第3話
城を出た後、私とアリエルは城下町に向かった。
とりあえず、この国で生活していくために、知っておかなければならない事を知る必要があった。
生活様式や金銭のこと、私にできそうな仕事を見つける事も含めて、アリエルに教えてもらえるようお願いした。
「この世界は、大きく分けると魔法を使える者の職と、魔法を持たない者の職の二つです。魔法が使える者は魔物を倒すことができる能力が高いため冒険者になることが多く、魔法を持たない者は食べ物を作ったり、家具や服を作るなどといった産業系の職につくことがほとんどです。叶様のステータスですと・・冒険者は難しいのではないかと・・」
最後の言葉は私を傷つけないよう、控えめに話してくれた。やっぱり、アリエルは優しい。
「ううん、冒険者になりたいわ。何となく大丈夫な気がするの」
「な、何となくですか?」
「そう、何となく」
「冒険者ギルドは、こちらですが・・本当に大丈夫ですか?パン屋で良ければ働けるところを紹介できますが・・」
「ありがと、アリエル。でも冒険者になりたいの」
心配そうに言うアリエルに、私は自分の意思をキッパリと告げた。
私には冒険者になる必要があるのだ。
城を出る前にも聞こえた、例の声。私の頭の中にだけ響く、あの優しい声。
「お願い、ここに来て。お願い」
どこなのかを聞いても、それきり返事は来なかった。
返事ができない状況になった、と考えるしかなかった。
でも声の主は、とても切実に、頼み込むように・・お願いだと私に言った。
私に来てほしいのがどこかは分からないけど、この国では無いのだろう。そうなると、この国から出る必要がある。声の主を探すために。
そのためには身を守る手段が必要だし、お金も必要だと思った。
冒険者ギルドと書かれた看板を横目に建物に入ると、好奇の目が私とアリエルに集中した。
男性ばかりの中に、女性が2人。そのうち一人は子供とくれば、無理もない。
受付と書かれたスペースには、女性が一人立っていた。
ショートカットで20歳くらいの若い女性、健康的に日焼けした肌をしており、笑うと歯が白く光っていた。彼女は私を見ると
「冒険者ギルドにようこそ。初めて見る顔ですが、ご登録でしょうか?」
「そうです、お願いします」
「では、簡単に説明しますね。冒険者になることに年齢や性別の縛りはありませんが、冒険者登録試験を受けて合格することによってギルドカードを発行させて頂き、晴れて冒険者になれます。最初はランク5から始まり、クエスト達成の実績によってランクは上がっていきます。ランク2以上になるためには、実績とは別に試験があります。まあ、ランク4くらいになれたら、一人で食べていくには困らない程度だと思いますよ」
「なるほど。ランク3になるのが難しいから、ランク4の人が多いという解釈で合ってる?」
私の返事が的を得ていたのか、受付嬢はちょっと驚いた顔をしてからコクリと頷いた。
まあ、どこから見ても子供だしね。
「だいたい分かりました。登録試験をお願いします」
「は、はい。こちらです」
差し出された紙には、クエストの内容が書かれていた。ここで初めて気が付いたけど、文字が私の知ってる日本語じゃない・・・けど、読める。
それを口に出したところでどうしようもないので、読み進めていく。
内容は「角ウサギを3匹狩ること」とシンプルだった。
ありがとうと礼を言ってギルドから出ると、アリエルにクエストの内容が簡単なのか難しいのかを質問した。
「角ウサギは焼いてもシチューにしても美味しい、この町で大事な食糧源です。攻撃力はそんなに高くないのですが、とにかく素早くて捕まえるのに苦労します。やっと捕まえても体が柔らかいので、網や縄でぐるぐる巻きにしても、逃げられることも多いです」
主な食糧になる獲物を狩れれば、その人間は町にとって大事な存在だということになる。
実生活と結びついた試験だし、この試験を考えた人は、町のことを考える立場の人物なのだろう。
問題は、私の持ってる魔法やスキルで、素早い魔物を捕まえられるのかどうかになる。
「ねえ、魔法ってどうやって覚えていくの?」
「レベル1の魔法なら、図書館においてある魔法書で誰でも覚えられます。もちろん適正のある種類のみになりますが・・だいたいは生活するのに必要となるような基礎魔法です。レベル2以上は専門書になるので、買うしかないし買ったとしても内容を理解できなかったりレベルが足りなかったりすれば覚えることはできません」
「じゃあ、図書館に行ってみたい」
「そうですね・・治癒がレベル1なら、切り傷など受けた時にヒールが使えますしね」
私のステータス画面を覚えていたらしいアリエルが、気の毒そうに言う。
ふふっと笑って返事をし、図書館内に入ると魔法書が並ぶ棚に着いた。
「基礎魔法書」と背表紙に書かれた本が、5冊くらい並んでいた。どれも同じ内容で、複数の人が同時に読めるようにということだろう。
ペラペラとページをめくると、水から始まり、火、土、風、光、闇の6つについての魔法呪文が書かれていた。
水は、汚れを無くして飲めるようにするための魔法、火は小さな灯を魔力で起こし、料理に使うためにかまどに移すといった魔法、土は地面に穴をあけるといったもので、確かに生活する上で役立ちそうな簡単なものばかりだった。治癒は光に属しており、光の魔力によって傷を治すというものだ。
「あの、叶様。レベルが足りていても、その人の魔法センスによってはすぐに覚えられない場合もありますので、読んでも無理な時もありますから・・だから、その」
私が魔法を覚えられないんじゃないかと、心配する気遣いが伝わってくる。
素直にコクンと頷いて、再び本に目を落とす。
不思議な記号が並んでいる・・でも、読める。
綴りや言葉がどうこうじゃなくて、並べられている文字が体にしみこんでくる感触。
ステータスには光だけだったけど、他の魔法も読んだだけで習得できたように思える。
試しに、アリエルに見えない角度で画面を出すと、全ての属性がレベル1になっていた。光のレベルはそのままだったから、私の魔力は光が一番強いのだろう。
まぁ、とりあえずお金を稼がないとご飯が食べられないわ。
よし!と勢いよく本を閉じると、魔法を取得できなくて怒ったものと勘違いしたアリエルが、心配そうに私を見ていた。