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ジオシティ企業連合:ライコスフィア

 バルガスたちのキャラバンを追走してしばらく行くと、視界の向こうに広大な農場が開けた。


「この時代にも、やっぱり畑はあるんだな」

「それは当然でしょう。人は食べずに生きていけません」

「まあ、そりゃそうだな」


 畑で働く人々が視界の端を流れていく――やがて、車両の前方に高い灰色の壁が見えて来た。ジオシティ企業連合五大街のひとつライコスフィアだ。


 そのふもとには、壁に押しつぶされるようにバラック街が広がっている。

 

 「拒まれた者たちの街か」


 ガルドが小さく呟いた。

 クラミツの耳が、ピクリと動く。


 粗末なテントと板切れで作られた小屋が立ち並ぶ。

 その隙間からこちらを伺ういくつもの目。

 

「ガルド?」

「いや、何でもない」


 ノマド・バスティオンは、ゲートへと向かった。


 

 ――

 

 ゲート前で、武装した警備兵が立ちはだかる。


「止まれ。入域許可証を提示しろ」

「キャラバン隊長のバルガスだ。こちらの二名の同行を許可してもらいたい」


 警備兵の視線が、ガルド達に向けられる。


「バルガスか、よく戻った。最近この辺りも物騒になってきているからな」

「ああ、厄介な連中に襲われたよ。妙なエンブレムを掲げていたな」

「何? そうか、よく逃げきれたな。警備部の本部庁舎で話を聞きたい。落ち着いてからでいいから来てくれるか」

「わかった」

 

「出て行った時には無い車両があるようだが?」

「レイダーから俺たちを助けてくれた恩人の車だよ、何かあれば俺が責任を取る」

 

 バルガスはそう言うと、警備兵にタバコといくらかの紙幣を握らせる。

 警備兵は黙って頷き、ゲートを開いた。


「通れ。ただし、わかってると思うが5層までだぞ」

「了解した」


 ゲートをくぐると、景色が一変した。


 舗装された道。行き交う人々。

 壁をたった1枚挟んだだけで、世界が変わった。


「バラック街とは、えらい違いだな」

「5層は外来者向けのエリアです。商業施設やギルド、キャラバンの拠点が集中しています」

 

 バルガスから送られてきた街のデータを見ながらベイビルが話す。


「4層はさらに特別な認可を受けた者のみが入れるようですね、市民権でいうと3等級に相当するようです」

 

 街の中にも厳密な区分がなされ、身分差を否が応にも感じる仕組みになっている。

 中央でふんぞり返っている奴らは、王侯貴族みたいな連中なんだろう。


 ――ガルドの脳裏に、3000年前の記憶が蘇る。

 権力者たちの傲慢な顔。

 虐げられる民。


 わずかに眉を寄せるガルド。

 

 そんな心の動きを察知したのか、ガルドの足元にクラミツがすり寄り小さく鳴く。

 ベイビルも雰囲気を感じ取ったのか、話題を切り替えた。

 

「バルガスからのデータによるとこの辺りにはダンジョンもあるようですよ」

「ほう、それは是非行ってみたいな」

「それでしたら、まずはハンター登録が必要のようです」

「次の目的地は決まったな」


 

 キャラバンは拠点についても一休みとはいかず、荷下ろしや車両の点検などせわしく動き回っている。

 そんな中、ガルド達は執務室でバルガスと対面していた。


 顔を合わせた当初こそガルドの無骨さとベイビルの可憐さに目を回していたバルガスだったが、すぐに持ち前の人付き合いの良さを見せていた。


 「改めて礼を言わせてくれ。命を救ってもらった」


 バルガスが深々と頭を下げる。


「礼には及ばん。困っている者を見過ごせなかっただけだ」

「そう言ってくれると助かる。これが約束の報酬だ」


 バルガスが革袋を差し出す。

 ずっしりとした重み。


「確かに」

「それと――」


 バルガスが小さな金属板を取り出す。


「俺の通信コードだ。何かあったら連絡してくれ。この街で困ったことがあれば、力になる」

「……世話になる」


 ガルドがコードを受け取る。


「ところで、二人はこの後どうするんだ?」

「ハンターギルドに登録しようと思っている」

「遺跡狙いか?」

「それよりもダンジョンに行ってみたい」


 バルガスが少し驚いた顔をする。


「嬢ちゃんも一緒に?」

「ええ。私も戦えます」

「……そうか、だが気をつけてくれよ? 詳しく知らんが危険な所らしいからな」

「ああ、気をつけるよ」


「宿はどうするんだ? あの装甲車を安全に停められる宿となると、かなり高くつくぞ?」

「それなのですが――」


 ベイビルが切り出す。


「バルガスさんの駐車スペースをお借りすることは可能でしょうか? もちろん、その分の支払いはさせていただきます」

「ああ、構わんぞ」

 

 バルガスとの話は今後の話、街での生活についてなど多岐に及んだ。


 「それと、もう一つ」


 バルガスが紙を取り出す。


「ギルドへの紹介状だ。これがあれば、話が早い」

「いいのか?」

「恩人だからな。当然だ」

「では、ありがたく受け取っておく」

 

「余計なお世話かもしれねえが、嬢ちゃんは外ではなるべく顔を隠しておいた方がいいと思うぞ」

「ご忠告ありがとうございます。その点は私も考えておりましたので対策はあります」

「おお、そうだったか。それなら良かった――」

 

 ――


 (――とは言ったけどよォ、これはどうなんだ?)

 2人をギルドへ案内中のバルガスは心の中で唸っていた。

 

 バルガスの後ろには、漆黒の仮面を被った大男、その肩には黒い子猫がちょこんと乗っている。

 その隣には白銀の仮面をつけた少女が凛とした佇まいで歩いている。

 街を行くガルド達は、人々の注目を集めた。


「おい、あれ……」

「ヤバそうな……」

 

 ヒソヒソと囁かれる声。

 

「ママ、子猫がいる~」


 クラミツが肩の上で尻尾を揺らす。


(確かに顔は見えてねえ、見えてねえが……逆に目立ってんだよなァ)


「余所者はやはり目立つようだな」

「ミャーオ」

「バルガスさんの言う通り、顔を隠しておいて正解ですね」


(間違ってるんだよなァ……だが誰も近づいてはこねえ、そうすると正解なのか?)

 

 二人は注目こそ集めるが、誰も近づいてこない。

 その異様さが、むしろ安全を保っていた。


「付いたぞ、ここだ」

「色々とお気遣いいただいた上、案内までさせてしまって、申し訳ございません」

「いや、いいさ。警備部の庁舎へ顔を出さなきゃイカンかったからな。ついでだよ、まあアンタらなら問題ないと思うがあとはしっかりやんな」

「ああ、ありがとう」

 

 そういうとバルガスは警備部の庁舎へと歩いて行った。


 ――

 

「どうも、初めまして。俺はガルドという」

「ベイビルです、この子猫はクラミツ」

「ニャー」


 「ここはハンターズギルド総合受付です。どのようなご用件でしょうか?」


 受付を初めて色々な人を見て来たが、顔を隠した怪しさ満点の二人を前に、自慢の笑顔も若干引きつってしまう。

 場所が違えば強盗と間違えられる可能性すらある見た目だが、少女が抱えている子猫が場違い感を加速させている。

 

「ハンター登録をしたい。俺とベイビルの二人だ」

「ニャー」

「……こいつも登録できるなら」


「ええと……申し訳ございませんが子猫さんはハンター登録できません」


 受付嬢の言葉にクラミツの耳がヘニョりと垂れ下がる。

 それを見た受付嬢の心が痛んだがこればかりはどうしようもない。


「ナンデ……?」

「えっ」


 受付嬢が目を丸くする。


「今、喋りました?」

「気のせいだろう」


 ガルドが即座に言う。


「そう……ですよね」


 アリアが首を傾げる。

(絶対喋ったけど……)


 よしよしとクラミツの頭をなでるベイビル。


「残念だったわね、クラミツ」

「ナーオ」

 

「バルガスからこれを渡すように言われている」


 ガルドはバルガスから渡されていた紹介状を懐から取り出す。


「バルガス……あの方のご紹介でしたか」


 受付嬢の言葉からバルガスは結構な大物なのかもしれないとガルドは思った。

 紹介状に目を通し終えた受付嬢が顔を上げた。


「すみません、紹介状によると相当な実力者だとありますが。そちらの女性も同様に考えてよろしいのでしょうか?」

「ああ、ベイビルに勝てる奴は、そう居ない」

 

 ガルドの力強く断定する物言いに、受付の奥に居た男から疑問の声が上がった。

 男はでっぱった腹をさすりながらこちらに歩み寄ってくる。


「本当か? 自分の女だからって贔屓目でみてるだけじゃないのか?」

「ウィールズさん! 私が対応している最中に余計な割込みをしないで下さい!」

「まあまあ、細かい事を言うなよアリア。お前だって疑問に思ってるんだろ?」

「それは……」


「それで、信用できないからハンター登録は出来ないと?」

 

 ガルドの声が少し低くなる。

 ウィールズと呼ばれた男は、ガルドの変調に気づいた様子もなくペラペラと話し続ける。


「ギルドは基本、来るもの拒まずだ。その代わり、ルール違反をしたものに関しては厳しい沙汰が下されるがな」

 

 そう言いって、アリアの持っていた紹介状をひったくり、目を通すと鼻で笑った。


「最近この周辺を悩ませていた、あのレイダーを撃退しただあ? ありえんだろ。この紹介状、いくらで書いてもらったんだ? こういうのをルール違反というんだぞ?」

「それがギルドの公式見解ということでいいんだな?」


 ガルドの声が、低くなる。


 瞬間――空気が凍った。


 途方もない圧が、ウィールズを包み込む。

 まるで巨大な獣に睨まれたような、本能を揺さぶる恐怖。


「……ッ」


 ウィールズの顔から血の気が無くなり、呼吸すらままならない。

 

「……お待ちくださいッ!」


 アリアが絞り出すように声を上げる。

 圧余波を受けているはずだが、ウィールズよりよほど胆力がある。


「決してギルドの見解などではございません!」


 アリアの声を聞いたガルドは発していた圧を弱めた。


「プハァツ、ハアッ、ハアッ。おお、おまえ! ギルド対しにこのよう――」


 ゴッ!


 鈍い音が響く。

 ウィールズが白目を剥き、前のめりに倒れると後ろには、分厚い辞書を手にしたアリアが立っていた。


「……あ~もう、サイアク」


 小さく愚痴をこぼすアリア。

 ガルドとベイビルが、一瞬目を見合わせる。


「大変申し訳ございません。ハンター登録はさせていただきます。邪魔がはいらないよう別室で説明させていただいてもよろしいでしょうか?」

「……あんたも大変だな、まあ良いように頼む」

「ではこちらへ」


 別室でハンター登録やランク、依頼についてなどの説明を受けていると扉が開かれ、スーツ姿の壮年の男が入って来た。


「私はこのギルド長を務めているランカスターという者です。先ほどの不始末、お詫びさせていただきたい」


 そう言って頭を下げるランカスター。

 ガルドとしてもハンター登録が問題無く出来るなら、さきほどのような小物に関わりあうのは終わりにしたかった。


「謝罪は確かに受け取った。これで手打ちだ」

「ありがたい」

 

「先ほどの男の処分についてだが……」

「それはそちらに任せる。どうしてくれても構わんが、もう俺たちに関わらせないでくれ」

 

「うむ、あいつはクビにする。ただ、やつには重々釘をさしておくが、辞めた後どういう行動に出るかまでは確定で約束はしきれない」


 話を聞くとウイールズは親族のコネでギルドに入ったらしく、仕事ぶりはひどいもので近々クビにする予定で動いて居たらしい。


「それはそうだろうな。まあ今後絡んでくるようならもう容赦はしない」


 ガルドの本気の気配に冷や汗をながすランカスター。


「それでハンターのランクだが、二人にはベテランの5級からのスタートとなる」


 ランカスターはそう言って鉄色のカードを2枚さしだした。

 

「ほう? 最初はノービスの5級からじゃないのか?」


 ハンターランクとハンター証の色分けは下から順に

 

 ノービス ― 青銅色 / ブロンズ基調

 ベテラン ― 鉄色 / ガンメタ基調

 アデプト ― 銀色 / シルバー基調

 エリート ― 黒銀色 / ガンブラック+シルバーライン

 マスター ― 金色 / マットゴールド

 レジェンド ― 白金色 / プラチナホワイト

 

 という分類になっている。

 多くはベテラン止まり、アデプトになれるかどうかが最初の壁と言われている。

 これらの階級とは他に部門に特化したエキスパートの称号もある。

 

 ノービスとベテランは5級ずつに区切られる。ガルドがベテラン5級からスタートするとノービスを丸々飛ばすことになる。


「バルガス氏からの紹介状があったからな。信頼がおける人物だ。彼の折り紙付きならばベテランスタートでも間違いはない。それに実際こうして対面してみたら、君たちがただ物では無い事くらいすぐにわかったよ。」


 バルガスは思っていた以上にこの街で顔が利くということにガルドは驚き、あとでもう一度礼を言っておこうと決めた。

 

「ダンジョンを目的としているのだろう? ダンジョンに行くならベテランからが最低条件だ」

「そこまで配慮してくれたのか、正直助かる」

「良い掘り出し物を期待している、というのもあるがね」

 

 そう言ってランカスターは白い歯を見せた。


「最後にひとついいかね?」

「なんだ?」

「仮面の下の素顔を見せてもらう事は可能かな?」

「ああ、別に構わん」

「はい」


 二人が仮面を外す。

 ランカスターの目が、一瞬見開かれた。


 ガルドの凶悪な面相。

 ベイビルの人形のような美貌。


「……そうか」


 ランカスターが深く息を吐く。


「なるほど、わかった。顔は隠していた方が確かに良いようだ。ありがとう」


(男は街を歩けば喧嘩を売られ、娘はゴロツキだけでなく、上級市民にも目を付けられる)

 トラブルの未来がありありと浮かんだ。

 

「さて、それではもう用事は済んだと言う事でいいな?」

「うむ、二人の今後の活躍を期待してる」


「ではこれからダンジョン探索へ向かうとするか」

「はい」「ナーオ」

 

「……今から行くのかね?」

「何かまずい事でもあるのか?」

「いや、準備とかがあるだろう? そういった説明はもう受けているのか?」

「そこらへんは慣れているから大丈夫だ」


 今日登録したばかりで慣れているというガルドを訝しむランカスターだったが、あえて踏み込まない事にした。

 

「何かございましたら、いつでもこのアリアをお尋ねください!」

 

 妙に前向きになったアリアに見送られつつガルドは部屋を後にした。

 

 ――

 

「はぁ~、ベイビルちゃん可愛かったな~」

「あなたが張り切っていたのはそれが原因ですか……」

「いいじゃないですか! ハンターなんて殆ど男ばっかりなんですから、たまにはご褒美も無いと」

「それなら、あなたを彼らの担当としますので、お願いしますよ?」

「担当ですか?」

「私の勘ですが、彼らは望むと望まざるに拘わらず、トラブルに見舞われる予感がします」

「たしかに……」

「という訳で、頼みましたよ」


 満面の笑みでアリアの肩に手を置くランカスター。


「担当お手当下さい!」


 アリアの心の叫びが部屋にこだました。

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