第一話 「転生」
フィクションです。
存在しない歴史です。
やぁやぁ!俺だ!
住所不特定無職の俺だ!
現在32歳のナイスガイだ!
ゴールデンウィークならぬゴールデンライフを堪能している!
見渡す度に思う。
なんて平和なんだ……と。
今や生きることでは悩まず、人間関係などしょうもないことで悩む者が多い。
あの時代を生き抜いた俺からすると、皮肉もいいところだ。
「…………はぁ、何やってんだ俺」
2021年、世間が東京オリンピックだの、コロナだの騒いでいる中、一人酒をあおる。
路上で酒を飲むだけの生活。
これをもう何年続けているだろうか。
近くで若者が通る度に罵詈雑言の雨。
気にしないようにしているけれど、耳に残る。
道の端に座り込む俺に唾を吐くのは、全員が10代から20代前半だろう。
20代後半以上は、俺と同じ経験をしている。
ただ、ソイツらと俺の違うところは、切り替えられているか、切り替えられていないかだ。
まぁ、同年代の友達はいないからハッキリとは分からんが。
どんな出来事でも上書きされない記憶。
昨日のことのように思い出す。
生きていることが奇跡かもしれない。
あの日の鳴り響くサイレンの音。
瞬きの間に火と血の海に変貌する。
丁度20年前、他国からの空襲を受けた。
幸い俺と弟はサイレンの音を聞いて、近くの川の土管に身を潜めた。
爆撃地からはそこそこ離れていたため、重症は免れた。
空襲による被害は想像を絶する物だった。
死体はそこら辺に数え切れない程ある。
建物はほとんどが崩壊し、山や森は炎の海。
しかし、空襲の恐ろしいところはそこではない。
人が大勢死に、建物や自然がなくなれば当然、物が無くなる。
衣食住をまともに備えられない。
俺達はそれに苦しめられた。
守る物があるヤツは強いとはこのことだろう。
弟を守らなければならない。
その想いが俺の原動力になる。
当時中学1年生の俺には、できることも少ない。
仕事に出ていた母は今どうしているのか分からない。
連絡方法がない。
それに、弟は病気だ。
この前余命宣告を受けた。
けれど弟には、できるだけ長く生きていて欲しいし、できることなら幸せでいて欲しい。
医者曰く、薬で進行を抑えることもできるらしい。
けれど薬なんて手に入らない。
金もないし、誰に頼ればいいか分からない。
金を持っていても騙されるかもしれない。
詰んだ。
たぶん詰んだ。
食料は、少量だがなんとかなった。
畑から盗むなり、その辺の金持ってそうな人から財布を盗めば、数日分の食事くらいなら手に入った。
住む場所はなかったけど、橋の下で過ごしていた。
また空襲がくれば土管に入り込めばいい。
弟は動けなかった。
ずっと橋の下で横になっている。
帰ってきたら殺されてるんじゃないか。
朝起きたら息してないんじゃないか。
ずっとヒヤヒヤしていた。
弟は遠慮してばっかだった。
もっと我儘を言ってほしいくらいだ。
もしかすると、俺が犯罪に手を染めて金を手に入れてると思ったのかもしれない。
俺が見ていないと申し訳ないのか、食事も取らない。
ある日、俺はいつものように財布を掏る。
慣れてきた頃が1番危ない。
それはこのことを言うのだろう。
ガタイの良い強面の人に首根っこを掴まれた。
いつものように逃げ切れなかった。
ボコボコに殴られた。
たぶん鼻の骨が折れている。
交番に夜まで拘束されていた。
いつもなら夕方までに橋の下に帰る。
けれど、今日は夜に帰った。
今日は夜ご飯を用意してあげられない。
ごめんな。
橋の下に着くと、横たわる弟の姿が見えた。
いつも通りだ。
けれど、俺はそれを見て吐きそうになった。
痙攣する横隔膜、喉がえづき、それを必死で堪える。
青白くなり、詰めたくなった肌。
動かない横隔膜。
それだけで、状況を判断するには十分だった。
弟は死んでいた。
俺が強ければ、早く帰ってこれた。
俺が強ければ、弟は死ななかった。
誰よりも強くならなければ……。
それから途方に暮れた俺は、畑の主に見つかり、喧嘩を売られた。
悪いの俺なんだけどね。
弟のためなら俺は死んでも良かったのに。
なぜ俺の弟は死ななければならない?
ムカついた。
近くの鉄パイプを手に取り、そのおっさんを殴り殺した。
あんな地獄は二度とごめんだ。
「おい、おっさん!」
3人のチャラい若者が俺に話かけてきた。
俺はソイツらの方を見る。
「汚えし邪魔だからどけよ!」
うぜぇ。
こういう奴らは最近良く見る。
その度に返り討ちにしている。
そして、その3人組も半殺しにしてやった。
一人目の頭を飲んでいた酒瓶で殴り、その後二人、三人と蹴り上げてやった。
ついでに財布はもらっておく。
誰よりも強く、かつ誰よりも強そうでなければならない。
そうしなくては……
誰かに絡まれる度に移動している。
仲間を引き連れてリベンジに来られても迷惑だからだ。
今度はどこまで行こうか……。
「…………………ん?」
コンビニの前で、誰かの言い争いが聞こえてきた。
喧嘩だろうか。
見つけたのは痴話喧嘩中の男女二人。
どうやら修羅場らしく、激しい言い合いが、周りの人の目を引いていた。
俺からすれば羨ましい喧嘩だ。
彼らにそんなことを言ったら火に油だろうが。
そういえば俺にも彼女がいた。
高校時代の彼女だ。
喧嘩したことはなかったな……。
ムカついても遠慮していたのかもしれない。
思い出すと涙が出てきそうだ。
弟を失った俺は、途方に暮れて歩いていた。
そこに、現れたのは、小中学生くらいを保護しているというおばさん。
正直最初は疑った。
けれど、行き先もない俺は、直感で付いて行く方がいいと思った。
施設には、俺と同じ境遇であろう子供達が、100人弱程いた。
彼らは楽しそうだった。
ほぼ全員が笑顔だった。
もっと早く見つけてもらえれば、弟は生きていただろう。
彼らとは違う。
俺は不幸な人間なんだ。
そう思わないとやってけない。
もちろん、笑顔なヤツもいれば、笑顔じゃないヤツもいる。
俺もその一人だが、もう一人目立って不幸そうな人がいた。
女の子だ。
同じ中学生くらいだろうか。
その子は家族関係で苦しんでいるわけじゃない。
人間は生きることが容易になると、今度は暇を潰すために娯楽を求めるものだ。
彼女は耳が聞こえないらしく、周りの人は面白がっていじめていた。
いや、今思うと、面白がってたのではなく、浮いててウザかったのかもしれない。
彼女は耳が聞こえない分、周りの状況を把握するのが苦手だ。
即ち、声音や会話の雰囲気を汲み取ることができない。
数人、多い時は数十人から囲まれることもあった。
弟ではなくコイツらが死ぬべきでは?
そう思うと腹が立った。
囲んでいたヤツらをボコボコにしてやった。
それから何回もちょっかいを出しに来たが、その度に返り討ちにした。
それが、俺と死んだ彼女との出会いだった。
俺が手話を覚えたいと言えば教えてくれるし、遊び行きたいと言えば必ず行ってくれる。
もはや優しいのか俺に怯えてるのか分からない。
そんな風にグダグダと過ごしていた。
そらから4年くらいだろうか、町が復興してきて、学習が遅れた俺達は、特別支援校に入学した。
学費はタダだった。
付き合ってすぐ、花火大会に行った。
人気のない駐車場。
俺の鼓動は俺自身を殺す程高ぶっていた。
けれど、その興奮も一瞬で冷めた。
自爆覚悟で突っ込んで来た車に跳ねられ、彼女は死んだ。
どれだけ喧嘩が強くなっても、時速何百キロで走れる鉄の塊は破壊できない。
落ちてくる爆弾を跳ね返すこともできない。
あんまり思いだしたくない記憶。
アイツらよくも……ん?
今度は別の場所で騒ぎが……
今度は喧嘩じゃない。
悲鳴だ。
誰かが襲われているのだろうか。
まぁ、俺には関係のない話だ。
誰かが死んだとして、俺はなんとも思わない自信がある。
「木村ぁぁああ!!」
ナイフを持った学生が、そう叫ぶと、痴話喧嘩中の男が振り返った。
助けないと……。
ん?なんで俺が?
数秒後の景色がありありと浮かぶ。
喧嘩していたにも関わらず、彼女の方は彼氏の心配をしながら泣きじゃくる。
ごめん!ごめん!と何度も言いながら。
どうしても自分の境遇と重ねてしまった。
俺は彼氏の方を突き飛ばした。
横腹から焼けるような痛み。
「くそ!邪魔しやがって!」
俺は何度も刺された。
ソイツは自分の手が血で汚れていたのを見て、顔を真っ青にし、逃げて行った。
分かるよ。
俺も初めて殺した時そんな顔してた。
あぁ死ぬのか……。
まぁ心残りはない。
母が生きてるかどうか確認しておけばよかったな。
俺が死ねば、母さんは楽になるんでしょ!
そう言った俺に、この親不孝者!てキレてた。
意味が分からなかった。
なんで怒るのか。
それにそれが最後の会話になるとは思わなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
暖かい。
出血によるものだろうか。
いや、違う。
真っ白な空間。
地平線まで広がる平原。
太陽らしき物は見当たらないが、気温という概念は存在するらしい。
てか、泣いていい?
俺、地獄に行くこと覚悟してたのに……。
「こんにちは」
と、囁くような声。
いや、ここはたぶん、天国か地獄か判断する裁判所的なところなのだろう。
そうに違いない。
「聞こえてないのかな?」
で、この人は閻魔様ということか。
閻魔様って、割とゴツいイメージがあるけど、こんな美人なんだな。
「聞こえていますよ」
「ふふ、やっと返事してくれましたわね」
閻魔様は口元を隠しながら上品に笑う。
閻魔様が目の前にいるのだから死んだと考えるのが妥当だろう。
それにしてもこれが死んだ先か〜。
地平線に向かって走ってみたいな。
どこまであるんだろう。
「僕はこれからどうなるのでしょうか」
「あなたには今から剣と魔法の世界に転生してもらうわ」
「あ、そう…………え?」
転生?
なんの冗談だろうか。
閻魔様は今仕事中だろ?
しっかりしてくれよ〜。
「転生ってどういうことでしょうか」
「あなた、面白い人生を送っているじゃない」
「覗き見ですか?」
「いえ、神々の嗜みですわ」
「神?」
う〜ん、閻魔様って神に分類されるのか。
というか、転生って言われても困るな。
ラノベやアニメでよく聞くカテゴリではあるものの、俺はその類の情報には疎い。
異世界……
興味はある。
けど、未知なことに俺は恐怖している。
真っ暗闇には誰も足を踏み入れないのではないだろうか。
「私は太陽神アマテラス、これからあなたが生きるにあたって助言をさせてもらいますわ」
「付いてくるってことですか?」
「あなたのここに滞在させて頂きますわ」
アマテラス?は、こめかみ辺りを人差し指でトントンとしている。
「え、頭に住み着くんですか?!」
「住み着くとは人聞きが悪い……私は、あなたの興味深い人生を覗いていたいだけですわ。神々は暇を持て余していますの」
「え、はい。分かりました」
え〜嫌だな〜。
だって俺のプライベートないってことでしょ?
メリットがないこともない。
知らない場所に、知っている人がいるのといないのとでは精神的に負担が違う。
まぁ、ほぼ知らん人やけど。
「剣と魔法の世界と言っていましたが、俗に言う異世界というものでしょうか」
「ええ、そういうことになりますわ」
「現実世界に転生させることはできないのですか?」
「できないこともないですけど、姿形が変わりますし、記憶もリセットされますわ。嫌でしょう?」
「え〜、母さんに迷惑をかけるだけかけて、何も返せていないのですが……」
「それは、あなたが行動しなかったのが問題でしょう」
ごもっともである。
俺がやる気を出していれば、今頃就職して初任給を母に渡せていただろうか。
探していれば見つかっていだろうか。
「異世界に転生する上で、他に質問はありますの?」
「えーと……僕は死んだからここにいるのでしょうか」
「そうですね。あなたは何度も腹を突き刺され、何度も胸を切り裂かれて、死にました」
やっぱり死んでしまったのか。
夢ではないのか。
「他にはありますか?」
「他に……えーと……こういう時ってチート級の力を与えられて転生するのが定番だと思うのですが、どうでしょうか」
アマテラス(笑)は、顎に手を当てて、地面の草を眺める。
数十秒考える仕草を見せると、話し始めた。
「あなたが行く世界には「呪い」というものがあります」
「ほう」
「良い呪いもあれば、悪い呪いも憑きます」
「それはフラグでは?」
「……?」
ふむふむ。
たぶん、一人一人に固有スキル的なものがあって、たまに持ってない者がいるけど、気にするなということか。
ただの運ゲーじゃねーか。
リセマラさせろ。
「他には……まぁ行ってみれば分かりますよ」
面倒くさくなったな。
どうせ付いてくるらしいし、定期的に分からないことがあれば聞けばいい。
「ところでここはどこなのでしょうか」
「ここは私が生み出した世界、人の精神体を呼び寄せ、より良い道に導くための指導室。とでも言っておきましょうか」
「なら、僕は指導を受けているのでね」
「そういうことになりますわ」
な、なるほど……。
なら、俺の他に転生者もいるかもしれないな。
あまりアイツらには会いたくないけど、同郷のやつがいるだけで安心できるものだ。
「またここに来る可能性もあるということでしょうか」
「そうですね。でもこれからはあなたに付いて行くので、しばらくは空室になっしまいますの」
「他の人を呼び出す仕事?はしなくても良いのですか?」
「大丈夫ですわ。私が同時にここに呼び出せるのは一人までですわ」
アマテラス様がいいのならそれでいいのだろう。
というか神ってそんな自由気ままに生きてるのかよ。
まぁいい。
「じゃあ、最後に……なぜ太陽神様が転生者である僕の面倒を?他の神様は?」
「転生者の面倒は誰がやってもよいのですわ。他の神々はめんどくさがり屋なのです」
「そ、そうなんですね」
神々は、自由人ですよ、と。
「お話はこれくらいにしましょう。では、転生の儀を始めます」
「はい、お願いします」
その瞬間、視界が光につつまれ、俺はそのまま意識を失った。




