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森の中

 断絶の森、今となっては3000年前になるが深淵の森と呼ばれていた時と同じように、暗い魔力がたゆたっている。その影響を受け聖騎士達の鎧の防壁などはすでに発動しなくなっていた。


 不安そうな表情を浮かべる騎士達とは対称にミシェールの表情は明るい。精霊の加護を心から信じている様子で、時折左手の甲を眺めている。そのせいで木の根などに足をとられ転びかけるのをラドラムに支えられたりしている。


 先頭を進むガルドは、森の中から確かに毀滅の気配を感じ取っていたが、アスタートとの戦いの時のように位置がはっきりとは掴めない。まずは遺跡とやらを探してみることを方針として歩き続ける。


「グロブがいるな」


 ガルドの言葉に全員が意識を集中させ身構える。ガルドの指し示した先5メートルほどの距離にそれは居た。1メートルほどのピンク色の肉塊がビクンビクンと脈打っている。だがそれはベイビルの加護のおかげで、こちらを襲ってくる様子は無くその場から動く気配は無い。そのまま通り抜けるとガルドを除く全員がホッと安堵の息をついた。


「ベイビル様のご加護は本当に素晴らしいですわ、グロブに襲われる心配がなければ問題の半分以上は解決したようなものです」

「左様ですな、精霊様には感謝しかありません」


「だが、この暗い魔力は気になる。油断は禁物だぞ」


 ガルドはグロブを無事やり過ごしてやや気が緩み始めた一行に注意を促すと再び歩き始める。


「ガルド殿は遺跡の場所をご存じなのですか?」


 すぐ後ろを歩いているリアムが話しかけてくる。リアムとは一度揉めた事もあったが、ベイビルの存在が態度を改めさせていた。


「俺はわからん、ベイビルの案内に従っているんだ」


 ガルドの答えに、精霊様ならと合点がいったようだった。


 遺跡が近づくにつれ、毀滅の気配は遺跡内には無い事にガルドは気が付いていた、しかし今は探索の協力が優先だと言い聞かせて歩き続ける。そんな中、森の様子にある疑念を抱いた。


「……もしかしたら先客がいるかもしれないな」

「本当ですか?!」

「何か問題が?」


 ガルドとリアムが足を止めたので後ろのラドラムから声がかかる。


「ガルド殿が言うには先客がいるかもしれないと」

「まさか聖女派の連中が?」

「聖女派というのは隠密行動に長けているのか?」


 ガルドの問いにラドラムが答える。


「某の知る限りでは、我々と同じように騎士しかいないはずですが……」

「あれを見てくれ」


 ガルドが指さしたのは頭上だった。

 目を凝らすと、枝の一部で葉が不自然に散っているのが見える。


「樹上を移動したというのか?!」

「かなり身軽でないとそんな真似はできません。軽装でこの森に入って来られるとしたら、相当な手練れです」


 予想外の事態に戸惑うラドラムとリアム。


「何者かわかりませんが、遺跡の所在はすでに露見している可能性も思慮に入れなくてはいけませんね」


 そう言ってランパートは形の良い顎に指を添えた。


「遺跡の探索まで済まされていなければ良いのですが……」


 ミシェールの懸念に、ベイビルが応じる。


「森では身軽さを生かして動けますが、遺跡内では難しいと思います。探索までは出来ていないかと」


 その言葉に、ミシェールをはじめ皆がわずかに安堵の息を漏らした。


「ともあれ、急いだほうが良さそうだ」


 ガルドはそう言うと、歩を速めた。


 ---


「なんで奴ら、あんなに堂々と森の中を歩いてグロブに襲われねーんすか、ずるいっすよ!」


 愚痴を零しながら、女は枝の上を滑るように進んでいた。


 かなり距離はあるが女の強化された視力は、地上を進んでくる一行をハッキリと捉えていた。反対に地上からは、戦闘服の迷彩が葉の影と一体化している女の姿を見つける事はほぼ不可能だろう。


「まさかタイミングが被るなんて……ツイてないっすよ、ほんと、思えば朝から――」


 愚痴は止まる気配を見せないが、動きには一分の隙もない。

 女は枝を蹴り、さらに奥の闇へと身を滑らせた。


「やっと見つけた、これが遺跡……なんでここだけ自然が全くないんですかね、森の中よりヤバイ気配がするっす。入口らしきところも見当たらないし、単独での探索は無理。かといって、ここまできてあいつらに先を越されるのも気に入らないんすよね~」


 女はそう言うと気配を殺し、一行が来るのを待つのだった。


 ---


 遺跡、森の中にあるその建物の周囲には植物の気配がなく、そこだけ別の風景を切り貼りしたような無機質さは異様なものがあった。そこそこの広さはあるが高さは3メートルほどで、ベイビルが居たタワーと比べると随分小さい。


「思っていたより規模が小さいが、この建物が遺跡であってるのか?」ガルドが疑問の声を上げる。

「ええ、この見えている部分は入り口に過ぎません。地下部分がメインなのです。中はかなりの広さがあります」

「ベイビル様はこの遺跡をご存じなのですか?」


 ミシェールの問にベイビルが答える。


「はい、私はここで生まれました」

「まあ! ベイビル様生誕の地!」


 ベイビルが生まれた場所と聞いてガルドも驚いたが、それ以上にミシェール達のテンションが高まる。


「さあさあ! 参りましょう!」

「水を差すようですが、中はかなり危険な存在が多数いると予想されます」

「ベイビル様の故郷が何故そのような事に?」

「それを説明するには、まず300年前に何が起こったのかの説明が必要となります。私は聖量子教国の教義を知りませんので、教えと反した発言があるかもしれませんが、ご了承ください」

「……はい!」


「この森を出て北の地。今でいうバンゲリング帝国にて行われた魔素変換実験により、異常なエネルギー波が発生。瞬く間に世界中の電子機器に致命的なエラーが起き、様々な設備が使用不能となります。300年前の大災厄は、神の御心でも、不浄な魔素の暴走でもなく、ただ単に人類の技術的な失敗が原因です」


 ベイビルの発言にミシェールたちの表情が凍り付く。


「人類はかなりの痛手を受けましたが、生きている施設も少数ながらあり、まだ踏みとどまっていました。しかし、真の脅威はその後、襲ってきたのです」


「異常なエネルギー放出で甚大な影響を受けたメカノイドは、人類を敵と認定したのです。エネルギー波の停止によって電子機器が復旧すると、生き残ったメカノイドは攻撃を開始。西方の地は占領されました。不幸中の幸いと言えたのはメカノイドの個体数に限りがあり、物理的な攻撃に限界があった事です」


「それより深刻な影響を齎したのはネットワーク汚染による電子精霊(AI)の発狂。これが決め手となり人類は著しい衰退を余儀なくされました」


「私が無事なのは、この流体金属ボディ内部にある独立した『セーフティ・コア』のおかげです。コアは、当時の異常エネルギーと、その後のメカノイドの『電子汚染』の両方から、私の意識体を完全に守ってくれました」


「そういう理由により、内部は狂った電子精霊に操られ異常行動を起こしているロボットと、警備システムが待ち構えていますのでお気を付けください」


「……ありがとうございます、ベイビル様。私たちが信じる教えとは異なる点もありますが、今は心の内に留め置く事とします」


 ミシェールの表情は若干が硬いものの、彼女は物事を柔軟に受け止めるだけの現実感覚を持ち合わせているようだった。他の騎士達も否定の声は上げていないが、それぞれの内心までは推し量れない。


「よし! それじゃあ探索について意思統一しておこう。何をもって今回の探索は成功とするのか? 遺物とやらを1つでも回収できればいいのか? それとも明確な目的があるのか?」


 場の雰囲気を切り替えるように、ガルドが声を張る。


「私たちにはどのような遺物があるか想像もつきませんが、メカノイドとの戦いに役立つものがあれば回収したいと考えております」

「それでしたら、おそらく第二階層で見つかると思います」

「目標は第二階層の遺物回収という事でいいか?」

「はい」


 ミシェールがそう返事を返した時、ガルドは腕輪の中からベイビルが揺らいでいるのを感じ取っていた。


「ベイビル、どうかしたのか?」

「……ガルド、もし私のワガママを聞いてくださるのであれば、第三階層まで行きたいのです。そこで汚染されてしまった電子精霊を救出、叶わなければせめて停めてあげたいのです」

「そんなものはワガママにならん。俺は第三階層まで行くぞ」

「私たちもお供させていただきます!」

「ですが、リスクが跳ね上がりますし……」


「はっはっは」

「ガルド?」

「リスク? いいじゃないか。遺跡探索らしくなってきたってもんだ、久々に全力で暴れられるかもしれんな」


 ガルドの言葉にうなずく一同。


 「……ありがとうございます」


 ベイビルは感謝の言葉だけではない『非効率で、演算結果に存在しない何か』が生まれていたのを自覚していたが、それが何かまだわからなかった。


「行くぞ」


 建物に入って行ったガルド達を追跡する女が1人。さらに音も無く付いていく濃縮された影のような存在がひとつ。

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