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森の手前で

「森が見えて来たな」


 森が視界に入り、アスタートとの戦い、石化の呪い。シオンのその後についてなど、様々な思いがガルドの中を駆け巡った。シオンがどうなったのか、その足跡を辿ってみるというのも良いかもしれない。いや、それは未練だろうか。しばしの逡巡がガルドの足を止めた。


「どうしました?」

「いや、何でもない」


 毀滅を見つけることに集中しよう、と思い直し、ガルドは再び歩き出した。

 

「毀滅の気配というのは感じ取れますか?」

「それがなあ、あの森はアスタートと戦った時もそうだったんだが、魔力が妙な漂い方をしていて気配を見つけ辛いんだ」

「今でも魔力が漂っていると?」

「ああ、他と比べて明らかにあの森は魔力の気配が濃い」

「興味深いですね」


 森の手前に小屋が建っていて。中から複数の人の気配がした。

 

 男が出て来て行く手を遮り、ガルドを睨みつけている。

 身長はガルドより低いが180㎝ほど。騎士風の鎧を着ているが、兜は被っていない。金色の短髪、まだ若い、20前後だろうか? 武器も剣を腰に差しているのみだ。ハンター達と比べていささか時代がかった格好。


「この先の森に入る事は認められない。引き返せ」


 ガルドを見上げる形だが恐れる様子は無く、一方的な物言いをして来る若者。


「この森に用があるんだが、何故入ってはいけないんだ?」

「何! この森に用があるだと!」

 

 若者は突如いきり立つと、腰の剣を引き抜いた。騒ぎに気付き小屋からさらに2人の騎士が出て来た。


「リアム! どうした!」

「この男が、森に用があると言っております!」


 話しながらも油断なく構えをとり、視線を外さない。中々よく訓練されているようだ。


「そこの男、名前は何という? この森には何用だ?」


 後から出て来た年嵩の男が話しかけて来たが、こちらも同じ警戒している態度。この国は断絶の森を神聖視しているのだろうか?

 

「そちらこそ何者だ? どういう理由で森に入るなと?」

「貴様っ! 質問に答えんか!」


 リアムと呼ばれた若者が今にも切りかからんばかりの勢いでまくし立てる。


「答える義理は無い。せめて答えて欲しいならそちらから名乗るくらいはしろ」

「無礼者!」

 

 ガルドの返事に我慢の限界を超えたリアムが怒りに目を燃やし、咆哮と共に雷のような勢いで切りかかる。

 だがガルドは未来が見えていたかのように、スッと半身ずらして踏み込むと剣は空を切り、体が勢いよくぶつかる。ガルドの体当たりを喰らった衝撃で吹き飛んだリアムが尻もちをつく。


「馬鹿な!」


 その様子を見ていた二人の男も抜剣し構えを取る。尻もちをついて呆然としていたリアムも慌てて立ち上がる。


「貴様! 何をした!?」

 

 騎士の問いは先ほどまでの態度とは違い、困惑の度合いを多分に含んでいた。

 

「何って、見ていただろう? 剣を避けて体当たりした」

「聖鎧の防壁をいとも簡単に破っておいて体当たりしただけだと? ふざけるなよ!」

「聖鎧の防壁って……」


 鎧には紋章が刻まれていて、魔法的な防御力が付与されているのには気が付いていたが、ガルドからすれば問題にならないレベルの魔法だったので、そこまで重要視しているとは思ってもみなかったのだ。

 何と返答するべきか、そのまま伝えればさらに激高するのは目に見えていたが良い言い方が思いつかない。もういいか、ガルドは面倒になりアルマを纏った。


「お待ちください」


 落ち着いた涼やかな声が響く。声の主は20代くらいの女性、長く伸ばした深い緑の髪を後ろで束ねている。緊迫した状況に似つかわしくない、たおやかな笑みをたたえた顔。神官を思わせる服装をしており、男たちとは明らかに毛色が違っていた。そして何よりガルドの注意を引いたのは、目覚めてから出会った中で最も高い魔力を保有しているという点だった。


「ミシェール様! 危険です! 小屋にお戻りください!」

「ラドラム、皆さんも剣を納めていただけますか?」

「それは……」

「お願いいたします」


 3人の騎士は女性には強く出られないらしく、剣を納めるとミシェールと呼ばれた女性を守るように陣取った。

 

「私はミシェールと申します、まずはこちらの無礼を謝罪いたします。申し訳ございません」

 

 そういうとミシェールは頭を下げた。こういう態度でこられると、ガルドは乱暴な手段を取る気は失せてしまう。

 

「我々はこの森の調査をしに来た者です」

「……ガルドだ、この森には探し物に来た」

「何を探しているのかについては……」

「教えるつもりは無い」

 

 ガルドのにべもない態度に、リアムが動き出そうとするのを横の男が押しとどめる。

 

「この森は危険な場所なのはご存じですか?」

「危険?」

「グロブの生息域となっている上に、マナが濃すぎてキャストが上手く発動しません」

「グロブねえ」

「私たちはここにあると言われている遺跡の場所を見つけるのが任務なのです」


 グロブがいるとすると遺跡があるのは確実なのだろう。しかしこの女、そのことをわざわざ告げると言う事は……。

 

「ミシェール様、それは!」

「良いのです、私はガルド様にご助力を願いたいと考えております」

「このようなどこの誰ともわからぬ怪しい者など近くにはおけませぬ!」


 ガルドの懸念どおり調査の協力というのが狙いだった。


「内輪もめなら好きにやってくれて構わんが、俺は通してもらうぞ」

「申し訳ございません、私は先にも申し上げました通り、ガルド様にご協力を仰ぎたいのです」

「なぜだ? そこの騎士が言うように、初対面のこんな怪しいやつが信用に足るのか?」

「はい、ガルド様は精霊様の加護を受けてらっしゃいますね?」


 ミシェールの発言に騎士たちが騒めく。

 

「精霊だと? 加護とはなんだ?」


 ベイビルの存在を感知している? これがどういう意味を持つのか、宗教がらみだとうかつな態度はとれない。ガルドは相手の真意を探りながら返答を返す。


「身に着けていらっしゃいます銀の腕輪。その中から精霊様の気配を感じます。ガルド様もご存じのはずです」

「私の存在を感知できる者がいるとは驚きですね」

「ああっ! やはり!」


 沈黙を保っていたベイビルが返事をすると、ミシェールをはじめとした面々が一斉に膝をついた。


「精霊様と使徒様、知らぬこととは言え、数々の御無礼の段お許しください」

「構いませんよあのくらいどうと言う事はありません。そうですよねガルド?」

「まあ、そうだが」


 良いように転がりそうなので、ベイビルに任せて話に合わせるガルド。


「お心遣い感謝いたします」

「お立ちになってください。畏まった言葉遣いも必要ありませんし、普通に接していただけると嬉しいです」

「は……はい」


 想像していた精霊と違うのか困惑した表情で立ち上がるミシェール。


「それで、協力と言うのはどのような内容ですか?」

「この森に旧文明の遺跡があると言われています、私たちはまずその場所を明らかにしたいのです」

「そう考えた根拠は何ですか?」

「この森にはグロブが居ます、あれは遺跡の周囲にしか居ません」

「成程、それを知っていると言う事は、既に何度かの調査には入っていて遺跡は見つけられていない。その上であなたを含めたった4人で調査に来ているのは、相応の事情がお有りのようですね」


「お恥ずかしい話ですが、国の権力争いの一環でございます。最近勢力を伸ばしてきている派閥を抑えるための功績が必要なのです」


 その話を聞いてピンときたガルドが口を開く。


「ヒューム至上主義の事か?」

「ええ、やはりご存じでしたか。現在、教皇派、聖女派、中立派と大きく分けて3派閥の状態となっております。今はまだ教皇派が主流を占めていますが、いつまで持つかわかりません」


「神と言われるものとの交信が始まったのは5年ほど前、メカノイドの侵攻を予言し被害を最小限に留めることが出来たのです。それ以来、お告げを受けた聖女を中心としたヒューム至上主義者が台頭して来たのです」

「そのお告げとやらは万能という訳でもないのだろう?」


 もし万能なら、とうにヒューム至上主義者のみになっていなくてはおかしい。


「はい、今の所ほぼメカノイドの侵攻に関して事前にお告げがあるというものです。ですがそれだけでも絶大な効果があります」

「それで、俺たちが協力して遺跡を見つけることが、どう勢力図に影響を与えるんだ?」

「遺跡には現代では及びもつかない力を秘めた遺物が見つかります。メカノイドとの戦いが大きく変わるほどの。例えお告げがあったにせよ、実際に戦い撃退するのは聖騎士の方々なのです」

「遺物を聖騎士にもたらすことで、聖騎士達の後ろ盾を得るのが狙いか」

「今の所直属の武力が少ないというのが聖女派の弱みですが、何もしなければ手を打ってくるでしょう」

「少し相談させてくれ」

「はい」


 ガルドとベイビルの基本見解は手助けするで一致していた。カラハットのことも考えるとヒューム至上主義者どもの力は削ぐに越したことは無い。いくつかの条件を確認すると相談はすぐに終わった。

 

「事情は分かったが、いくつか確認しておきたい事がある」

「なんでしょうか?」

「あんたは、教皇派でいいんだよな? その騎士達はどういう立場なんだ?」

「おっしゃる通り、私は教皇派と申しますか……教皇の娘です。こちらの騎士の方々は非力な私のため仕えてくれておりますが、厳密には聖騎士団は中立派です」


 教皇の娘、ミシェールは思った以上の大物だった。聖騎士の連中の態度も頷ける。


「教皇派や中立派は、多種族の人攫いや売買についてはどう考えているんだ?」

「あってはならないことです! そのような事をまさか聖女派が行っていると?」

「聖女派とやらが直接つながっているかは知らんが、至上主義者どもは砂漠の民を攫っていたぞ」

「なんてことなの……」


 本当にショックだったのだろう。浮かべていた笑みは消え去り、俯いて震え出してしまった。それを見ている騎士たちの様子が少しおかしい、心配しているというより……?


 (聖女、あのビッチ……コロスコロスコロス)

「ん? 何か言ったか?」

「おほほ、ついショックで呆然としておりました。確認したい事というは他にもございますか?」


 顔を上げたミシェールは先ほどまでの笑みを取り戻していた。


「確認したいことについては知れた、そういう派閥なら協力するのも吝かではないが、いくつか条件がある」

「どのような条件でしょうか」


「条件は3つ」ガルドは3本指を立てた。

 

「ひとつ、電子精霊と俺の存在は伏せる」

「ふたつ、俺の探し物について詮索しない」

「みっつ、指揮は基本そちらに任せるが、電子精霊あるいは俺が撤退と判断した場合は従う」


「以上が守られるなら、遺跡の発見だけでなく探索も手伝うと約束する。遺跡で発見された遺物に関しては応相談としよう」

「条件に関しましては全てお約束いたします。ただこの人数で遺跡の探索までは……」

「森に居る間は加護を与えますので、グロブに関しては問題ありませんよ」


 ベイビルの申し出にミシェールの瞳が輝かせる。


「まあ! 加護をいただけるのですか?! 是非お願いします! 是非!」

 

 突然ハイテンションになり、騎士たちを押しのけてグイグイと近づいてくるミシェール。


「待て待て、そちらの意見は纏まっているのか? 条件に関しても全て飲むと言う事で間違いないんだな?」

「勿論です、電子精霊様に誓いますわ」


 騎士たちの方に視線を向けると、うんうんと頷いている。それほど加護というのが欲しいのか。


「わかりました、それでは皆さんこちらへ来て左手の甲を出してください。騎士の方は手甲を外してくださいね」


 銀の腕輪から親指の爪ほどの大きさに分離した銀の雫が差し出された手の甲に垂れると、それは幾何学的な文様となって定着した。


「ほお、これが……」

「なんと美しい文様だ」

「素晴らしいです」

「もうこの手は洗いません」


 それぞれの口から感嘆の言葉が漏れる。


「それでは改めて自己紹介だ、俺はガルド。そしてこっちが……」

「ベイビルです。その文様があればグロブから敵対されることはありませんのでご安心を」


 本当は文様にする必要は無いのだが、それらしく見せるためのベイビルなりの演出であった。


「私はミシェール、地位としては司祭長ですがお飾りのようなものです。ああ、ベイビル様。貴き御名を教えていただけるとは身に余る光栄に存じます」

「某はラドラム、ミシェール様の護衛長を務めている」

「ランパートです、以後お見知りおきを」

「私はリアム、ご無礼の段、平にご容赦ください」


 ベイビルのおかげで上手く纏まってくれた事を内心感謝したガルドがそっと腕輪に触れた。

 

「では行こうか」

 

 前は1人きりだったが、今回は仲間がいる。去来する幾多の思いを噛み締めつつ、ガルドは森に踏み入った。

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