小国の平凡な王太子、結婚する。(上)
ナーロッパ歴1056年11月14日昼。
壮麗な礼服を着てアルベルトは花嫁を待ち受けていた。
そんな中、聖堂の扉の向こうに神官に付き従われて立っているアリシアをひと目見た瞬間、あまりの衝撃にアルベルトは一瞬目を見張った。薄紫の蘭を髪に飾り、透けるような薄絹を幾重にも重ねたドレスに身を包んだご令嬢は、熟女好きのリューベック王国摂政から見ても国中の誰よりも美しかったからだ。
式の間中、アルベルトはめんどくさいなと思いながらそれを表情に出す事は一切なく無事進行し、ついに誓いの口づけの時が来た。
儀礼に従いヴェールを上げる。
するとそれまでヴェールの陰で伏し目がちにしていた選帝公令嬢が初めて視線を上げ、そっと微笑んだ。
その笑みはアルベルトにしか分からなかったが、彼にとって今まで女性から受けた事がない大きな衝撃であった。
(今まで女にこんな事はなかったんだけどな)
と内心で呟くほどに。
しかし、彼は理性を総動員してそれを面に出す事は一切なく、式を終えると祝宴が開かれた。
「摂政殿下、王太子妃殿下、ご結婚おめでとうございます。」
と新郎、新婦に挨拶したのは軍務卿レーベン伯爵であった。
「ありがとう。父上はご病気で今回の式もご出席は叶わなかったが、もう一人の父は出席してくれた。軍務卿……いやレーベン伯、今の我があるのは卿のおかげだ。卿を父のように思い深く感謝しておるぞ。」
「殿下からそのような有難いお言葉を賜り恐悦至極に存じます。レーベン伯爵家一門、殿下のおんためによりいっそう励ませていただきます。」
軍務卿のアルベルトへの回答が終えた後アリシアは
「レーベン伯爵、これから宜しくお願いします。」
と声をかける。
「王太子妃殿下、そして御生まれになられる御子様にも忠誠を誓わさせていただきます。」
軍務卿の言葉にアリシアは微笑を浮かべながら
「あら。レーベン伯爵は摂政殿下と私の愛の結晶が一人だとお思いなのですか?」
と冗談で返すと
「これは失礼いたしました。御子様達にも忠誠を誓わせて頂きます」
軍務卿も微笑を浮かべながら冗談で返した。
☆☆☆☆☆☆☆
軍務卿の挨拶が終えると次に挨拶してきたのはアリシアの実家であるピルイン選帝公家嫡男グレンが挨拶に来る。
「王太子殿下、アリシア、いや王太子妃殿下ご結婚おめでとうございます。」
「ありがとうございます、兄上。」
ナーロッパ貴族の社交儀礼に従い、まずアリシアが答える。
新夫側の参列者の挨拶はまず新夫が返し、次に新婦が返すが、新婦側の参列者の場合はその逆となる。
「婚約破棄された時はどうなるかと不安でいっぱいでしたが、本日無事婚姻がなり兄として安心いたしました。」
領土、動員兵力等ではピルイン選帝公家がナガコト王家、いやリューベック王国と比べても圧倒しているが、それでも俗世の格式と言う点では王族が優る。例え、それが超大国の選帝公と言う特権が与えられた有力貴族であってもそれは変わらない。そのため、兄であるとは言え大貴族の嫡男がいくら妹であっても王太子妃になる者に無礼を取る事は貴族社会では許されていない。
「兄上にもご心配をおかけして申し訳ありません。この婚姻がなった今これから殿下の妻として夫とナガコト王家を支えていきたく思います。」
「あのじゃじゃ馬であった妹がこのような立派な事を言うようになるとは。父上も母上もこの場にいれば涙を流して喜ばれていた事でしょう。」
アリシアが恥ずかしそうに少し顔を赤くしながら
「兄上、このような場で恥ずかしいです。」
と続けると
「本日は式にお越しいただきありがとうございます、義兄上」
とアルベルトが会話に入ってくる。
「義兄上とは畏れ多い事でございます、殿下。私はピルイン選帝公家の嫡男にしか過ぎませぬ、ゆえに私の事はグレンとお呼びください。」
「我が妻の兄となれば私の義兄に当たります。である以上兄を敬うのは弟として当然ではないでしょうか?義兄上」
「恐れ入ります、殿下」
グレンが頭を下げる。お互いめんどくさく思っていたであろうが、これが貴族の社交辞令に則った親族になった家の最初の挨拶と言う物である。
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