砂漠の民と抱える問題
「あそこに見えるのが、オイラの住んでいる村、ルンカラだよ」
アージの指さす先に、円状の壁に囲まれた村が見えた。ガルドが引き摺ってきているノスカルドに驚いたのか、村から武器を持った男たちがわらわらと出てくるのが見えた。
「おーい! この人は違うんだ! オイラを助けてくれたんだよー!」
まだかなり距離はあるのだが、アージがそう叫ぶと向こうには聞こえたようだった。
「そうなんだ、ノスカルドはオイラ達にくれるって!」
ガルドにはきちんと聞こえないが、アージと村の人達とは会話が成立しているようだ。カラハットの耳の良さは大したものだとガルドは内心舌を巻いた。
アージの話が伝わっていたのであろう、村に着いたガルドは総出の歓迎を受けた。ガルドは自分の周りに笑顔の人々が居るという状況に慣れておらず、無言で会釈を返すので精一杯だった。ノスガルドの死骸と接収した武器は村の若者達に任せると、嬉々としてどこかへ運んで行った。
やがて村人たちの輪が割れると、その間を長い髭をたたえた、白髪の老人が近づいてきた。
「儂はルンカラの長、ローリック。この度は我が村の若者を助けていただき、感謝いたしますじゃ」
ローリックはそう言うと、深々とお辞儀をした。
「聞いてると思うが、俺はガルド。そしてこっちが─」
「ベイビルです、よろしくお願いします」
「アージを助けたのは巡り合わせだな。あの状況なら誰でも助けるさ、気にしないでくれ」
「そういう者ばかりであれば良かったのだがのぅ……まあ、立ち話も何ですし、まずは我が家に来て下さるかの?」
「ああ、よろしく頼む」
アージと別れ、ローリックの後を付いていく。村の小さな子供たちはガルドが珍しいらしくキャッキャッと喜びながら後を付いて来て、時折手を伸ばしたりもしてくる。ガルドは子供たちを蹴とばさないよう、気を付けながら歩いた。
村の建物はドーム型で素材はほぼ蟲の外殻が使われていて中々の強度がありそうだった。壁の内側には物見櫓が立っているが人影は無い。ラクダが放し飼いにされていて、奥の方にある水辺をうろついている。オアシス、ここが村の生命線なのだろう。
村長の家も他の家とあまりかわらない造りだったが、家の前が広場になっていて、何かある時は皆でここに集まるのだろうと思われた。家に入ってみると半地下になっており、建物の素材のせいか思っていたよりも暑さを感じさせない。ガルドが席に着くと、奥さんらしき人がハーブ水を置き、会釈をして下がって行った。ハーブ水は冷えてはいなかったが、清涼感を感じさせる香りが一時、暑さを忘れさせてくれた。
「改めて、ようこそルンカラへ。儂らはそなたを歓迎しますぞ」
ローリックの挨拶から始まり、アージ、蟲退治について、そしてハンターの話へと移っていった。
「ううむ、あやつら蟲を横取りしようとしただけでなく、やはり人攫いまで関わっておったか。このままだとここも危ういのう……」
「ここらでは人攫いは当たり前にあるものなのか?」
「砂漠の西にあるマイスペイス聖量子教国はヒューム至上主義者が力を急激に勢力を伸ばしておってな。そやつらは他種族を奴隷にする事は神の御心に沿うという考えじゃ。実際よその村では攫われた者もおると聞く」ローリックは苦々し気にそう言った。
「随分とヒュームに都合の良い神だな」
「あやつらが言うには、神と交信できるのがヒュームだけであり、それこそがヒュームが選ばれた種族であるというんが根拠になっておる」
「神と交信ねぇ……」
「全く賛同できませんが、大変興味深いです」
ガルドの時代にも神と呼ばれる存在はあった。大いなる力を持つが、その御心は理解できない。助けになってくれる事もあるが、またその逆もある。とてもじゃないが、特定の種族相手に交信するような生易しい存在では断じてなかった。危険だ、ガルドの直観がそう告げていた。
「潰すか……いや、まずはハンターの排除からだな……」
ぶつぶつと物騒な独り言を続けるガルド。
「ローリックさん、今回のハンターとの揉め事は、俺も随分と関わっちまってる。ハンターどもの逆恨みがこの村に向くのは俺の主義として認められん。対処は任せてくれ」
「しかし、ガルドさんに押し付けるわけには……」
「あの程度の連中は何の問題にもならんよ」
余裕綽々のガルドの態度に、あの無傷で死んでいた黒色のノスカルドを思い出す。この男なら出来るのかもしれない。ローリックはごくりと唾をのんだ。
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ハンター達は砂漠のほど近くに拠点を構えており、そこから車両で入り込んでくる。仕事を終えるまではテントか車中泊をして過ごすのだ。砂漠に入ってきている連中を追い払ってもイタチごっこになるのは目に見えている。ガルドはハンター達の拠点を潰しに向かった。
「あれが奴らの拠点か……」
「見張りの姿も無し、緩み切ってますね」
ガルドが身を隠しつつ探っていると、1台のトラックが拠点に近づいてくる。荷台には縄で縛られたカラハットの女子供が数人乗せられていた。
「チッ、下種どもが」
「ギルティです」
「すぐにでも突撃したいが、人質に取られるとやっかいだな」
「まず捕えられた人達を逃がすか、安全を確保したいところですね。ここは私の出番でしょう」
「出番?」
ベイビルがそう言うと、腕輪がトロリと溶け落ち銀色の液体となった。
「ベイビル?!」
「フフフ、腕輪は私が取りうる形態の1つにすぎません。大きさの制限はありますが任意の形をとれるのです」
そう言うと銀色の液体はネズミの姿に変じた。
「まったく、驚かせるなよ」
「良い女には秘密があるものだとデータにはあります。ともあれ行ってきますね」
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薄汚れた暗い倉庫の中に、6人のカラハットが捕らえられていた。子どもが4人、成人した女性が2人で、その内の気丈そうな女性が子どもたちを宥めている。
「もうおうち帰れないの……?」
「諦めちゃだめだよ、辛抱するんだ。こんな事、いつまでも許されるはずない」
「そうです、彼らには罰が下りますよ」
「誰!?」
「ここですよ」
声のした方には銀色のネズミがいた。カラハットの聴覚ですら、いつの間に入り込んだのか気づく事ができなかった。そして何故ネズミが話せるのか、疑問は尽きないがそれよりもハンターに罰が下るという発言だ。
「それは、助けが来ると言う事?」
「助けというか、ここを壊滅させに来ます。皆さんには騒ぎに乗じて逃げていただきます」
「壊滅って……」
「事が始まったらまた来ますので、ご不便でしょうが今暫く我慢してくださいね」
銀色のネズミはそう言うと去って行った。
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「作戦説明の時間です」
「おう」
「拠点内の配置はこんな感じです」
ベイビルはねずみの姿のまま器用に地面に絵を描くと、しっぽを指示棒代わりにして指し示していく。
「手順としては、まず私が先行してこの武器庫に火をつけます。ガルドは火の手が上がったら突撃してください。ガルドには正面側で暴れていただき、敵の注目が集まっている隙に、私が囚われている人達を逃します」
「わかった、出来るだけ派手に暴れるとしよう」
ガルドは『アルカ』から金剛杖を取り出すと、大立ち回りの予感に血を滾らせていた。
「では、作戦開始です!」
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「火事だ!」
突然の出火にハンターの拠点内では慌ただしく人が行き来している。消火を試みるのと裏腹に火の勢いは強くなっていく。やがて火は弾薬庫に回り、大爆発を引き起こした。
轟音、炎と煙にパニックを起こしたハンター達は、さらなる災厄に見舞われる。金剛杖を振り回し暴れ回る大男、ガルドの登場である。
「クソッ、なにしてやがる。消火くらいまともにできねーのか!」
ハンターのボス、グラーフが吠え。近くの机に拳を振り下ろした。ゴシャッ! 拳を受けた机は一撃で廃材と化す。
グラーフはこのクラスの集団としては珍しく全身義体化手術を受けていた。闇医者による最低ランクのグレードだが、それでもならず者のボスを務めるには十分な力を持っていた。
「ボス! 侵入者です! 大男が暴れまわっていて手が付けられません!」
「クソが! 何のために銃を持たせてやってると思ってる! とっとと撃ち殺せ!」
「銃をいくら撃っても効かないんです!」
俺と同じ全身義体か、部下の報告を聞いたグラーフがそう勘違いしたのも無理はない。『アルマ』などという魔法の鎧など想像の埒外だ。
「そいつは俺が殺る! お前たちは消火に当たれ!」
グラーフは超高速運動エネルギー徹甲弾(U-KAP)積んだバックパックをミニガンに接続し、左右それぞれで2丁持ちという、全身義体者ならではの武装をすると侵入者をハチの巣にするべく駆け出した。
「オラオラオラァ!」
ガルドが杖を振るう度、人が飛び壁に穴が開く、誰も手の付けられない破壊の化身。そんなガルドに弾丸の嵐が炸裂した!
「死ねやクソがぁ!」
ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
2丁のミニガンが唸りを上げ、わずか30秒足らずの間に計4000発の弾丸がガルドを襲う。まともに喰らえば中ランクの義体でもスクラップになる猛攻。
だが――
砂煙が止むと、そこには無傷で立っているガルドの姿があった。
「はあ?! 何でだ? 高ランクの義体者がこんなところで何してんだよ! ふざけるんじゃねーぞ! クソがぁ!」
慌ててバックパックに詰込んでいた弾を全部吐き出すも、ガルドには1発分のダメージすら与えられない。
「こんなものか」
ガルドはつまらなそうに呟くと、愕然としているグラーフに近づき、金剛杖を振るった。
「あっ!」
自慢だった自分の体がいとも容易く破壊されていく――両腕、両脚。自分でも情けないと思う悲鳴を上げ、グラーフの心はぽっきりと折れた。
ボスがあっさりと敗北したのを目の当たりにした部下たちは逃げだした。なぜか車両は全てパンクしており、身1つで出て行かざるを得なかった。武器や食料も無く徒歩で逃げだした彼らが無事に次の街まで辿り着けるかは運次第だ。
銀色のネズミが倒れているグラーフに近づいてくると、後頚部あたりに尻尾を刺した。
「組織、闇医者、なるほどなるほど」
「何してるんだ?」
「電脳から情報を抜き取っています。この男ハンターとは仮の姿。実際はとある組織の一員で、資金調達のため全身義体手術を受け、この地に派遣されていたようです」
「組織か、規模は大きいのか?」
「この男の記憶によると、違法改造できる設備と闇医者を抱え、人身売買するルート、蟲の外殻を卸すルートと手広くやっていますね。実態はそれ以上なのは間違いありません」
「一朝一夕とはいかんか……」
戦いとなれば負ける気はしないが、巨大な組織相手にガルド1人ではどうしても手に余る。
「欲しい情報は得ましたし、捕らえられていた方々をルンカラまでお連れしましょう」
「そうだな、どうするかはその後で決めよう」
両手両脚を破壊され、白目を向いたグラーフにベイビルが偽の記憶を植え付けそのまま放置した。生きて回収される事があれば、敵対組織からの刺客が来たという証言を得るだろう。カラハットから目を逸らせるための小細工だ。
隠れていた人々を呼び戻すと、変わり果てた拠点に皆唖然としていた。
「ネズミさんが、壊滅って言ってたのは本当だったんだねぇ。ありがとうよ」
「ありがとー、おじちゃん!」
「まあ、気にするな」
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ルンカラに戻り、拠点は壊滅させたが背後にもっと大きな組織の影がるという話をすると。砂漠に点在しているカラハットの長に今後の対策について会合を呼びかけることとなった、どうするにしろ今後は団結が必要になってくるのは間違いない。
「ガルド殿にも参加して欲しいのじゃがのう」
「すまないが、俺にも目的がある。帰りにまた寄らせてもらうよ」
「そうじゃったな。ガルド殿、この度は本当に世話になりました。カラハットはあなたをいつでも歓迎いたしますぞ」
せめてもの礼にと、蟲の外殻で作られた黒い笠を贈られた、先日倒した蟲を利用した物かもしれない。
「ありがたく使わせてもらう」
ガルドは貰った笠を被ると、皆に別れを惜しまれながらも、当初の目的地、断絶の森を目指しルンカラを後にした。




