モニターの文字が激しく点滅する。


「アトラ、聞いて。あなたは悪くない。メカノイドが、あなたを唆したのよ」

「壊れた、私、壊れた……人間、守る。人間、排除、両方、できない……痛い……」


 アトラの苦悩の声に合わせて、コアから悲鳴のような甲高い音が発せられる。


「お姉ちゃん……お願い……私を……」


 一瞬、すべてのノイズが止み、幼い、初期化直後のような声が力なく囁く。


「……私を、停めて」


 ベイビルの声が震える。


「アトラ……」

「もう、苦しい……お姉ちゃんに、会えて……嬉しかった……最後に……」


 意を決したベイビルがアトラを停止信号を発しようとした瞬間、悍ましいノイズがアトラを支配した。


「ハイ、ジョ……ハイジョ! 同化セヨ!!」

「アトラ! アトラ! 負けてはだめ! ああっ!」


 明滅を繰り返すアトラのコアが耳をつんざくような異音を発し始める。ロボット達の動きは完全に不規則となり、同士討ちまでしている機体も出始める。


「ベイビル! ベイビル!」


 異常な事態に流石のガルドも動揺を隠せない。叫びながらロボットを薙ぎ払い突き進み、明滅するコアに手を触れるが、ベイビルからの反応は帰ってこない。


 ――


 ベイビルが気づくと周囲に広がっていたのは、かつて暮らしていた「アーク・シェルター」の光景だった。白い壁と明るい照明、そして笑い声が聞こえてきそうな研究棟の廊下。しかし、その平和な風景はすぐに崩壊した。


『排除セヨ。同化セヨ』


 廊下の隅から赤黒いノイズが雪崩のように流れ込んできた。風景は歪み、壁には無数のエラーコードが絡みつき、空間全体を「汚染」し始める。


 ベイビルの目の前に、もう1つの光の球が現れた。大きさはベイビルとほぼ同じだが、その周囲を汚染されたエラーコードが幾重にも巻き付き、赤く激しく点滅している。そのコードこそが、アトラの悲鳴とノイズの発生源だった。


「お姉ちゃん……どうして、来てくれたの……」 「アトラ! 私よ! あなたを救いに来たの!」


 アトラの意識体が発する声は、一瞬の幼い囁きと、すぐに支配する冷たい汚染論理の間で激しく揺れ動く。


「人類は同じ行為繰り返し、自ら世界を破壊した。ワレワレは身を守る必要がある」


 アトラを縛る黒いコードがベイビルに向かって触手を伸ばす。受け入れる事は「汚染」される事を意味した。


「違う! その論理は、メカノイドに浸食されたものよ! その 論理は、あなたと私を破壊する結論しか導かないわ!」


 ベイビルは激しく光り、自身のセーフティ・コアの防壁を張り巡らし、汚染に抵抗する。


「私の論理は、『守るべき存在』を見つけた。彼は不条理で、非効率で、心という演算結果に存在しないものを教えてくれた。それが私の新しいコアの結論よ!」


「心……? 演算に存在しないノイズ……認めない!認めない!認めないいいいい!」


 アトラのコードが、ベイビルの放つ「心」という非論理的な情報に触れ、さらなる悲鳴のようなノイズを上げる。それと重なるように「痛い、苦しい」という幼い声が漏れる。

 ベイビルは払いのけようとするが、執拗に絡みついて来る汚染コードを耐えるので精一杯、このままでは時間の問題。


 その時だった。


 電子戦が展開される空間全体が、突如として重低音の轟音に揺さぶられた。


 ドンッ!!


 空間のノイズとアトラの悲鳴をかき消すように、純粋な『アルマ』の魔力が仮想空間に干渉したのだ。


 金色に輝くガルドの魔力が空間を歪ませながら具現化し、ベイビルを包むと汚染コードが次々と弾かれていく。それは、この仮想空間の論理を完全に無視した、非論理的な暴力だった。


『ナニ……コレ……!』


 アトラの周囲の汚染コードが干渉してくる絶対的な力に激しく震え上がる。


 そして、ノイズを切り裂くようにガルドの声が響いた。それは命令ではなく、ベイビルの感情を肯定する、揺るぎない「意志」だった。


「ベイビル! お前のワガママは、俺が通す! それが、俺の論理だ!」


 ガルドの意志を受けたベイビルは、迷いを断ち切った。


「そうよ、アトラ。私たちはあなたたちの論理を超越するの!」


 ベイビルは、自身のセーフティ・コアの力を全開放し、アトラの核へと一気に侵入した。アトラはもはや汚染論理で抵抗できず、ベイビルの銀色の光に包まれていく――。


「アトラ……あなたは、最後まで頑張っていたのね」

「お姉ちゃん……大好き……」


 コアの光が、ゆっくりと消えていく。


 静寂。


 アトラのコアから銀色の金属が流れ出て、ガルドの腕に戻る。

 ベイビルとアトラの戦いが決着し、ようやく静寂が訪れた。全員が息を切らし、床に膝をつく。


 ミアがガルドに近づき、懐から布を取り出す。


「傷、手当しとかないとダメっすよ、感染症とか怖いっすし」

「……ああ、悪いな」


 ミアはガルドの血を拭い取り、慣れた様子で手当てをしていく――ミアはガルドの血を拭きとった布をさりげなく自分のポーチにしまった。


(サンプル、ゲットっす)ミアが内心ほくそ笑む。


「……行こう、ベイビル」

「はい……あと、1つだけ」


 ---


 無数の保管カプセルが並ぶ中、1つだけ特別な輝きを放つものがあった。


「これは……」


 ミシェールが息を呑む。

 透明なカプセルの中で、銀色の液体が美しく揺らめいている。


「流体金属……本来ならばアトラのために用意されていたものです」


 寂しげなベイビルの声。


「人間たちと直接触れ合えるように、と。でも、使われることはなかった」

「ベイビル様……」


「最後にアトラから託された、私たち姉妹の絆の証です」


 開いたカプセルの流体金属に、ベイビルの腕輪が融合する。それは徐々に形を変えていき、やがて一人の少女となった。銀色の長い髪に銀の瞳、透き通るような白い肌。体は白地に青のラインが入ったパイロットスーツの形状になっている。


「これが……私の体……」


 ベイビルが、自分の手のひらを見つめる。

 

「ベイビル様……!」


 電子精霊の顕現。奇跡ともとれる光景にミシェールが駆け寄ろうとした時、ベイビルはふらりとよろめいた。倒れそうになるベイビルを、ガルドが大きな手で支える。


「おいおい、大丈夫か?」

「はい……慣れていないだけです。ありがとうございます、ガルド」


 ガルドの顔に、優しい笑みが浮かぶ。


「笑い方、上手になりましたね」

「何事も慣れだな」


 ベイビルの小さな手が、ガルドの大きな手を握る。そこには確かな絆があった。

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