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平凡な王太子、チート令嬢を妻に迎えて乱世も楽勝です  作者: モモ
第1部第1章

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フラリン第2王子(下)

 不安を抑えながらアランは執務室に戻ると、来客を迎えるため、一応の体裁を整えた。


 ほどなくして、先ほどの騎士に伴われて、長い空色の髪を後ろで束ねた少女が現れる。神官の服を着ている事から女神官である事は分かる。


 アランの姿を認めると、女神官は澄んだ声で挨拶した。


「お久しぶりですね、アラン様」


 アランは女神官にソファーに座るよう勧め、自分は対面のソファーに座る。


「久しぶりだね、ルイ。そうそうこの前司祭になったんだってね……おめでとう。その年でたいしたもんだよ」


「父と姉の力です。私は何も行っていません。ただ、おとなしく従っているだけです」


 ルイが少し寂しそうな声で答えると、アランは彼女の空色の瞳を覗き込む。異性に対するものとしてはあまりにも気安い動きだった。人払いが済んでいるとはいえ、近侍の騎士が僅かに眉をひそめたのも無理はない。


「今はそうだろう。でも、いずれ君は君の考えで動けるようになる。いつかは教皇になり、教会権力を握るのだろう」


 ルイは端正な顔に微笑を浮かべ、深く頷いた。


「そのつもりで、身を律しております」


 アランも頷き返した。


 それはルイの野心だった。

 圧政を敷き、領民から税を搾取して、自分の懐を温める事しか興味のない王族、大貴族がなんと多い事か……。


 そして、貧しい民を助けなければならない教会さえも、上層部は貴族勢力と迎合し、既得権益を守るためだけに動いている。


 既得権益にあぐらをかく腐敗した教会勢力も貴族勢力も一掃し改革を進めたい所であるが、それは不可能。

 ならば、教会勢力を掌握し、その力で貴族勢力を牽制しながら、改革を少しずつ進めていく、これがルイの野心であった。


 野心というには青臭いかもしれないが、これが間違いなくルイの野心であった。


「アラン様は、何をなすのか……お決めになられましたか?」


 アランは苦笑を浮かべる。


 ルイ、そして簒奪王フェリオルと同様に、既得権益にあぐらをかく大貴族への嫌悪を確かにいだいている。

 ただ、自分は兄であるローズベルトの命を受ける第2王子でしかない。


 だから……。


「何も決めていない。僕は成長していないな」


「いいえ、私にはそうは見えません」


 空色の髪の少女は優しい声で続ける。


「アラン様のお心とお立場はわかります。私も、それで良いと思います」


 ルイの空色の瞳に強い光が宿る。


「万が一、あなたが立たなければならない時が来た時には、私が精一杯支えて差し上げます。友人としてだけでなく、お互いの目的の理解者として」


「ありがとう、ルイ。……でもそのような事がないように願っているよ」


 自分が立つ時はこの国が危なくなった時だとアランは考えている。


「やはり、知らなかったみたいですね」


 ルイが表情を曇らせると、アランは先ほど感じた不安が的中しているのだなと思った。


「バリは陥落しました。ローズベルト王太子殿下が逃亡した事により、王都守備軍は降伏したみたいです。私は包囲される前に王都から逃げておりましたので、噂を聞いた限りでは、ですが……」



「バリが落ちた……しかも兄上は逃亡したのか」


 予想していたとは言え、やはり実際そう聞かされるとアランは呆然としてしまう。噂とは言っても、こちらの出した使者が帰ってきていない以上、ほぼ事実と見ていいだろう。

 国王と共に最良の兵力と指揮官たちが国外の戦場で倒れ、敵の大軍に侵攻されている現状、王都に王太子が健在だったとしても建て直しは容易ではない。なのに、戦わずして王太子が逃亡し、戦わずして王都が敵の手に落ちたとなれば、これはもう望みはない。

 この報が広まれば、保身のために国内諸侯は雪崩を打って旗幟を変えるだろう。この要塞を始めとする国内各地の国軍の残存部隊とて、勝ち目無しと見た傭兵の大量離脱、徴兵された兵士の集団脱走が起きるのは時間の問題だろう。


「これからどうなさりますか?」


 ルイの静かで華やかな声でアランは我に返る。


「このまま戦っても勝ち目はない。なら他国へ亡命しようと思う」


「国を捨て、民を見捨て、お逃げになるのですか?」


 ルイはわざと軽蔑を込め、挑発の匂いを染み込ませて問いかける。


「違う!! ここで俺が死んでも何にもならない」


 挑発に乗ったアランの言葉は強くなる。


「ここは何としても生きのび、フラリンの民の生活を見届ける。フェリオルの治世で民が幸せに暮らしていけるのならそれでよし」


 アランの赤い瞳に光がこもる。


「もし、フラリンの民がアストゥリウの下で苦しむようなら、俺はフェリオルを討ち、フラリンを再興させる」


 元々、フラリン王国の崩壊は父がアストゥリウ王国に侵攻した事が原因である。

 フェリオルとは幼い時に仲が良かった事もあり、アランはフェリオルをそこまで憎みきれていなかった。

 フラリン王国を滅ぼそうとしている張本人ではあるが、フラリンにも少なからず責任はあると思っていたからだ。


 ただ、民が苦しんでいるのなら話は別だ。


 その時は何が何でもフェリオルを討ち、フラリン王国を解放する。

 それが、民に養われてきた王族の義務だとこの時のアランは思っていた。


 アランの言葉と態度で彼の真意を汲みとったルイは満足そうな笑みを浮かべる。


「それで良いのですわ、アラン様。亡命先はロアーヌ帝国ですわね?」


 アランは頷く。

 先ほどの言葉は自分の本心を聞き出すための挑発だとわかったアランは怒る気にはなれなかった。

「今のアストゥリウ王国に対抗出来る近隣諸国はロアーヌ帝国か、アルピオン王国ぐらいだからな。となると異端のアルピオンよりは帝国がまだマシだろう」


「それが無難だと思います。ただ、皇帝ハインリヒ3世は油断ならぬ人物だと聞いております。十分にお気をつけください」


 ルイは誠実さを込めて続ける。


「後、これだけは忘れないでください。私はいつでもあなたの味方である事を……」


 アランは気恥ずかしそうに答える。


「うん。ルイも何かあったら言ってくれ。俺もできる限り力になるから……」


 アランが右手を差し出すと空色の髪をした少女も同じ手を伸ばす。


「まず、力が必要なのはアラン様でしょう」

 ルイは苦笑を浮かべながら握手をかわす。


 ここに、アランとルイとの盟約が成立した……はずだった。

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