第三話 「魔術」
2歳になった。
2歳にもなれば、ある程度体もしっかりして、屋敷内を自由に歩けるようになる。
アランはたまたま書庫にいたのだと思っていたが、ただのガリ勉だったらしい。
あの年で。
俺が書庫に通っていたことはちゃんとチクられていたのだとか。
今日も俺は書庫へ行く。
もちろん魔術教本目的だ。
いや、いつも魔術教本目的で行くけど、アランに邪魔される。
腹立たしい。
ぶっ殺してやる。
前まで自分の胴体くらいの幅だった階段の段差も、今や膝下くらいとなっている。
もう転げ落ちることはないだろう。
書庫へ着くと、事前に把握しておいた魔術教本が並んだ棚に、真っ先に向かう。
今日アランのヤツは、学校らしい。
この世界では日本と同様、6歳ぐらいになると学校に通うことができる。
日本と違うことは義務教育ではないこと。
つまり、通わなくてもいい。
めんどくせぇから俺は通いたくねぇんだけど、とりあえず今は魔術の習得が最優先だ。
さてはて、どれから手をつけようか。
ズラーと並んだ魔術教本を見て、門外漢の俺はどうしたらいいのか分からない。
そうだ、俺の体には太陽神アマテラスが宿っている。
即ち、炎系統がより上手く使えたりするのではないだろうか。
謎の考察の上で、俺は炎系統の魔術教本に手を伸ばす。
魔術教本は、どれも大きめに作られているため、両腕で抱えるので精一杯である。
幸い、この家の一階に書庫があるので、庭へは階段を経由することがない。
ラッキーである。
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文字の読み書きは面倒見の良い兄から教わっているので、問題ない。
問題は、魔術理論を俺が理解できるかどうかである。
生前から数えて、本気で参考書に向かうのは、小学生以来かもしれない。
高校時代真面目に勉強していれば大学に行けずとも就職はできたかもしれない。
サボり癖はそろそろ治さないとな……。
ページをペラペラとめくる。
魔術にはレベルがあるらしい。
大きく分けると、
初級、中級、上級、帝級、神級
の5段階なのだという。
教本が5つに区切られているのはそういうことだろう。
何がどれくらい難しいのは分からないので、とりあえず初級から手を付けることにした。
「汝の祈り届き、偉大なる炎の恩寵あらん、我が願いに応じかの者を灼き尽くせ
『ファイアボール』」
全身から“何か”がもぎ取られるような感覚があった。
そう感じたのもつかの間、野球ボールサイズの炎の玉が、構えていた右手に灯った。
「あっつっ!」
“何か”は、おそらく魔力という物なのだろう。
でも魔力はこの世界の人間になり備わっている物なのだろうか。
聞き慣れない単語に、違和感を感じる。
炎の玉が出来上がるまでの、体の変化として、体温が上がったと感じた。
現に、胴体から右腕、右手に至るまで小さな汗の粒ができている。
魔力は己の血液に含まれていると、俺は仮説を立てた。
答え合わせは他の魔術教本でできるだろう。
たぶん『ここから始めよう!初めての魔術!』みたいな本があると予想しておく。
ソシャゲ的に言うのならば、魔力はMPである。
うん、これなら若干馴染みがある。
MPは自身のレベルが上がれば、それに伴って増加するのが一般的だ。
しかし、この世界にレベルなんて概念は存在しない。
いや、未だ呪いというこの世界の設定に触れることができていないし、俺が知らないだけであるかもしれない。
分からんことはだいたい兄ちゃんが教えてくれるから、とりあえず後回し。
よし、とにかく次へ行こう。
初級、中級……とあるけど、これはMP量が増えることによって扱える物の可能性が高いと見た。
初級を順番に片付けていこう。
魔術を発動するのに詠唱は必要なのだろうか。
俺はページ順に魔術を習得していると、ふと思った。
日本からこの世界に来た部外者だからこそ言えるのかもしれないが、魔術に詠唱が必要なのは、この世界の人間の固定観念なのかもしれない。
教本は詠唱を覚えることを促すように書かれている。
その可能性は十分ありえる。
それが正しいとするなら、アランに聞いても返答は返ってこないかもしれない。
これは俺だけで解決しよう。
魔術は、血液中から魔力を取り出し、それを変換して、発動する。
即ち、魔力さえあれば魔術が発動するのではないだろうか。
ただ、意識して血液の動きを操るのは無理なので、これこそが難題だ。
魔力だけを移動させる……。
いや、どうやって?
まてまて、魔力を移動させるのに血液が必要とするなら、心臓が1番重要ということだ。
……なんか空回りしてる気がする。
俺は昔、腕を下にして横になっている時、ビリビリと痺れた手から、かめ◯◯波が撃てないかな、とずっと思っていた。
試すうちに、痺れから解放され、見えない波動が出ていないかな、と妄想していた。
痺れから解放されるような感覚、それが魔力の移動に似ているような感じがする。
試しに、自分の右腕を足でしばらく踏み付け、血液を止めていた。
止めたまま、魔術の詠唱を行う。
「汝の祈り届き、偉大なる炎の恩寵あらん、我が願いに応じかの者を灼き尽くせ
『ファイアボール』」
炎の玉は出なかった。
仮説は正しいかもしれない。
次は詠唱無しで血液っぽい物を動かせないか試してみる。
イメージだ。
脳が人体に与える影響は大きいと聞いたことがある。
即ち、血液が動くイメージをすれば、その通りに動いてくれるかもしれない。
俺は目を見開いた。
……成功だ。
野球ボール程の炎の玉がぽんと飛んだ。
「やった……」
ガッツポーズを取り、喜びの舞をしていると、俺はそのまま意識を失った。
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俺は自分の部屋のベットで寝ていた。
学校から帰宅したアランに発見され、レオンに連れて行かれたとのこと。
「魔力切れ?」
目が覚めたということは魔力が回復したと解釈していいのだろうか。
魔術を使い続けて、もう一度この現象が起こればそういうことだろう。
それにしても無詠唱魔術は成功した。
もしかすると、詠唱は血液の巡りを自動化する物なのかもしれない。
詠唱をすれば血液の移動を省略できるけど、時間がかかる。
無詠唱は、時間を短縮できる代わりに、疲れるといったところだろう。
まぁいいか、そのうち分かる。
書庫に向かうと、アランがいた。
まじのガリ勉である。
「兄さん、聞きたいことがありまして」
「なんだい?お兄さんに言ってみなさい」
アランはニヤニヤを抑えきれずにいる。
「今日、魔術の練習をしていたのですが、疑問がいくつかありまして」
「おー!魔術か!お兄さんも昔は苦労したものだよ〜」
先人気取りらしい。
ウザい。
年齢では俺が勝ってるからな!
聞き方には気をつけた方がいいかもしれない。
アランはすぐレオンかウルにチクる。
俺がこの世界にない言葉を話したとなると、どこかに売り飛ばされて、頭蓋骨開かれて研究されるかもしれない。
それはいやだ。
「えー、魔術を練習していると……えー、倒れてしまいまして、えーと、なんでですか?」
「あーなるほどね!魔術っていうのは魔力を使って発動するんだけど、魔力は人の生命線でもあるから、倒れる前には止めようね?」
「な、なるほど……」
危ねー。
死んでなくて良かった〜。
さて、呪いについてどうやって聞こうか。
「えーと……」
「あと、魔術の他に、呪いっていう人が生まれた瞬間からある常時発動する……魔術?みたいなのがあるんだけど、それは魔力使わないから」
「あざっす!先輩!」
「うい」
そう!それが聞きたかった!
「呪いっていうのは僕にもあるのですか?」
「あると思うよ!5歳になったら調べてもらえるからそれまで我慢ね」
「分かりました」
なるほど、やっぱり鑑定師的な人が見ないと分からないのかもしれない。
ユニークスキル……カッコいいのがいいな〜。
待ち遠しい。
「ちなみに兄さんの呪いはなんですか?」
「俺の呪いは、栄光渇望の呪い!」
「なんですか?それ」
「ふふふ、聞いて驚くな?」
はよ言え。
「努力すれば努力するほど才能が開花する呪いさ!」
普通じゃね?
人よりも伸びがいいという解釈でOK?
「なるほど、素晴らしい呪いですね!」
「だろ?」
いや〜そんな自慢げにされてもな〜。
まぁ、呪いについて詳しく分かるのは5歳というのが分かったのが1番の収穫だろうか。
まじで待ち遠しい。
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2ヶ月の努力の末、精密に炎の玉を飛ばせるようになった。
たまに出てくるアマテラスの手助けもあって、初級魔術はほぼ極めたと言ってもいい。
山火事になりかけて、アランが水魔術で鎮火したのは、レオンとウルには秘密。
魔術の発動までの工程は、いくつかのプロセスに分けられる。
何を発動するか、
どの威力にするか、
どう放出するか、
どこまで飛ばすか。
無詠唱は、これらの工程をすべて脳内で設定しなければならない。
に対して、有詠唱は、これらの工程を省略できる代わりに、時間がかかると、
それぞれに、メリットとデメリットが存在する。
無詠唱を極めれば、自由自在に魔術を扱える。
そう、魔術自体を自由に扱えるのだ。
これは極めるしかないのでは?
いや、これは無駄な努力なのか?
どの教本にも無詠唱については書かれていなかった。
そうだ、思い出せ。
前世ではすべての努力が無駄と終わったじゃないか。
まぁ楽しいからこれは努力に入らんか?




