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帝国にて

「戻ったのね、No13」

「はっ、イリス様。ただいま戻りました」


 No.13と呼ばれたミアが敬礼をする。施設で育てられたミアには本当の名前は無く番号で呼ばれている。

 口調もガルド達に見せたような軽い物では無くなり、その瞳には緊張の色が宿っている。

 イリスは鷹揚に頷くと、続きを促した。


「では、ご報告させて頂きます」

 

 イリスは報告書を読みながらミアの説明を聞いていたが、ガルドの話題になると頭を上げ、ミアの報告にじっと耳を傾けていた。

 イリスのいつもと違う反応に、ミアは声が震えないように細心の注意を払いつつ話を続ける。

 

「これがガルドという男の、血液のサンプル」

「はい」


 イリスはミアが持参したガルドの血を含ませたガーゼなどをケースから取り出した。

 手に取ったサンプルの血液から漂う濃厚なイドの香りにイリスは彫像のように固まる。

 

 皇族の血脈、バンブル族特有のルビーのような真紅の瞳を爛々と輝かせ、恍惚とサンプルを見つめ続けるイリス。

 まるでミアの存在を忘れたかのように、音もない時間が過ぎていく。

 

 ミアはその異常な状況に、息を潜めじっと身を固めていた。

 

 やがてイリスは深く息を吸い、机に両手をついた。その瞳に、帝国皇女としての強い意志と、冷たい傲慢さが宿る。

 

「No.13、貴様の役目は終わりにさせてもらう」

「え?」


 自分は何を間違えた? ミアは平衡感覚を失い膝をつく。

 

「たった今から貴様はNo.13ではなくミアだ」


 処分されると思い込んでいたミアは、イリスの言葉に全身を打ち震わせた。

(名前――私に、名前が?)

 施設出のエージェントに名前が与えられるのは非常に大きな意味を持つ。


 「私直属の部隊ランナーズを結成する。ミア、貴様には部隊長を務めてもらう。任務は――ガルドという男を、この私の前に連れてくる事だ」

 

 「謹んで拝命いたします」

 

 皇族直轄部隊。その部隊長を拝命するなどまさに望外。施設出身としては異例中の異例の昇進である。

 それだけに、この任務の重要性がミアに重くのしかかってもいた。

 

 ミアは膝をついたまま、首を垂れる。

 

「貴様を使う理由はわかっておろう? あの男の信頼を得られなければこの仕事は務まらぬ」

 

 イリスは強い口調で、だが優雅に言い放った。

 

「失態は許さぬ。決して敵対するな。必ず彼の者の協力と同意を得て、この帝都へ連れてくるのだ。一欠片たりとも傷つけることは許さん」

「……御意。必ず、その任務、果たします」

 

「すぐに動け。人選に関しては一任するが、秘密厳守だ。例え皇帝陛下であろうと漏らしてはならぬ」

 

 ミアは深く一礼し、踵を返した。


 ――

 

 (この任務は必ず果たさねばならない)

 (渡した手形をつかえば帝国内では補足できる)

 (砂漠へ行くと言っていた)

 (人員確保、信用できるのは――)


 ミアは目まぐるしく考えを巡らせながら歩き続けた。


 ――


 誰もいなくなった執務室で、イリスは再びサンプルの前に顔を近づけた。

 

 「私の……モノ。貴様こそが、この私の運命なのだ。逃がしはしないぞ、ガルド」


 彼女は愛おしそうに血のサンプルをカプセルに収めると、優しく撫でつけ、甘く、だが狂気に満ちた笑みを浮かべた。

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