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目覚め

 最初に戻ってきたのは、痛みの感覚だった。


 石の冷たさが肌から剥がれ落ちていく。それは灼熱のような、凍てつくような、形容しがたい感覚だった。指先から、腕から、胸から――全身の感覚が一気に押し寄せてくる。

 心臓が激しく鼓動し、血液が石のように固まっていた身体中を駆け巡る。目を開けようとするが瞼が重い。石化していた筋肉はすぐには動かない。だが、ほんの少しずつ、光が差し込んでくる。

 意識が徐々に研ぎ澄まされていく中で、ぼやけた視界に映ったのは透明な天井だった。

 結界……? いや、ガラスか。


 焦点が合うにつれて、自分が透明なガラスケースの中に横たえられていることが分かった。それはまるで展示品のように。

 ガルドは身体を動かそうとした。指が、腕が、わずかに動く。痛みと痺れが走るが、確かに動く。


 ゆっくりと横を向く。ガラスのケース越しに見えるのは、静寂に包まれた部屋だけだった。誰もいない。


「……誰もいないのか」


 掠れた声がガラスに反響して消えた。無人の部屋は窓もなく燭台もないというのに、光で満たされていた。周囲には見たことのない機械や道具が並んでいる。

 なぜはこんなところに? ガルドは状況がつかめず困惑する。

 

 ケースの縁に手をかけ、押してみる。重い。だが、動かないわけではない。石化から解放されたばかりの身体に力を込め、必死に押し上げる。

 ガラスの蓋がゆっくり持ち上がり、冷たい空気が流れ込んできた。ガルドはケースから這い出し、床に膝をついた。冷たい石の床。脚が震える。立ち上がろうとするが、身体がまだ言うことを聞かない。


「一体……何が起きた? ここはどこなんだ」


 記憶を手繰り寄せる。深淵竜アスタートの最後の呪詛。それが今、動けるということは――呪いが解けたのか? 誰かが解呪してくれたのだとすれば、この部屋に誰かいるはずだが人影は無い。

 徐々に体が動きを取り戻していくのを感じながら、ガルドは立ち上がり、硬い身体をほぐし始めた。呪いは完全に解けており、石が残っている部分はない。その点は幸いだった。


 所持品は当時着ていたままの服だけだが、一人旅に慣れているガルドは収納魔法『アルカ』を習得していた。所持品を確認すると、金剛杖、小型ナイフ、剣型スコップ、着替えと毛布、テント、ポーション類、水、酒、食料など旅の必需品が入っていた。切り詰めれば三週間ほどは問題ない。あとは処分せずに残っている魔石がかなりあるが、今は使い道がない。


 『毀滅』がないのは痛手だ、近くにあれば気配を感じとれるはずなのだがそれもない。あれほどの逸品は早々手に入らない。


---


 体が少しずつ動くようになり、部屋の中を探ってみた。机の上にある道具は使い方がさっぱりわからない。引き出しの中にある書類はボロボロなものばかりで、かろうじて読めそうなものも、見たことのない文字が書かれていてガルドを困惑させた。


 目覚めてからそこそこの時間が経ったが、部屋の中だけでなく周囲にも生き物の気配が無いのが気になった。何か動く気配はあるがどうも正体は掴めない。少なくとも知っている何かの反応ではなかった。


 部屋の中を歩き回っているうちに調子も戻ってきたのを感じたガルドは、部屋の外に出てみることにした。だが、扉と思われる部分にはノブはついておらず、どうやって開けたものか皆目見当もつかない。もしかして閉じ込められているのか。


 「この程度で俺を封じられると思うなよ……」


 ガルドの短気な部分が顔をのぞかせ始めた。拳を握り締めドアを殴りつけようとしたその時、右手の壁から光が漏れ出した。ガルドが手を止めて注目していると、光はやがて人の形を映し出す。


 現れたのは小柄な少女だった。

 この部屋はゴーストが取り憑いているのか。ガルドが身構えると、少女が何かを語りかけてきた。


「******?」

「何だ?」

「******?」


 壁に映し出された少女は何かを語りかけてきているが、言葉がわからない。ガルドがこれまで聞いたこともない言語だった。


「すまないが、何を言っているのかわからない」


 相手にも言葉は通じないだろうと思いつつも、話しかけてくる相手を無視することもできず、一応の返事を返した。

 すると、壁の少女はその返事を受けた後、調子の違う言葉を連続で発し始めた。


「******?」

「******?」

「******?」

「このコトバはつうじできますカ?」


「ああ、少しだけ違和感があるが理解できる」

「リョウカイしました」(言語データベースから古代言語パターンαを特定、会話と並行して修整)


 壁の少女はたどたどしい言葉遣いでゆっくりと話し始めた。


「わたしハ、タワーのかんリをマカサレテイル、ベイビルでス」

「俺は冒険者をしているガルドだ」


 タワーの管理。ダンジョンマスター的な存在ということだろうか。会話が通じるようになり、少しだけ緩んでいた気を引き締め直した。


「ガルド、ボウケンシャとはナニですカ?」

「冒険者とは、主に魔物退治やダンジョン探索を生業とする者だな」


 さあ、この言葉にどんな反応を返すか。ガルドはいつでも魔法を発動できるよう準備を整えつつ返答を待った。だがベイビルの反応は思っていたようなものではなかった。


「ダンジョン、あのキケンゾーンをたんさく……」

「まあ危険と言えば危険だが、ダンジョン探索をする冒険者なんていくらでもいるだろう?」

「ガルドははっけんされてからイマまで、ながいきかんイシのようなジョウタイでしタ。ゲンダイにはぼうけんシャはおりません」

「現代にはだと? 石化の呪いを受けている間に時間がえらく過ぎたということか。どれくらいだ?」

「ゲンゴデータべーすからさんしゅつ、さいていでもサンゼンネンむかしとスイテイ」


 3000年。


 その一言が、ガルドの心に落ちた時、世界の色が変わった。シオンの面影を探す気持ちが、一瞬にしてしぼみ込む。呪いが解けたからといって素直に喜べない。そのことがはっきりと理解できた。


「そうか……」


 ガルドは壁に背をもたれかかり目を閉じると、深く息を吐いた。


---


 ベイビルからの説明によるとガルドがこのタワーに置かれていた理由は、一見すると石像なのにもかかわらず、髪の毛一本壊すこともできない謎物質として研究対象にされていたからだった。このタワーにもかつては研究員が居たのだが、300年前に世界を揺るがす大事故が起きた影響でタワーからも人が去って以来、誰も訪れた者はいないらしい。


「それでは、ベイビルもタワーの外がどうなっているのかわからないんだな」

「はい。300年の事故、それから10年ほどでネットワーク全般が遮断され、それからは外部からの情報が入ってこなくなりました」

「なるほど。では人類は今、どうなっていると考える?」

「人類はかなり総数を減らし、文明レベルは衰退したものの、復興している途中だと予想します。過去に首都だった都市を目指せば、人類に出会う確率が高いでしょう。ですが、外は危険な状況になっていると思われます。万全な体調になってから旅立たれることを推奨します」


「どんな危険だ? 魔物相手にするのには慣れているが」

「グロブという生物兵器が、当施設を含む科学文明の建造物周りには配置されています」

「生物兵器?」

「このタワーなどの建造物を守るための生物兵器です。今なお活動している個体が多く存在します。認証されていない者に対して攻撃をしかけてくるでしょう」


 ガルドは眉をひそめた。そんな敵が居るとすると、ここから出るだけでも面倒そうだ。


「それ以外にも」ベイビルが続けた。「メカノイドという機械生命体が存在します。ガルドには機械仕掛けのゴーレムのようなものと言えば想像しやすいでしょうか。ただし、個々の戦闘力だけでなく、高度なネットワークで連携してくる点が従来のゴーレムとは異なります」

「機械のゴーレムか。それいつは何処にいるんだ?」

「空はメカノイドの領域となっていて、一定高度以上に達すると問答無用で撃墜されます。それだけでなく地上にも時折降下してくるメカノイドが存在します」

「メカノイドってのはいつから空にいたんだ? 俺の時代からいたわけじゃないよな?」

「400年ほど前に作られたと記録されています。事故がおこるまでの100年間メカノイドは人類のよき友でした」

「メカノイドの進行に対処しきれなかった西方の地域はメカノイドに占領されてしまいました。現在西方は人類の生存圏ではなくなっています」


 かつて西方は大きな国があり、ガルドはそこの出身だった。石化している間に国がどうなっていたのかわからないが、今は機械に蹂躙されていると思うと胸糞が悪くなった。

 この世界はヒューム以外にも多様な種族がいる。中には戦闘を好む脳筋種族もいるのだが、それでもメカノイドに占領された地域があるということは、相当にやっかいな手合いということだろう。

 

「西方が占拠されたのはどれくらい前なんだ?」

「300年前です、人間が引き起こした魔素変換炉の暴走事故は、メカノイドの制御中枢に深刻な損傷を与えました。彼らの論理回路は、この損傷を人類による大規模な攻撃と認識し、報復行動の引き金となったと考えられています」


 ガルドは沈黙した。魔素変換炉、その響きはガルドの記憶から魔素回収装置を思い起こされた。人はまた同じ過ちを犯したのだろうか?

 

「物騒な状況だってのはわかった、まだ全然本調子じゃないんだ。手強そうなのを相手にしなきゃいけないなら、体を取り戻すまで何日か滞在させてもらえるか」

「是非、ご滞在ください。その間にガルドの時代の話を聞かせて欲しいです。非常に興味深いのです」


---


 あれからタワーでの滞在の予定は伸び、すでに一ヵ月を過ぎていた。


 ガルドは長居するつもりはなかったのだが、ベイビルの進言に従い、現在使われている言葉や一般常識を学習することにしたのだ。タンクベッドと呼ばれる機械に横たわり、脳に直接知識を流し込むやり方は、ガルドにとって奇妙な体験だったが、習得速度は驚くほど速かった。


 勉強はガルドにとって難敵だと思われたが、この学習補助のおかげで、驚くほど楽に覚えることができていた。


「調子はどうですか?」


 ベイビルは部屋が変わっても壁に現れる。実体は別にあり、ガルドが話しやすいように姿を見せているだけらしい。


「ベイビルのおかげで言語習得だけでなく、体調もすっかり良くなった。感謝する。何か礼をと言いたいところだが、今の俺に出来ることはほとんど無いんだ」

「礼ですか。それでしたらお願いがあります。ガルドの旅に私も連れて行って欲しいのです」


 ガルドは少し驚いた。この一ヵ月の間、ベイビルは何度も古い時代の話を聞きたいと言ってきた。彼女の知識欲は旺盛で、ガルドにとって素直で良い相手だった。


「それは構わないが、ベイビルは壁から出てもこれるのか?」

「前にも話しましたがこの姿は投影されたものです。ガルドにも分かりやすく言うと、電子精霊なのです。旅に出る時はこのデバイスに入りますので身に着けて下さい」


 ベイビルがそう言うと、スッと壁の一部が引き出しのように伸びてくる。そこには鈍い銀色に光る腕輪があった。


「この腕輪に入る……のか?」

「はい。それを身に着けていただけると外でも会話できます。その他の機能については追々説明させていただきます」


 ガルドが腕輪を左手首につけるとサイズが自動的に変化し、ピタリとはまった。

 ベイビルの声が腕輪から聞こえてくる。


「ありがとうございます」


 その声は前よりも自然だった。学習補助のおかげで、ベイビルの言葉遣いもまた改善されていたのだ。


「外に出るにあたり、武器があれば良いのですが、ここは研究用の施設なのであまり良い物がありません。ですが、こちらをどうぞ」


 壁からスライドして引き出しが現れる。中には片手で撃つタイプの小型レーザーガンと、交換用のエネルギーセルが3つ、それにガンホルダーが入っていた。


「ラプター02モデル。有効射程距離は二十メートル。セル1つで通常の人型相手なら殺傷モードで1万発、非殺傷モードでその三倍は撃てますが、これはあくまで対人用武器です。人型以上が相手になると、どれほど有効か分かりません」

「その時は、コイツで解決するさ」


 そう言って握り拳を作って見せると、腕輪から呆れたようなため息が聞こえた。

 ガルドは戦っているところを見せたことがないため、武器より素手の方が強いなんて信じてもらえないのも無理はないと思った。ガルドはレーザーガンを有難く受け取ると、収納魔法『アルカ』に収納した。


「……ガルド? 今、何をしたのですか?」

「言ってなかったか、アルカという収納魔法だ。これがあると旅が楽なんだよ。他にも色々と入っているぞ」


 いくつか取り出して見せると、ベイビルが激しく反応した。


「ありえまセン! 非常識でス!」


 興奮しているせいか、若干言葉が怪しくなってきている。


「もしかしてこの魔法も今はないのか?」

「キャスターと呼ばれる存在は少数確認されていますが、こんな能力は聞いたこともありません。これはどのような仕組みで...」

「まあ細かいことはいいだろ。便利な魔法なんだ、使わない手はない」


 しばらく沈黙が続いた後、ベイビルが慎重な声で言った。


「うーん。便利なのは確かですが、この能力はあまり知られない方が良いと思います。確実に騒動の種になります」

「そうかい。それではなるべく普通の旅人を装おう」


 レーザーガンはホルダーを巻いて腰に装着した。


「それで、この先どこへ向かうかは決めているのですか?」

「俺が最後に入った深淵の森、今は断絶の森だったか、そこに行ってみるつもりだ。もしかしたら毀滅が残っているかもしれない、あれは特殊だからある程度近づけばわかるはずだ」

「了解しました。それならば西に出て、砂漠地帯を北上していくのが最短となりますが、道のりは険しくなります。安全マージンをとるなら西の砂漠を抜けてから、マイスペイス聖量子教国を北上する手もあります」


 ベイビルの提案に対し、ガルドは迷いなく答えた。


「最短ルートでいこう。砂漠を踏破するのも面白そうだ」


 ガルドは腕輪に手をやり、ベイビルへ向かって微笑んだ。3000年の時を超えた新しい世界へ。失ったものは取り戻せないが、ここからは新しい物語が始まる。

 それでいいのだと、ガルドは思った。

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