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遺跡

「おかしいですね、警備システムが作動していないようです」

 

 ベイビルが不審そうに呟く。

 受付カウンターは半ばから崩れ、床には色褪せた書類とガラス片が散乱している。壁に掛かっていたモニターは割れ、配線が垂れ下がっていた。だが、ところどころに引っかき傷のような深い溝――何かが暴れ回った痕跡がある。


「汚染された電子妖精が持ち直したとか?」


 ガルドが周囲を見回しながら尋ねる。


「それならば何らかのリアクションがあるはずですが、何もないとなると……」

 

 屋内は荒れ放題。以前何かが暴れ回っていた痕跡があるだけに、今のこの静けさは不気味だった。


「油断せず進みましょう」


 ガルドを先頭に慎重に歩を進めていく。静かな屋内では自分たちの足音がいやに大きく聞こえ、何かを呼び覚まさないかと不安にさせた。

 天井から垂れ下がったケーブル。崩れかけた案内表示の文字――「研究棟」「生産棟」の文字だけが、かすかに光っている。


「ベイビル様、ここで何の研究を?」


 ミシェールが小声で尋ねる。


「様々な技術開発が行われていました。人々の生活を豊かにするための……」


 ベイビルの声に、わずかな寂しさが滲む。

 1階には目ぼしい遺物も見つけられず、廊下を進んでいくと、やがて大きな閉ざされた扉に行き当たった。


「扉のセキュリティを解除するので少々お待ちください」


 ベイビルが扉の横の端末に手を当てる。一瞬、端末の画面に緑の光が走り、ロックが外れた。重々しい音を立てて扉が開く。

 その瞬間――


「ベイビル、お帰りなさい――お帰り――待っていたわ。ああ、お客様? お客様、危険、キケン、ハイジョ、排除しなくては――」

 

 ノイズが激しくなる。温かい声と冷たい機械音声が、二重に重なって聞こえた。


「! アトラ……」

 

 ベイビルの声が震える。ガルドは腕輪が小刻みに振動しているのを感じた。


「ここの電子妖精に気づかれました! ここから先は危険ゾーンになります!」


 ベイビルの警告に合わせたように、開いた扉の奥から4本脚の出来損ないの蜘蛛のような機械が、何体も向かってくるのが見えた。


「来たか!」

 

 ガルドが金剛杖を構える。


「ハアアアアアアアアア!」

 

 すかさずガルドが迎撃に出る。蜘蛛の手から伸びるワイヤーをかいくぐると、金剛杖を振り回し蜘蛛を吹き飛ばしていく。一撃で装甲が砕け、火花を散らして床に転がる。


「リアム、左!」

「心得た!」


 ガルドの攻撃によって行動不能となった蜘蛛へ、リアムとラドラムが止めを刺して回る。ランパートは後衛でミシェールを護りながら、冷静に敵の周囲の様子を伺っている。

 10体ほど仕留めた所で、蜘蛛の姿は見えなくなった。


「エレベーターは危険です。あれも乗っ取られていますので階段まで移動します」


---


 地下への階段は薄暗く、非常灯だけがぼんやりと道を照らしている。壁には亀裂が走り、暴走の傷跡が残っていた。


「第一階層、研究棟です。お気をつけて」


 ベイビルの声と共に、地下一階の扉が開く。

 広い空間に、整然と並んだ実験台と機材の残骸。モニターのいくつかは点滅し、意味不明なデータを表示し続けている。


「ここで、妹さんと一緒に?」


 ガルドが静かに尋ねる。


「……はい。アトラに施設の管理方法を教えたのは、この部屋でした」


 通路を進むと、突然壁のスピーカーから声が響く。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうして、どうして来てくれなかったの? 痛い、苦しい、助けて――シンニュ、シャハイジョ、ハイジョ、ハイジョ――」

「アトラ!」


 ベイビルが叫ぶ。だが応答はノイズだけだ。

 ガルドは腕輪が、小刻みに震えているのを感じた。


「……ごめんなさい、アトラ。もっと早く来るべきだった」


 小さく、震える声。


「大丈夫か、ベイビル」

「……はい。もう、迷いません。早く、楽にしてあげないと」


 声は小さいが、決意は揺るがない。


 ベイビルの覚悟に呼応するかのように、研究棟の奥から警備ロボットが現れた。人型をしており、右手にスタンバトン、左手にゴムスタンガンを持っている。


「暴動鎮圧用ロボRCU-9です、スタンバトンとゴムスタンガンに気を付けてください!」

「こいつは厄介そうだ!」


 RCU-9がゴムスタンガンを撃ってくるが、ガルドは紙一重でかわしつつ前に出る。


「ミシェール様、下がって!」


 ラドラムが盾を構え、ゴムの弾を受け止める。ズンと重いその感触に驚くラドラム。素早く移動したリアムが側面から斬りかかるが装甲は厚く剣が弾かれた。体が流れたリアムにスタンバトンが迫るもガルドの金剛杖がそれを受け止めた。


「弱点は背部の冷却口です!」


 ベイビルの声に、リアムが素早く反応する。冷却口に剣を突き刺すと、動きを止めたロボットが煙を吐き始め、やがて全身から火花を発し沈黙した。


「……階層が下がるほど、敵が強くなります」

「望むところだ」


「これは私たちには使えないでしょうか?」


 RCU-9が持っていたスタンバトンを手にしたランパートが尋ねる。


「エネルギーが残っている間は使えます。グリップに先端から電磁パルスを流すトリガーがあるはずです。そのまま警棒として振える丈夫さもありますよ」

「おお!」


 スタンバトンは前衛を務めるリアムが持つこととなり、期せずして遺物を所持する事になったリアムは頬を緩めた。


---


 地下二階、生産棟。


 巨大な空間に、組立アームや製造ラインが並んでいる。天井は高く、かつてはここで24時間稼働していたのだろう。今は錆びついたアームが垂れ下がり、床には部品が散乱している。


「ここでは何が作られていたのですか?」


 ランパートが周囲を観察しながら尋ねる。


「生活支援ロボット、医療機器、様々な――」


 ベイビルの言葉が途切れる。生産ラインの中央に、何かが立ち上がる音が響いた。


「あれは……暴動殲滅用ロボ、RDU-1です!」


 その姿は奇しくも騎士に似たフォルム。大柄なガルドよりさらに頭1つ大きく、アイ・スリットからは不気味な赤い光。鎧の継ぎ目からは青白い光が漏れている。槍を構える重装甲から溢れ出す威圧感は先ほどまでの警備ロボットとは比べ物にならない。


「ここで生まれた最新型か……!」


 距離を詰めていくガルドに対し、RCU-9は巨体からは想像できない凄まじい速度で対応する。唸りを上げ迫る槍を受け止めたガルドが衝撃で数歩下がらされる。力負けしたガルドの姿を初めて見た騎士達が驚く。その隙をついてアイ・スリットから放たれた赤い光が、ミシェールを襲う。

 

「聖量子の護り!」騎士たちの防御結界がかろうじて逸らすことに成功し、天井に大きな穴をあけた。


「ランパートはミシェール様の護衛を! リアム、行くぞ!」


 ラドラムの号令に騎士達が動く。リアムとラドラムが両側から、ランパートが後方支援、ミシェールが祈りを捧げる。


 ガルドが再び接近し正面から打ち合う事で囮を務め、騎士達が左右から攻撃をする。ラドラムの剣ではRDU-1の装甲には有効打を与えられない。リアムの持つスタンバトンには注意を払っているようで先端には触れないように立ち回っている。その隙を突き、ガルドが浸透勁を撃つため密着しようとすると、試作機の脇腹から短い副腕が生えて来てガルドを追い払った。

 

 先に毀滅を探しておくべきだったか……。毀滅ならば相手の硬さを気にせず全力で打ち込むめたのに、とガルドが内心歯噛みする。アルマなど強化魔法を使うとその振るわれる力に武器が耐えられないのだ。かといってこの相手に素手ではリーチが足りない。戦いは決め手が無く膠着しつつあったが、長期戦となるとスタミナで差がつくのは明白だった。


「あちゃー、苦戦してるっすねえ」


 突如背後から聞こえてきた女の声にギョッとして振り向くミシェール。ランパートがすかさず間に入り剣を構える。


「何者だ!」


 ランパートの問いに、女が答える。

 

「あたしはミア。怪しい者だけど、敵では無いっすよ」

「ご自分で怪しい者と言われるのですね?」

 

 ミシェールの問にニコリと笑顔を浮かべるミア。

 

「こんなとこに現れて怪しくないって思ってくれるんすか?」

「それは、そうですけれど……」

「ま、それよりも今はあれを何とかするのが先決っすよ?」

「何とか出来るんですか?」

「アタシだけじゃあ無理っす。お姉さん、キャスターっすよね? 炎は出せるんすか?」

「出せますが、私の炎ではあれに効くとは思えません」

「そこでアタシの出番ってわけ、こいつを……」


 そう言ってミアはカバンから薬品の入った瓶を取り出す。




「皆さん! 1人新しく援護が入ります!」

 

 ランパートが戦闘中の3人に向かって叫ぶ。

 援護? 3人の中に一瞬疑問が浮かぶが、すぐに頭を戦闘に切り替える。


「ちょっとアレに近づきたいんで、陽動お願いっす!」

「わかった」

 

 ミアの言葉を受け、猛烈に打ちかかるガルド。突然現れた人間の言う事を受け入れるその姿にミアが呆気にとられる。


「なんすかねぇ、この人は」


 そう言いつつも、ミアは的確に動いていた。タイミングを図り瓶をRDU-1に投げつける。割れた瓶から粘性のある液体が流れだし、鎧の隙間から入り込んでいった。


「今っす!」


 ミアの合図に、ミシェールの火炎弾がRDU-1に放たれる。通常であれば小さな焦げ跡を残すのがせいぜいだった炎は、鎧の隙間に這うように潜り込んで行くと、やがて関節部分から黒煙が上がり始めた。

 焦げ付いた嫌な臭いが漂い、RDU-1の動きが目に見えて鈍くなる。ガルドはその隙を見逃さずRDU-1の胸部に手を添える。


「ハアッッ!」


 気迫の声と共にガルドの浸透勁が打ち込まれると、RDU-1はビクリと震え活動を停止。手から離れた槍が床に落ちガシャリと音を立てた。


「え?」


 動きを鈍らせてからも少しは長引くだろう、と予想していたミアが驚きの声を上げ、同時にガルドへの興味がムクムクと湧き上がってきているのを自覚していた。

 

「終わった、のでしょうか?」


 油断なく構えたままのリアムが問いかけにベイビルが答える。


「はい、完全に活動停止しています」


 (生きた電子精霊が付いているなんて……精霊だけ奪うのは無理筋。帝国に引き込めたら御の字ってとこっすかね)

 そんな内心の算段をおくびにも出さずにミアが口を開く。


「いやぁ~、凄いっすね。今のどうやったんすか?」


 慣れ慣れしく距離を詰めてくるミアにガルドが答える。


「コツがあるんだ」


 かつてカラハットの少年、アージにしてみせたように、こうして、こうと手を動かして見せるガルド。


「そうなんすね~」


 流石に何でもかんでも手の内を明かすようなマネはしないか、と誤解するミアだったが無理も無い。


「それで、お前は何者なんだ?」

「アタシはミアっす。怪しい者だけど、敵じゃないっすよ」

「もしかして、森を先行してたやつか?」

「ありゃ、気づいてましたか。そうっす、折角森の中を探し回って、遺跡を見つけたってのに皆さんが入っていくじゃないっすか。それで引き返したんじゃアタシは単なるくたびれ儲けっすよ」

「それで協力したから、分け前が欲しいと?」

「そうっすね。それに実際役に立ったでしょ?」


「と言う事らしいが、どうするんだ? ミシェール」

「ええ、助けていただいたのは事実ですし。多少でしたら遺物の回収をしていただいても構いません。物については相談して欲しいですが」

「どーもっす」


 そういうとミアはあちこちを物色し始めた。


「私たちは少し休憩いたしましょう」


 ミアや騎士たちを尻目に、ガルドはRDU-1が落とした槍を手に持って振り回してみる。


「こいつは中々使えそうだな」


 この槍ならアルマを纏った状態で振り回してもすぐには壊れなさそうだ、そう感じたガルドがニヤリと笑みを浮かべると。その様子を見ていたミアがヒエッと声を上げる。それに対してなぜかベイビルが言い訳をする。


「ガルドは顔面の筋肉の使い方を練習中なのです」

「はあ……槍を手にして血に飢えた猛獣と化したって訳じゃないんすよね?」

「そんな訳無いだろう」


「ところで、皆さんは遺物探さないんすか?」

「俺たちは地下3階に用があるんでな」

「地下3階にはもっと良いお宝がある?」

「そこには汚染を受けたこの施設の電子精霊がいるのです。なんとかしてあげたい」

「へぇ」


 汚染された電子精霊と聞いたミアの目が少し細まる。


「それじゃあアタシもご一緒しましょうかね」

「電子精霊が狙いだとしたら辞めておけよ?」


 ガルドが少し低い声で警告すると、ミアは首を振る。


(でも、汚染された電子精霊がどうなってるか……それを見られるチャンスなんて滅多にないっす。この情報、帝国に持ち帰れば相当な報酬が――)


「たんなる興味っす、それに上手くいけばここより良い遺物を手に入れられるかもしれないでしょ?」

「さっきより確実に厳しい戦いになるぞ? 命を懸けられるのか?」

「本当に死にそうだったら逃げさせてもらうっす」


 ミアの明け透けな発言に毒気を抜かれるガルド。


「……他の皆からの承認が得られるなら好きにしろ」


 そう言われて真っ先にミシェールの所へ駆け寄るミア。


「アタシも一緒にいって良いっすよね?」

「ここで断ったとしても、あなたついて来るでしょう?」

「あははー」

「はぁ、仕方ないですね。それでは一緒に参りましょう」

「どーんと任せるっす」

 

 ミシェールから許諾を得たことにより、騎士達も追認する。


「それじゃあ、めでたく纏まったところで、行くっすよ~」

「なんでお前が仕切ってるんだ……」


 妙な成り行きになったとガルドは思いながら地下三階へと足を踏み入れたのだった。

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