ロアーヌ帝国大使との会談(下)
「我が妻を貴国からですか?しかし、私はいずれ国王となる身。である以上それなりに厳しい条件がありますよ。」
アルベルトは半ば脅すような口調に言うが、大使も尻込みする事せず答える。
「それはもちろん承知しております。その上で問題はないと我々は考えております」
「成程。それで貴国が考えているご令嬢はどのような女性なのですか?」
アルベルトはそこまで期待せずに尋ねる。好条件の令嬢であれば今頃婚姻するなり婚約しているはずだからだ。
「容姿は端麗で気性も淑女の鑑。それでいて帝国の官僚も唸る程の聡明さを持ち合わせておりまさに将来の王妃に相応しいと我が国も確信を持ってお勧め出来る女性でございます。」
(ローン大使の言う事を信じるのであれば、その相手は容姿も性格も頭も良い優良物件と言う事になる。となると出自に問題があるのかな?)
とアルベルトは計算して尋ねる。
「成程。そのご令嬢が素晴らしい方だと言うのは解りますがそのご令嬢の家柄はどうなのでしょうか?」
リューベック王国からすれば王妃として迎える女性が子爵以下となるとお話にならない。最低でも伯爵位ぐらいは必要である。
「その点も問題ないかと。何せ殿下の相手にと我々が考えているのはピルイン選帝公のご令嬢ですから。」
「ピルイン選帝公家だと……」
そもそもロアーヌ帝国はフラリン王国、ヒサデイン帝国とともにテンプレ教の三大強国の一つに数えられている。
そのロアーヌ帝国の皇帝に就任するには選帝会議の同意が必要である。
そして、選帝会議に参加できるのは選帝公の3家の当主、そして諸侯会議にて指名された3名と領地を持たぬ有力な法衣貴族らで構成される廷臣会議で指名される3名と皇族会議で指名された3名の計12名である。
ただし、選帝公以外の票数は1票なのだが、選帝公は3票の票を持っている。つまり全体で18票あるうちの半分の9票が選帝公の票なのだ。
これだけでも選帝公の影響力の強さがわかる。
さらに選帝公には貨幣の鋳造権、領内の関税徴収権、帝国内では弑逆罪以外逮捕されない等、様々な特権も与えられている。
実際の所選帝公の力はその辺りの小国の王家より上である以上アルベルトが言葉を失うのも仕方ない事であった。
常識的に考えて選帝公の直系の令嬢がこんな小国に嫁いでくると言うのはあり得ない。
それでも嫁いでくるとすれば
「失礼ですがそのお相手がピルイン公の養女だったりはしないのですか?」
これが一番可能性がある。
例えばピルイン家分家の令嬢を本家の養女として嫁がせてくる等、こういう事は十分に考えられるからだ。
「そのような事はございませんのでご安心ください。お相手はピルイン公の娘であるアリシア嬢でございます」
大使の答えにアルベルトは微笑を浮かべて頷く。
「そうですか。確かにピルイン公のご令嬢であれば婚姻は良縁としか言いようがありません。しかし、貴国との同盟とこの婚姻は国の一大事。重臣達と良く相談して返事したいと考えていますが宜しいでしょうか?」
「これらが国の大事と言う事も重々理解しております。しかし、我が国も北方侵攻の準備等もあるので、出来る限り早くご返事を頂きたいのですが……」
大使の言葉にアルベルトは頷きながら
「解りました。では3日後ぐらいに改めて会談したいのですが宜しいでしょうか?」
と答える。
「承知致しました。では3日後に改めてお伺いいたしますが、時刻は本日と一緒で宜しいでしょうか?」
「構いません。」
「解りました。では3日後の同時刻にお伺いさせて頂きます。」
大使が恭しく頭を下げるとリューベック王国摂政とロアーヌ帝国大使の会談は終了した。
同時刻
リューベック王国王都にある外務省外務卿執務室
「予定通り帝国は摂政殿下に婚姻を進めてくるのでしょうかね?」
補佐官の言葉に外務卿のラーセン侯は苦笑を浮かべて頷く。
「帝国外務省がこちらを通さず直接摂政殿下と接触した以上恐らくそうであろう」
ロアーヌ帝国のピルイン選帝公令嬢が半年前にケハルディン侯との婚約が破棄されて以来ラーセン侯はずっと工作を続けていた。
直接婚姻を提案した訳ではなく、彼らはピルイン公側近にこう吹き込んだのである。リューベック王国王太子は独身で婚約者もいないと……
ピルイン公も当初は経済力があるとは言え小国のリューベックに自分の娘を嫁がせるのには迷いはあったようではあるが、帝国が北方侵攻を企てて、それによりリューベック王国の戦略的価値が上昇した事で決心したようだ。
しかし、何故外務卿であるラーセン侯が次期国王となるアルベルトと婚約破棄されたピルイン公令嬢との婚姻を推し進めたのか、その理由は単純である。
これ以上軍務卿レーベン伯の影響力を強くさせないためである。
もし、アルベルトの従者兼補佐として仕えている軍務卿の娘エミリアが王妃にでもなったら、レーベン伯が外戚として権力を握りかねず、それを阻止するためには別の家の娘を王妃として擁立するしかない。
だが、ここで大きな問題が反レーベン伯派に起きた。反レーベン伯派はレーベン伯派と違い、トップがいないと言う大きな問題である。反レーベン伯派はあくまでもレーベン伯爵の台頭に反感を持つリューベックの有力貴族の集まりであり、悪く言えば指導者がいない烏合の衆である。
そんな状況の反レーベン伯派でアルベルトの嫁、即ち王妃を出すとなると有力貴族間で牽制し合う事になるので、派閥が機能しなくなり、下手すればレーベン伯派と争う所ではなくなる可能性が出てくるのである。
しかし、他国の王族なり有力貴族であればとりあえずそれは回避できる。
ただ、大国の有力者の娘を王妃として招くと大国の干渉等色々と問題が起きる可能性が出てくる。
しかし、それもピルイン公の場合はそれをある程度解消が出来る。
何故かと言えば理由は簡単である。ロアーヌ帝国は現状シュタデーン公・プシェミスル辺境伯の派閥とハーベンブルク公・ピルイン公の派閥が権力争いの真っ最中であり、他国に介入する余裕は現在ピルイン公にはない。
しかし、ピルイン公の令嬢をアルベルトの妻にするリューベック王国外務卿ラーセン侯の企ては帝国外務省の反発を大きく買ってしまった。帝国外務省を通さずピルイン公とその近辺に働きかけたため、帝国外務省が預かり知らぬ所でリューベック王国の王太子とピルイン公令嬢アリシアの縁談話が帝国内で進んでしまい、帝国外務省の面子を潰してしまったのである。
帝国外務省がリューベック外務省を通さず直接アルベルトに話を通したのはこの縁談を自分達を無視して密かに進めようとしたリューベック王国外務卿ラーセン侯に対する意趣返しであり、その事はラーセン侯も解っていた。
しかし、その事を公開する事はラーセン侯は出来なかった。
これはほぼラーセン侯が独断でやった事であり、この事はレーベン伯派は無論の事、摂政であるアルベルト本人や同志である反レーベン伯派にも伝えていなかったのである。もし、王太子妃を独断で決めようとしていたのがばれればラーセン侯が失脚する事は免れない。
ラーセン侯は強い決意を目に宿しながら
「大きな危機はこれで去るだろう。あの成り上がりにこれ以上国政を壟断させる事は許さぬぞ。」
と呟いた。
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