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上等な結末

 暗黒の森の奥深く、そこは深淵竜アスタートが住処、死の気配が濃く漂う場所だ。過去、アスタート討伐は3度試みられたが、全て敗北。3度目などはSランク冒険者が複数人参加したにもかかわらず誰一人帰らなかった。そんな森にガルドはたった1人、突き進んでいた。


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 ガルドはヒューム(人族)としては珍しく2mを超える長身で、鋭い目つきに、左頬に大きく残る傷痕。筋肉で膨らんだ巨体は威圧感に満ちており、普通にしていても人から怯えられる。街の外では盗賊や怪物に間違われるなど日常茶飯事。善意で動いても誤解されてトラブルに発展する。馬鹿どもに絡まれると、面倒だと拳で解決してしまうのもあり、やがて周りからはアンタッチャブル扱いとなっていった。


 勇者シオンは初対面の時から、ガルドに対しても明るく親しげに接してきた。最初は何か企んでいるのではと戸惑ったガルドだったが、なんだかんだと言いながらも共にクエストを受けたたりするうちに気を許すようになっていた。

 その勇者、シオンは太陽のような明るさを持つ、『燦星』の二つ名が似合う女だった。ガルドの悪人面も、時に起こす暴力的な解決法も、シオンは笑って受け入れてくれていた。

 だが周囲がそれを許さなかった。勇者シオンはガルドに弱みを握られてる被害者だとか、根も葉もない噂が飛び交い、反論するシオンにまで悪い影響が出そうになった。結局、一人の方が気楽だ、ガルドはそう結論づけた。


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 深淵竜アスタート討伐が勇者パーティーに回されたと言う話を聞いたガルドは、思わず腰を浮かせた。ある程度の付き合いがあるからこそ分かってしまう、今のシオンではまだ力不足だ。あいつを無駄死にさせるわけにはいかない。その思いがガルドを駆り立て、暗黒の森に先回りさせたのだ。

 ガルドは何度も竜退治をした経験があり「竜食み(りゅうばみ)」という二つ名で呼ばれる事もある。そのおかげで竜信仰の教団やドラグル(竜人族)からは蛇蝎のごとく嫌われているのだが……。


 ガルドは魔法が使えるの才能があったのだが、普通の魔法使いのような道は選ばず。恵まれた体格を生かすための格闘戦を前提とした魔法習得に情熱をそそいだ。いくつかの技を完成させた時、ガルドの魔装格闘術という唯一無二の戦闘スタイルが完成した。

 

 勿論、それだけで倒せるほど竜というのは甘い存在ではない。竜退治を可能とさせた要因のひとつ、ガルドが手にする錫杖『毀滅』。不壊の属性を誇るアーティファクトで、マテリアル体(肉体)だけでなくアストラル体(精神)も打ち据える逸品だ。いかに竜の鱗が頑丈だろうともアストラル体には確実にダメージが通るのだ。竜は強大な存在だからこそ、受けたことも無い攻撃により混乱し、隙を生む。そしてガルドはその隙を逃すことは無い。


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 魔力の気配が濃密に漂う薄暗い森の奥。アスタートは近いはずだが、その位置がどうも掴みづらい。薄暗いのは単に日陰だからじゃない。暗闇自体が魔力を持っており、意志があるかのように漂っていて魔力による探査を妨害しているのだ。


 突然、木々の奥から膨大な魔力のうねりを感知した。ゾクリと背筋に戦慄が走る。これは間違いなく深淵竜のものだ。周囲の木々が軋み、葉が黒く変色して散り始めた。空気が歪み、暗闇の向こうで巨大な何かが蠢いている。


 そして——轟音と共に灼熱の奔流が森を切り裂いた。


 木々を薙ぎ倒し、大地を焦がしながら迫りくる深淵のブレス。その破壊的な熱量はまだ届いていないにもかかわらずガルドの肌をじりじりと焼いていく。普通の冒険者なら一瞬で炭になる攻撃だが——。


「不意打ちのブレス攻撃とは派手な歓迎の挨拶だ。それなら俺も礼を返そう!」


『アルマ』


 アルマが発動した瞬間、ガルドの全身を魔力の鎧が包み込む。攻撃、防御、機動力を一気に引き上げてくれる優れた技だ。魔力の鎧を纏ったガルドは、迫り来る灼熱のブレスへ真っ向から突っ込んだ!


 ブレスに突入した瞬間、『アルマ』の魔力鎧が赤熱し、火花を散らす。だがガルドの勢いは止まらない。この先にアスタートがいるなら、これが最短の道だ!


 ブレスを突き抜け、焦げた木の破片を蹴散らして俺が躍り出た瞬間、そこに立ちはだかっていたのは、まさに深淵の化身とも呼ぶべき巨大な竜だった。


 全長は優に二十メートルを超え、漆黒の鱗は暗闇に溶け込みながらも不気味に光っている。四本の太い脚は大樹の幹ほどもあり、鋭い爪が地面に深々と突き刺さっている。翼を広げれば森の上空を覆い尽くすほどの大きさで、その威容は圧倒的だった。


 ブレスを突き破って現れた俺の姿に、深淵竜アスタートの巨体が一瞬凍りつく。さすがの深淵竜もこの登場には度肝を抜かれたらしい。


 ブレスのお返しとばかりにアスタートの横面に一撃を加える確かな手ごたえだったが反撃がすぐ飛んできた、アスタートの巨大な尻尾が唸りを上げて俺めがけて振り下ろしてくる。風圧だけで周囲の木々が折れるほどの一撃。ガルドは『アルマ』の機動力を活かして横に飛び、間一髪でそれを回避する。尻尾が地面に激突すると、轟音と共に巨大なクレーターが生まれた。


「思ったより速い、デカイだけじゃないな」


 そのまま尻尾に毀滅を叩きつけた。普通ならあまり効果のない攻撃だが毀滅のアストラル体への攻撃は積み重なるほど効果を発揮する。いつもと違うダメージにアスタートが苦悶の唸り声を上げる。


 苛立つアスタートの巨大な前脚が俺を押し潰そうと振り下ろされる。避け切れないと判断したガルドはそれを『毀滅』で受け止めた。ガキン!という金属音が響き、錫杖と竜の爪が火花を散らす。


「重てえ!」


 だが『毀滅』は折れない。不壊の属性を持つアーティファクトの面目躍如だ。ガルドは大柄と言ってもヒュームとしてはだ、アスタートと比べたらその差は歴然だった。ガルドは歯を食いしばって竜の脚力に対抗するが、押し返せない。このままでは力負けして潰されてしまう、覚悟を決めて勝負をかけるしかない!


『ヴィス』


「力」を意味するこの秘技は、短時間だけ俺を超人的な戦士に変貌させてくれるが、効果が切れた後ロクに動けなくなってしまう短期決戦用の秘技。魔力が体内を激しく駆け巡り瞬間的に能力が増幅されていく。筋肉という筋肉が膨張し、体中に力が漲るのを感じる。


 毀滅を振り抜き竜の前脚を弾き返すと、力負けするとは思ってもみなかったであろうアスタートがよろめく。その隙を逃さず、俺は一気に間合いを詰める。


「うおおおおおお!」


 全身に漲る魔力の奔流を感じながら、ガルドは錫杖『毀滅』を渾身の力を込めて竜の頭部めがけて振り下ろした!


 ドゴオオオオオッ!


 轟音が暗黒の森を揺らし、衝撃波が四方に拡散する。『毀滅』がアスタートの頭に直撃し、硬い鱗が砕け散った。アスタートといえども、この威力には耐えられない。


《グオオオオオ!》


 アスタートが苦痛の咆哮を上げる。しかし、ガルドにはそこで手を緩める道理などない。『毀滅』越しに伝わる確かな手応えを感じつつ、その勢いのまま竜の頭を地面に叩きつける! その衝撃に大地が揺れ、激しく土砂が舞い上がる。『ヴィス』の効果が切れる前に勝負を決めなければならない、ガルドは流れるような動きで『毀滅』を回転させると、竜の顎をかち上げた。ガキン! という硬質な音と共に、アスタートの頭部が大きく反り返る。


 その瞬間——むき出しとなった喉元に一枚だけ、他とは違う輝きを放つ鱗─逆鱗がガルドの目前に現れた。


「そこだ!」


 ガルドは力を振り絞り『毀滅』を突き出した。風を切り裂く錫杖の切っ先が、正確に逆鱗を捉える。バキリ! という音と共に逆鱗が割れ、アスタートの喉元奥深くまで『毀滅』が突き刺さった。


《グオオオオオオオオッ!!》


 アスタートが絶叫する。その声は苦痛と怒り、そして死への苦悶に満ちていた。猛烈に頭を振り回し、俺を振り落とそうとする。巨体が暴れるたびに大地が震え、周囲の木々がなぎ倒されていく。その激しい衝撃に耐えきれず、俺の命綱である錫杖『毀滅』が深淵竜の喉元に突き刺さったまま、手から滑り落ちた。


「くそっ!」


 振り落とされたガルドは地面を転がりながらアスタートの様子を伺うが、逆鱗への一撃は致命傷となっていた。耳をつんざく断末魔の咆哮が森に響き渡り、やがてその声は弱まっていく。アスタートの巨体がゆっくりと地に伏した。荒い息を吐きながら、アスタートの漆黒の瞳が俺を睨みつける。


《ヨクモ……キサマダケハ……ユルサヌ……》


「運が悪かったな。諦めろ」


 今回は短期決戦と毀滅の効果が上手くはまったから勝てただけ、運の差ってやつだ。


 アスタートが力尽きると、俺の特殊能力が発動した。倒した竜の力を我が物とする「竜食み」の所以でもある俺の固有能力だ。深淵竜の力が俺の身体に流れ込んでくるのを感じる。その力は、濃密な怨念によって塗りつぶされていた。


「なにっ!?」


 まだ動けるうちにアスタートの死体から毀滅を引き抜こうと、歩き出したその足元からじわじわと石が這い上がってくるのに気づいた。アスタートが自らの死と引き換えにした最後の罠——己の力に石化の呪いを混ぜ込んでいやがった。


「ちっ、やりやがったな」


 疲労した体にムチ打ち、魔力を巡らせて抵抗を試みるが、石化は止まらない。体表を覆う石の皮膚が、俺の動きを奪っていく。視界の隅では、アスタートの濃密な魔力が、空中に漂い、やがて微細なクリスタルの粒子へと変換されて飛んでいくのが見えた。


 これが、世で流行り始めた『魔素収集装置』へと回収されて新たなエネルギー原となるのか。こんなものをエネルギー源にするとは、一歩間違えれば世界が壊れるぞ……。魔法を学んだ者として、その技術の危険性を本能で理解した。だが、警告する術はもうない。


「シオン...頼む。お前だけでも、まともな世界を生きろよ……」


 もはや身体の半分以上が石に覆われ、抗うことはできない。だが、まあいい、アスタートは無事倒せた、目的は達成されたんだ。冒険者稼業なんざ、いつ死んでもおかしくねえ。成し遂げた仕事があるだけ、上等な結末だ。


 意識が遠のいていく中、どこか遠くでガルドの名を呼ぶ声が……聞こえた。


 その声は、やはりシオンだった。最後の最後で、あいつが来てしまったのか。ヘマをした姿を見られるのは少し恥ずかしかったが、それ以上に必死に駆け寄ってくるシオンの姿がどこかおかしかった。ガルドは最後の力を振り絞り、満足げな微笑みを浮かべた。


「フッ……」


 勇者シオンの顔は、遠くの光に溶けて見えなかった。ただ、やりきった満足感だけが、石と化すガルドの心に残った。


 そして、ガルドは暗黒の森の中で、悠久の眠りについた。

 

 その石化した姿は、勇者シオンの想いに反し「邪竜討伐の功績を横取りしようとした愚かな男の末路」として、公式の歴史書には記されることとなる。

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