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第七話 「偉大な師匠」

 リオナにボコボコにされた俺は、庭の真ん中に座りアメリアから治癒魔術をかけてもらっている。


「食事は肉体の疲労を癒し、睡眠は魔力を回復させ、性◯為は心の傷を治す。三大欲求はこうやって人間の身体に役に立っているのです」


 ごめん、何言ってんの?

 リオナが急に何か言い出した。

 よく考えれば理にかなってはいる。

 けどなんで急に?

 あ、そういう呪い?


「確かにそうですね。とても深いことを言いますねリオナさんも」

「でしょでしょ!」

「リオナさん……あまり変なことフィン様に教えないでくださいね?」

「ええ?!だって元から知ってたよ?」

「リオナさんに色んなことを教えてもらいましたからね!性◯為てこういうことなんでしょ?」


 と、左手で丸を作り、右手の人差し指を出し入れする。


「やめなさい」


 と、アメリアに叩かれた。


「私そこまで教えてないんですけど!」


 リオナはどんな話でもいける。

 そう、どんな話でも、だ。


 例えば、

 今まで何回交際したのかとか、

 女性視点のエッチの話とか、

 冒険者時代どんな魔物と戦ったのかとか。


 最後は普通か。

 とにかく何を聞いても明るく答えてくれる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リオナがノクターン家に来て半年。

 自分でもよく頑張ったと思う。

 今ならリオナとも互角に打ち合える!わけではないが、半年前に比べれば圧倒的に怪我数が減ったと思う。


 俺が入学したら家庭教師を辞めるのだろうか。

 学校に通いながら剣術もできればいいけど、そういうわけにもいかなそう。


 魔剣士になるには剣術と魔術の両方ができなければならない故、剣の稽古だけではなく、魔術の練習も怠ってはいけない。

 ここ半年は、午前中は剣を振り、正午から夕方にかけて体術を習い、最後に軽くアメリアと魔術の訓練をして1日を終える。

 かなりハードなメニューだ。

 ハッキリ言うと飽きてきた。


 最近では次のステップに進むために練習しているのではなく、時間を削るためにやっているような感じだ。

 簡単に言うとモチベーションがない。


「……はぁ」


 体術訓練中にため息をつくと、レオンが不安そうに聞いてきた。


「体術はあまりやりたくないか?」


 いや、そういうわけではない。

 疲れただけ、気持ち的に。


「いえ、アランができるのに僕だけできないのは嫌なので頑張ります!」

「そ、そうか?無理すんなよ?」

「無理はしてません」


 してます。

 休みください。


 アランのヤツはとっくにノクターン流体術の5つの型をすべて習得している。

 俺より先に習い始めたので、この半年の間に卒業しているのだ。

 よく一緒に訓練に来てくれるからありがたい。

 いや、アランの場合自慢したいだけか。



---



「そうだね〜」


 剣術の練習中、リオナは俺のやる気がなさそうなのを見て両腰に手をおいた。


「よし、簡単な魔物を狩りに行こうか」

「僕の剣はそんな段階ではないと思いますが?」

「いつまでも私相手にやっていても成長しないし、剣を振り回す相手はだいたい魔物だと思うよ」

「あーそうなんですね」

「よし!行こう!」


 と、俺を森の近くまで引きずり出した。


 森は大きい無数の木で光が少なく、薄暗い。

 危なそうなオーラを放っている。


「僕でも倒せる魔物なんですか?」

「う〜ん、フォレストグリズリーとかモルテバニーとかだったら余裕だと思う。上位種が出てきたら私が倒すから任せて!」


 おう頼もし。


 と、会話しているとウサギのような魔物が飛び出してきた。

 そういえばこの世界には家畜がいない。

 おそらく、地球での動物はこの世界での魔物なのだろう。


 俺はレオンから習った体術を器用に使って、ウサギを捕獲する。

 なんか殺すの可哀想だったから。


「『ノクターン流 虚術きじゅつ 幻蛇』」


 虚術は、敵を騙す技。

 剣を振るフリをしつつ黒い煙に身を纏い、背後から耳を掴む。


「捕まえました!」


 フォレストグリズリーを殺した時は、咄嗟の判断と、熊のような見た目にこちらも余裕がなかったけど、このウサギは可愛い。


「倒すために来たのに捕まえてどうすんの!」

「えー、だって可愛いんですもん」

「いや分かるけど魔物だよ?人を襲うんだよ?」

「いやいや〜魔物より人間の方が人間を殺してますよ。それに人間が減れば税金が減りますしね」

「おバカじゃないの?」

「はいおバカです」


 リオナはため息を一つつくと、真剣な顔でしゃがんで目を合わせてきた。


「本当はあまり魔剣士になりたくない?」


 最近は確かに稽古中適当に過ごしている。

 飽きたし。

 けど、彼女は真剣だ。


 笑いに包まれている授業中の空気読めないヤツみたいなことを言うが、俺はそれに答えなくては失礼ではないだろうか。

 それに、両親は高額な金を払ってリオナを雇っている。

 また俺は親不孝を続けるのか……。


「すいません、魔剣士になりたいです」

「分かりました」


 リオナは口端を上げながら言った。


「なら!責任を持って私が立派な魔剣士にしてみせます!」


 人生はマラソンだととある偉人は言った。

 けれど、マラソンは「一緒に走ろうぜ!」と友達と言っておきながら先に行くのが定番だ。

 でも彼女は、そのマラソンを一緒に走ってくれるらしい。

 半年間一緒に過ごしてきているからこそ分かるが、彼女はこれを綺麗事で終わらせないだろう。


 周りの人は先に走り、置いていかれた俺の道は崩れているんだ。

 どうやってもその先にはいけない。

 足が届かない。


 けど、もう大丈夫。

 そんなことにはならない。

 そんな気がする。


「さぁ!そのウサギを倒すのです!」

「え、嫌です」

「やっぱやる気ないでしょ」


 モルテバニーを投げて、剣を構える。


 モルテバニーが飛びついて来る瞬間を狙ってタイミングよく剣を振る。


「初魔物おめでとう!」


 リオナは手を叩きながら褒める。

 別に初ではないんだけどね。


《こんにちは》

《あ、こんにちは》


 また当然現れるアマテラス。


《森の中に入ってください》

《え、なんでですか?》

《助言ですわ》

《そうなんですか》


 この世界に来てからアマテラスにはお世話になっている。

 困った時に現れ、選択の余地を残した助言をくれる。

 けれど今回はほぼ命令の一択だ。


 まぁ、アマテラスが言うことだ。

 何か良いことがあるに違いない。


 ただ、素直に森に入る程バカじゃない。

 もう少し準備が必要だろう。

 リオナなら一人でも十分無双できると思うけど、俺が邪魔だろうし今日はやめておこう。


《すいません、今度でもいいでしょ……》

《今すぐ入ってください》


 アマテラスは珍しく慌てたように言った。

 入った方がいいのか……?


 レオンから聞いた話だと、まずここには強い魔物はいない。

 それに、レオンが定期的に数を減らしているし、大勢に囲まれることも少ないだろう。


 そもそもアマテラスには何の需要があって俺に助言するのだろうか。

 よく考えるとおかしな話だ。


 俺の頭の中に住んでいるのなら、確かに俺にメリットがあるならアマテラスにもメリットはあるだろう。

 けれど、アマテラスの本来の居場所は、あの暖かい平原。


《どんなメリットがあるのですか?》

《いや、メリットとというより見てきてほしいのです。森の中を》

《でもさっき助言って》

《……》


 森に入るのは気が引ける。

 アマテラスの様子から想定外の何かがいる。

 アマテラスすら怯える何か。


「森まで入ってみよっか」


 リオナ袖を握る。

 迷いがある。

 今までのアマテラスの助言は身になっている。

 しかし、今回のは危険が及ぶ気がする。


「え?どうしたの?森が怖い?」


 俺はコクンと頷く。


「大丈夫だよ!お父さんが強い魔物は倒してるし、私だってB級冒険者だよ?」


 B級がどれだけ強いかは知らない。

 けれど……

 いや、リオナが言うんだ。

 大丈夫に違いない。


 リオナは一緒に走ってくれる。

 大丈夫だ。


「よし!いこーう!」

「はい」



 森の中はやけに静かだった。

 魔物が少ないらしい。


「なんもいないね〜」


 アマテラスは何を恐れていたのだろうか。

 というか、恐れているなら俺を行かせる必要はあったのだろうか。


 薄暗く視界が悪い森の中、俺とリオナは真っ直ぐ進む。


 しかし、何もいない。


 最近、森のお掃除をレオン達がしたわけではない。

 毎月決まった日に行う。

 来週辺りのはずだ。



 男がいた。

 ソイツは白銀の髪と時計のような金の瞳と黒い瞳のオッドアイをしている。


 基本的にこの森には人が入ってこない。

 この森には強い魔物がおらず、下位の魔物ばかりで狩っても金にはならないし、せいぜい食事としての用途しかない。

 つまり、この森には、領地の騎士か、レオンぐらいしか入ることがない。


 何の用事なのだろう。


 リオナは能天気なもので、その男に挨拶をする。


「こんにちは!」


 返事はない。

 しかし、奇妙な発言をした。


「お前、リオナ・クライスか」


 リオナは首を傾げる。

 初対面らしい。


「そしてお前は……お前はあれか!」


 俺の顔を見て興奮したような様子を見せる。


 いや、俺は男だし、そういう趣味はないぞ?

 というかアレってなんだよ。


「知り合い?」


 リオナは俺に聞いてきた。


「いえ、初対面です」


 その俺の返答を聞いて、顔を険しくする。

 リオナは俺よりも長く生きているし、冒険者をしていた分この世界の危険さも理解しているだろう。

 そんな彼女が警戒体勢に入った。


 アマテラスが恐れていたものは、おそらくコイツだろう。

 なら、神々の一人なのかもしれない。

 もしくは、魔王クラス。


 俺は探りを入れる。


「この森で何をしているのですか?」

「あぁ、すまない迷いこんだだけだ」


 リオナはより警戒を強める。


「お前、名前は?」

「フィン・ノクターンです。あなたは?」

「俺のことはいい。お前信仰は?」


 この世界における信仰とは、どの流派を使うかを意味する。

 俺や、リオナだったらアマテラス流ということだ。


「アマテラス流です」


 男の顔が険しくなった。

 アマテラスに恨みでもあるのだろうか。


「リオナ・クライスの方は?」

「私もアマテラス流派です」

「なるほど、お前がソイツにアマテラス流を伝えているのか、厄介だな。いや、そうか、そういうことか」


 男は勝手に何かを納得した。


「まぁいい。アマテラス信仰派は殺しておいて損はない」


 殺す?

 殺すって言った?今。


 と、一瞬だった。

 まるで瞬間移動の速さで俺の目の前に手刀が現れた。



---



 男は手刀でフィンの頭を貫こうとした。

 しかし、その手刀は引き下がっていた。

 その刹那、リオナが炎のようなエンチャントを纏った片手剣を振り下ろした。


 男の手刀はまるでそれを読んでいたかのように下がったのだ。


 男はため息をつく。


「フィン、下がっていなさい」


 リオナにはいつもの陽気さは全くなく、冷や汗をダラダラと書いている。

 男が自分より強いと確信しているからだ。


「なぜ子供から狙ったのですか?」

「ソイツは1番厄介な敵だ」

「敵?初対面では?」


 フィンと男は初対面である。

 しかし男はフィンを敵と見なしている。

 フィンとリオナには全く分からなかった。


「確かにソイツを生かしておくかは迷いどころだ」

「この子があなたに何かしたのですか?」

「してないし、恨みはない。だが不快だ」


 男は瞬間的な速さでリオナに近づき、殴ろうとする。

 リオナもそれに反応していた。

 ギリギリで……本当にギリギリで避けていた。


 拳は木を切り裂き、一本の太い木が倒れる。


「『クロノス流 空術 彗星流・柳』」


 また、殴りの一撃。

 しかし今度のは違う。

 明らかに空気をめがけて殴っている。

 拳からは波動を放ち、着弾地点から波動が2、3メートルまで枝分かれする。


 枝分かれした波動をリオナは剣で防ぐ。


 それを見た男は、また一つため息をつく。


「『アマテラス流 斬術ざんじゅつ 炎斬えんぎ』」


 炎のエンチャントを纏ったシンプルな斬撃は男に届かなかった。


「『アマテラス流 舞術ぶじゅつ 燦耀舞さんようのまい』」


 何回にも分けられた炎の斬撃で男を追いかけるも、簡単に見切られる。


 男は、リオナを明らかに小馬鹿にしたようなステップで攻撃を避ける。


「『アマテラス流 打術だじゅつ 赫点衝かくてんしょう』」


 斬撃ではなく、あえて叩くような攻撃。


 男は腕で受け止める。

 初めて当たった攻撃。

 しかし、男の鋼のような皮膚には傷1つ付けなかった。


 そして、男はそのままリオナの腹を殴り上げる。


 森の木を次々と折り倒すリオナの連続する攻撃は、男にはすべて避けられるか防がれていた。

 このまま続ければ間違いなくリオナの方が力尽きてしまう。


 男は接近だけでなく、拳から波動を飛ばすことで遠距離攻撃が可能だった。

 リオナを蹴ったり殴ったりして飛ばした際、波動攻撃で追撃をする。

 

「『クロノス流 腕術 流星衝りゅうせいしょう』」


 男の一振りの拳から、大きな波動が放たれる。

 その波動は、発射地点から離れれば離れる程大きくなる。


 リオナは、その波動の通った後を見た。

 地面から木の葉っぱの先までえぐられている。


(当たってたら死んでたな……)


 男とリオナによる戦いは、というより男による攻撃で、森は壊滅状態。

 先程まで暗かった森は日光が差していた。


「『クロノス流 脚術 星墜せいつい』」


 空中からリオナを狙ったような下ろし蹴り。

 リオナはバックステップで避けた。

 当たった地面はボッコリと穴ができた。


 リオナは腹を殴られ吐血、かすった拳が額を切り裂き、左腕は折れている。

 一方、男は傷1つない。

 確実に当てたはずの斬撃も、完治している。



---リオナ視点---



 なぜ、私は戦っているのだろう。

 フィンを残して逃げてもいい。

 ヤツは迷っていると言った。

 フィンだって殺されるとは限らない。


 男に触れた時の感触。

 蘇る冒険者時代の記憶。

 私が家庭教師になるに至った経緯。


 虚骸獣きょがいじゅうアルマ・ヴェルト。

 その魔物を目の前にするとどんな冒険者も逃げ出してしまう。

 ルナリア王国、迷宮都市エテルナ、深淵迷宮エテルナにて、出現する魔物だ。


 冒険者時代にいたパーティーでその迷信を聞いた時、そんなヤツが出てきても誰も逃げない!と約束していた。

 しかし、いざアルマ・ヴェルトが目の前に現れるとパーティーメンバーは私を一人置いてそそくさと逃げていった。


 虚骸獣は、四大魔獣の神話に出てくる1体だ。

 基本的には迷宮の中には存在しない。

 けれど、ある条件によって番犬のように出現する。


 迷宮自体は筒のような形をしていると推測されている。

 そして、筒の中に何層にもなる迷宮ができていて、階層が崩れてもその階層が無くなるだけで、迷宮攻略には影響が出ないとされている。

 しかし、私達が目標にした第30階層、いや29階層で、事件は起こった。


 私達のパーティーは名が売れていた。

 その日の遠征には急なメンバー参加があった。

 治癒魔術は使えるものの、無詠唱が使えないという魔術師だ。

 アメリアと名乗った。


 魔術師は足りているし、遠征とは言え、30階層までしかいかない。

 ある程度魔石を集めてまとまった金が手に入ればそれでよかったのだ。

 だからいてもいなくても良かった。


 けれど、パーティーリーダーはアメリアを受け入れた。

 アメリアは戦闘ではほとんど役に立たなかった。

 せいぜい怪我した時に、長い詠唱で治療するくらい。


 そして29階層を通過する時、あるパーティーと揉め合いになった。

 アメリアのせいでパーティーメンバーが死んだ復讐をさせろとのこと。

 残念ながら今はうちの大事なヒーラーなんだ、とパーティーリーダーは返した。

 それを聞いた瞬間、相手パーティーの一人が、ソイツがさっさと治療しないから悪いんだ、とボタンを押した。

 そして、29階層に設置された数千個の爆薬により、両パーティーは30階層に落とされた。


 幸い、アメリアがパーティー全員の治療をした。

 入れてやってるんだからそれぐらいはしてもらわないと困る。


 こっちも治療しろよ!と相手パーティーが言っていると、地下から、地震を鳴らしながら、想像を絶する速さで登ってくる何かがいた。

 その何かは、壁を突き破り、現れた。


 黒曜石のような装甲を持つ、見たこともない魔物。

 足の先には太く鋭い爪。

 スズメバチのような強靭な顎。


 その場にいた全員が、まだ戦ってもいないのに戦慄していた。

 私も同様恐怖していた。


 広大な30階層を瞬間移動のように動き回っている。


 古竜の魔王と四大魔獣の神話とエテルナ迷宮の迷信が頭をよぎった。

 四大魔獣は実在していた。

 迷信は迷信じゃなかった。


 竜族から逃げて、エテルナ迷宮の番犬になったと聞いている。

 竜族はなんてものをここに閉じ込めているんだ、と呪いたくなった。

 しかしそんなことを考えている場合じゃない。


 アルマ・ヴェルトからは誰も逃げられないだろう。

 誰かが囮にならなくてはならない。

 いや、約束したはずだ。

 コイツが現れても全員で倒すって……。


 けれど、いざ出会ってみると約束どころではないらしい。

 気付くと全員が私を残して逃げていた。


 一人逃げ出そうとすると、アルマ・ヴェルトはその人を爪で瞬殺する。

 動きに反応しているらしい。


 仲間に裏切られた喪失感と悲しみ……

 そして一人、また一人と目の前で輪切りにされていく絶望感。

 私はアルマ・ヴェルトが帰るまでじっとしていた。

 アメリアも近くでじっとしていた。


 そして、この事件で生き残ったのはたった2人だった。


 アメリアとは気まずかった。

 それからノクターン家で家庭教師として雇われ、再開した。

 フィンの前では気まずいのは隠そう、とそこだけは一致した。



 そうか……

 こんな小さい子供に、

 自分の弟子に、

 私と同じ思いをさせたくない。

 だから身体が動くのかもしれない。

 せめて、フィンを逃さないと……!



---フィン視点---



 目の前の光景に立ち尽くしていた。

 木は無くなり、地面はボコボコと荒れていて、リオナは全身傷だらけだ。

 それなのに、男は傷1つ負っていない。


 リオナと男の戦いを見て、自分が入っても足手まといだと言うことは目に見えて分かる。

 けれど、何もせずにじっと見ているのは違う。

 また目の前で大事な人を失うことにはなりたくない。


 俺は切り株に身を隠しながら、移動した。

 男に奇襲をしかける。

 狙うなら足だ。


 足をやればいくら最強でも一瞬怯むはずだ。

 そこにリオナが攻撃をいれれば致命打になる。


 リオナと男は話していた。


「まだ動けるのか」

「まだ足はやられてないからね」

「なんで私達を狙うの?全く分かりません」

「お前らがアマテラス信仰派だからだ」

「アマテラス信仰派はあなたに何かしたのですか?」

「これから何かをするんだ。その前に殺す」


 そして、俺は男の膝下を切った。


 切れた。

 コイツは不死身ではない。


「死ね」


 瞬きをする間に足は治っていた。

 確かに手応えはあった。

 けど……


 男の手刀が目の前まで来ていた。

 その瞬間、リオナは俺を庇い、肩から横腹にかけてザックリと切られていた。

 リオナはそのまま座りこんだ。


「時間だ。俺は帰るとする」


 男は俺達に背を向けた。


「貴様逃げるつもりか!」

「あぁ、そのつもりだ」

「次会った時はぶっ殺してやる!」

「逃げることは許すのだな」

「さっさと行けよ!」


 今の俺じゃ勝てない。

 リオナがノクターン家に来て半年、俺はリオナに一撃も入れらていない。

 そんな俺がリオナすらも圧倒するバケモノに勝てるはずがない。

 早くどっかに行ってほしい。


「リオナは負けてない!俺にバトンを繋いだだけだ!必ず貴様をぶっ殺しに行く」


 アイツに聞こえていたかは分からない。

 けど、今はそれでいい。

 必ず殺しに行く。


「リオナさん!今からアメリアを呼んできま……」


 走り出そうとした俺の服を掴んだ。

 弱々しかった。


「最後に先生として大事なことを教えます」

「最後に……」

「まずは約束守れなくてごめんなさい」

「なんの約束ですか?」

「立派な魔剣士にはできそうにないです」

「そんなことはいいんです。お願いしますアメリアの治療を受けてください」


 いつでもアメリアを呼びに行けるように俺は立っていた。

 走る準備もできている。

 けれど、リオナは俺を離さない。


「では……最後の授業です」


 俺の言葉を無視して語りだした。


「心はね、剣と一緒なんだよ」


 俺はアメリアを呼びに行くのを諦めた。

 その場に座る。


「剣?」

「うん、鍛冶師が何度も何度も叩いて、形を整えていく。人の心も叩かれれば叩かれる程強くなる」

「だからリオナさんは僕のことを叩くのですか?」


 ふふふ、と笑った。


「違うよ。けれど本当に強くなれる人は限られている。なんでか分かりますか?」

「分かりません」

他人ひとを許した数が人の心の強さだからです。より強固な素材じゃないと何度も叩かれることに耐えられません。けどね、私は弱いから昔の人のこと根に持っちゃうんだよね」

「そうなんですね……」


 リオナは一息おいて言った。


「私がここで死ぬことは気にしないでください。師匠なら弟子を守るのは当然です」

「無理です。僕も心が弱いので……」

「この師匠不幸者め」


 と、軽く叩かれた。


 俺は涙と鼻水で見るに耐えないような顔をしているだろう。

 リオナは最後の力を振り絞って俺の鼻水を拭いてくれた。


 自分の無力さを改めて痛感した。

 また同じことを繰り返してしまったのだ。


 頑張ろう、努力しよう、変わろうと決めても分厚い壁が現れる。

 俺と関わると不幸になってしまうのかな。

 みんないなくなる。


 弟は病気で死んで、

 彼女は車に潰されて、

 そして、今度は師匠を殺された。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 何度謝っても許されないよね。


 誰も守れない。

 みんな死んでしまう。

 どうしたら良かったのかな……。

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