表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

プロローグ

 希望に胸を膨らませ、入学式で周りを見渡す。

 だが、そこに想像していたような華やかな人間は一人もいなかった。

 漫画や小説で描かれるような、個性豊かなキャラクターたち。

 そんなものは現実には存在しないらしい。


「人生は自分で変えるものだ」


 そう自分に言い聞かせ、割り当てられた席に着く。

 退屈な日々を過ごすなんてごめんだ。

 問題を起こし、友達と悪ふざけをして、先生に叱られ、くだらない愚痴を言いながら帰る。

 中学時代と何も変わらない、最高にくだらない日々が、もうすでに始まっていた。

 高校生活が始まって3ヶ月。

 夏が訪れ、俺はたくさんの仲間とつるんで遊んだ。

 授業をサボって隣のクラスに乗り込み、通りすがりの老人から金を巻き上げ、鬱陶しい美人教師を数人でからかう。

 毎日が刺激的で、楽しかった。

 いつものように数学の授業を潰そうと、俺は教師に絡んでいた。

 ハゲをいじり、数学なんて勉強しても意味がないと挑発する。


「いい加減にしなさい!」


 その声は、教師のものではなかった。

 俺は机に体重を預けながら立ち上がった。

 メガネをかけた委員長に殺意を覚えた。


「なんだ、お前」


「あなた、入学当初からまともに授業を受けていないし、日頃から周りに迷惑ばかりかけて、恥ずかしくないの?」


「え? なになに? 真面目ちゃん? 女がでしゃばるんじゃねーよ」


 耳に手を当ててからかい、下品な言葉で彼女を小馬鹿にする。

 当然、委員長が黙っているはずがない。


「女がどうとか関係ないでしょ! 入学したてはまだしも、最近じゃ犯罪まがいのことばかりしてるじゃない! わかってるの?」


「うるせぇな、ババア」


「私がババアなら、あんたはジジイでしょ!」


 俺は舌打ちをし、クラスを見渡す。

クラスメイトの反応は、二つに分かれていた。

 半分は恐怖に震えながら机の木目や教科書と睨めっこをしている。

 もう半分は、ニヤニヤと楽しそうに俺を見つめている。

 俺はニヤついている奴らに向かって指示を出した。


「おい、お前ら! こいつ締めるぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間、委員長の顔は真っ青になり、全身を震わせた。

 ようやく自分の立場を理解したらしい。


「なぁ、お前と俺とじゃ身分が違うんだ。大人しくしとけ」


 男三人で委員長を連れ出し、俺を含む大勢の男が後に続く。

 屋上で彼女を縛り上げ、散々辱めた後、動画や写真を拡散した。

 真面目な性格が浮いていた彼女は、他の女子生徒からも陰湿な嫌がらせを受けることになった。

 それでも彼女は学校を辞めなかった。

 俺だったらとっくに辞めている。


「おい、ボスはヤらないんすか? こいつ、メガネ外すと結構美人っすよ!」


「そうか? そんなやつに手出したら俺のが腐るわ。よくお前らできるな」


 すべてを諦めたような表情の委員長を、俺は嘲笑する。


 俺に逆らえばどうなるか、他のやつらにもわからせることができた。

 思惑通り、俺に楯突く者はいなくなり、俺は欲望のままに高校生活を謳歌した。


「今日も公園のジジイから巻き上げた金でカラオケでもいかねーっすか?」


「いや、やめとく。用事があるから」


「そうっすか……」


 和寿の誘いをきっぱりと断った俺には、やるべきことがあった。

 遊ぶための金は巻き上げればいい。

だが、そうはいかない金もある。

 汚い金ではなく、綺麗な金でなければならないもの。

 高校生になって始めたコンビニバイト。

 学校で不良をやっている俺が真面目に働く姿なんて、誰も想像しないだろう。

 というか恥ずかしくて、絶対に見せたくない。

 マスクをつけ、言葉遣いに気を付けていれば、バレることはないはずだった。


「ねぇ! 会計間違ってるんだけど!」


「はい、すいません。えーと……」


 クレームをつけてきた客は、さっき俺をカラオケに誘った不良仲間の和寿だった。

 心臓が高鳴り、冷や汗がダラダラと流れ出る。

 動揺してぐだぐだしていると、店長に強引に交代を命じられた。


「お前は裏に行っとけ。邪魔だ」


「はい」


 店長の指示通り、俺は裏方作業を始めた。


 客の対応を終えた店長が俺の作業を止め、説教を始めた。


「お前、ああいう不良は面倒なことになるかもしれないんだぞ! それに、金を扱ってるんだ! おままごとがしたいならさっさと帰れ!」


「す、すいません」


 内心で「さっさとくたばれ、クソジジイ」と思いながら、それを必死で丸め込み、深々と頭を下げた。

マジでイライラする。


 日付が変わる時間に帰宅する俺の頭の中には、店長の説教が永遠と脳内でリピートされていた。

 地面の石を蹴りながら歩く。


「あのクソジジイが! さっさと死ね!」


 都会とは言えないこの地域では、店の明かりやビルの灯りはなく、街灯の光だけが俺の影を作り出す。

 蹴った石が用水路の穴に入り、自分の影ともう一つの影が見えた。


「くぅぅん……」


 犬だった。

 痩せ細って道の真ん中でうずくまっている。


「犬っころ、邪魔だ、どけ!」


 イライラしていた俺は犬の腹を蹴り上げ、道の端にどかした。

 道の真ん中にいるだけで鬱陶しかった。

 この行為がただの八つ当たりだと心の奥底ではわかっていたが、その感情は埃をかぶった金庫の中で眠っている。

 ボロアパートに帰宅した俺は、真っ先に弟の部屋に向かった。


「おい、大丈夫か?」


「兄さん、おかえり」


「良かった、生きてるな」


「そう簡単には死なないよ」


 弟の晴弘は、大病を抱えている。

詳しいことはわからないけど、運動神経に関わる病気で、俺が知る限り、5年以上寝たきりの生活を送っている。

 いつか歩けるようになってほしい。

 

「ハル、ゼリー買ってきたけど食べるか?」


「盗んでないよね?」


「ちゃんとバイトして買ったやつだから安心してくれ」


「ならいいけど」


 ゼリーを食べる晴弘の横で眠気にうとうとしていると、玄関の鍵が開く音がした。

 俺はビクッと体を震わせる。


「か、母さん、おかえり」


「ただいま」はなかった。

 酒臭い。


「はい」と手を差し出す母に、俺は息を吸い、吐き出すのを堪えた。

 この手の意味を知っていたからだ。


「早くバイト代出しなさいよ。ハルを助けたいんでしょ? ちゃんと治療費に当てるから」


「うん……」


俺は給料が入った封筒を母の手に置き、それを離さずに言った。


「本当にハルは助かるんだよね?」


鋭く睨まれた。


「誰のおかげでここまで育ったと思ってるの! 早く渡しなさい! こっちは仕事で疲れてるのよ、この馬鹿息子が!」


「うん、ごめん」


 母がおかしくなったのは、晴弘が病気になってから……いや、正確には父が事故で亡くなってからだろう。

 俺と晴弘が父の死に涙を流している間、母は葬式にすら来なかった。

 最初は母も辛いんだろうと思っていたが、全く違った。

 父の保険金で遊びまわっていたのだ。

 毎日、夜中まで飲み歩き、返ってこない愛に金を注ぎ、ギャンブルで増やそうと試みる。

 俺は小遣いや給食費をもらったことがなかった。

 友達はみんな金を使って遊んでいた。

 それが死ぬほど羨ましかった。

 自分だけ我慢を強いられるのが辛かった。

 最初は、「ちょっと金貸してくんね?」から始まった。

 もちろん返す気はなかったが、「ちょうだい」よりはマシだと思った。

 いろんな奴、特に気弱そうな奴から金を巻き上げていくうちに、俺は王様気分になった。

 どうせなら支配して、欲望のままに生きてみたい。

 家で溜め込んだストレスを学校で発散する。

 そんな中学生活を送っていると、弟が病気になった。

 まだ小学生なのに、余命宣告をされた。

 その事実をうまく飲み込めなかったが、なんとかしなければならない。


「父さんの保険金を使おう」


 母にそう提案したが、保険金はもう使い切ったらしい。

 どうすればいい?

 俺にはわからなかった。

 考えられる脳みそを持ち合わせていない。

 とりあえず金が欲しい。

 治療費をどうにかして手に入れたい。

 治る病気かわからないけど、やれることはやりたい。

 未成年の俺ができることなんて限られていた。

 中学生だった俺は、バイトもできない。

 いや、収入源ならある。

 誰かから盗めばいい。

 悪に手を染めた俺は、「仕方ない」と自分に言い聞かせ続けた。

 悔しいけど、こうするしかない。

 そもそも法律が悪い。

 未成年でも働けたらいいのに、それは許されない。

 めちゃくちゃムカつく。

 たった一日で、10万円近く盗むことができた。

 母と弟に、それを治療費に当ててくれ、と頼んだ。

「よこしなさい。それは私が有効活用してあげる」と母に取り上げられた。

 ガキの俺が持っているよりはいいのかもしれない。

 けど、信用できなかった。

 行動はしたけど、ここで詰んだ。

 二回目は、母に言わずに弟と話した。

 しかし、盗んだ金での治療は受けたくない、と言われた。

 じゃあ、この金はどうすればいいんだ?

 どうせ使い道のない金だ。

 俺は友達の誘いに乗ってみた。

 いつもなら断るはずの遊びは、今までに感じたことがないくらい楽しかった。

 俺にとって、たった一つの逃げ道になった。

 俺の素行の悪さは、時間とともに増していった。

 そして、最終的に出来上がったのが今の俺だ。

 いつものように学校で遊んでいると、この場には不似合いな男が数人、クラスに入ってきた。

 俺はその光景にめまいがした。

 この状況に耐えられないのは、俺だけではないはずだ。

 一秒でも早くここから逃げたかった。


「公園の老人からカツアゲしているという通報を受けた。この学校の制服を着ていたそうだが、何か知らないか?」


 この状況では、俺たちは弱い立場になってしまう。

 誰も何も言わないでくれ、と思ったが、メガネの委員長は黙っていないだろう。

 俺は人生の終わりを悟った。


「晴康が老人に暴力を振るっているのを見たことがあります」


は?


 その声は、女の声ではなかった。

いつも俺をカラオケに誘ってくる和寿のものだった。


「てめぇ! 警察と俺とではどっちの方が脅威か教えてやるよ! クソ野郎! ぶっ殺してやる!」


 警察が俺の席を囲む。


「君、ちょっとついてきてもらおうか」


「は!? いや、待ってくれ! 俺だけじゃねーよ! 他のやつもやってる! 和寿だってそうだ!」


「いいから! 話は署で聞く」


 腕を強引に掴まれ、引っ張られながら教室を出ると、最後に和寿のホッとした表情が見えた。

 絶対に殺してやる。

 警察の捜査によって、俺が今まで犯してきた罪がすべてバレた。

 未成年ということもあって、軽い刑で済み、学校側からは停学処分が下された。

 和寿たちも、いずれバレるだろう。

重い足取りでバイト先に足を運ぶ。


「晴康……」


「はい?」


 店長は俺に軽蔑の眼差しを向けながら言った。


「二度とここに来ないでくれ」


「いや、待ってください! 俺には金が必要なんです! 頼む! 多めに……」


「金を盗んで生きていて、よくそんなことが言えるな」


 膝から崩れ落ち、絶望の味を体験した。

 俺に居場所はなくなった。

 学校の仲間には裏切られ、働き口を失った。

 これ以上の絶望を、俺は味わったことがない。

 弟の晴弘の治療費を稼ぐ方法はない。

 また盗む?

 いや、さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。

 汚い金での治療は晴弘自身が受け入れないだろうし、今度こそ刑務所行きだ。

 母からも怒られるだろう。

 金を稼げないから。

 母に毎月渡していた生活費も、もう渡すことはできない。

 晴弘に、食べさせてあげることも。

ボロアパートの階段を上り、玄関を開ける。

 帰ったらすぐに晴弘の様子を見るのが日課だ。

 でも今日は、いつもとは違っておやつは買っていない。

 クビになったから。


「晴弘…………っ!」


 晴弘は珍しくベッドから起き上がっていた。

 歩いているどころか、首に太い縄をかけ、宙に浮いている。


「なんで……こんなことに……」


 溢れる感情は、さすがに抑えきれなかった。

 俺が我慢させすぎたかな?

 我慢せずに言って欲しかった。

いや、それとも俺が鬱陶しかったのか?

 なんでお前が死ななきゃいけないんだ。

 他人の感情を考えたことがなかった俺には、晴弘が自殺した理由がまったくわからなかった。

 いくら考えても、記憶を辿っても、答えにはたどり着けない。

 そして「我慢」という言葉で、もう一人、心に引っかかった人物がいた。

 メガネの委員長だ。

 俺のいじめのせいで、あいつも自殺するんじゃないか……そんな懸念が頭をよぎった。

 あいつ、生徒会だったよな……

 生徒会は放課後遅くまで仕事をしていると聞いたことがある。

 学校中を隈なく探したが、彼女の姿はなかった。

 屋上を残して。

 階段を駆け上がり、ようやくたどり着いた屋上。

 全裸で全身に痣のある委員長が、柵を乗り越えて立っていた。


「ま……」


「待て」と言おうとしたその声は、寸前で止まった。

 崖の端まで追い込んだ俺が、最後の最後で手を差し伸べる資格があるのだろうか。


「おっ、晴康! 警察からは逃げてきたのか?」


 後ろから声をかけてきたのは、俺を警察に売り飛ばしたのと同じ声だった。

 その声に、俺は怒りを抑えきれなかった。


「和寿か、てめぇぶっ殺してやる」


 和寿の胸ぐらを掴んだが、和寿は俺の目を見ず、俺の後ろに視線をやっていた。

 その視線を追うように後ろを向くと、鉄パイプで顔面を殴られた。

 俺の顔は潰れたトマトのように血を流し、朦朧とする意識の中で、最後にやらなければいけないと思ったことを遂行した。

 飛び降りようとするメガネ委員長を屋上の中心に投げ飛ばした。

 体は毎日のようにしていた喧嘩で鍛えられていたが、作用反作用の物理法則には逆らえず、代わりに俺が落ちた。


 なんで助けたんだろう。

 いや、少なくとも委員長は死ぬべきじゃない。

 追い込まれたからって死ぬんじゃねぇよ、クソメガネ。

 生きてたら、なんとかなる。

 俺は生きてたってどうにもならないけど。

 俺が他人にやったことは、許されるべき行為じゃない。

 潔く死んで、地獄に行って、償いたい。


 なんで人は追い込まれたら死のうとするのだろうか?

 生きる理由がないから?


 そもそも……

 生きるのに理由を問うことは間違っているのだろうか?

読んで頂きありがとうございます。

浪人していて、勉強の合間に小説を書いているのですが、勉強に意味ってなくね?とか、生きることに意味ってあるか?と思い、書きたいと思った作品です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ