第2話
翌日になって、私と奏は王の間と呼ばれる広い部屋に通された。
王様は背の高い椅子に座り、
「ゆっくり休めただろうか?」
あら、意外とまともなことを聞いてくれるのね。
「疲れていたせいか、すぐに眠ってしまいました。お部屋の準備をして下さり、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
私が礼を言うと、それに続いた奏がお礼の言葉を足した。
「自己紹介が遅れましたが、私は水瀬叶。双子の姉になります。横に居るのが妹の奏です」
「なるほど、顔立ちが似ていると思っていたが、双子のせいか」
「はい、そうです。私達より前にも他の世界から来てる人がいるのなら、私達は今後どのようになるのか教えてください。私達は帰りたい・・・です」
私達が居なくなって、お父さんが心配してるはずだ。
それを思うと、帰りたい。
どうか帰れると言ってほしい。
そんな期待は空しく、王様は首を横に振り
「帰してやりたいと思う。けど、その方法が分からないんだ。聖女はいつも決まった年数、決まった場所に現れるだけで、なぜなのかすら分からない。こちら側が教えてほしいくらいなんだよ」
王様の態度を見ていると嘘じゃない・・と思う。
むしろ、こちら側の世界からすると、勝手に違う世界から人が来るなんて迷惑な話かもしれない。
落ち込む私に、王様は場の空気をかえるようにコホンと小さく咳をして
「異世界から来た人はなぜか女性ばかりで、何度か繰り返されるうちに聖女と呼ぶようになったのだが、それには訳がある。聖女は何らかの特別な力が備わって、この世界に来ているからだ。どんな力なのかは今から鑑定を受ければ分かるだろうが、その力を使って国に貢献してくれることで城で滞在する者も少なくない。どうしたいのかを選ぶのはもちろん君達次第だが、この国の事を何も知らずに外で過ごすよりは、城で過ごす方が安全だと思う」
「城から出て行ってもいいんですか?」
「・・君達が望むなら仕方ないが・・お金も無くどうやって暮らす?」
なるほど。城に居るうちは特別な力を貸してくれさえすれば3食昼寝付きだけど、城から出ていくなら何も知らんってことね。
まぁ確かに、どんな世界なのかは知らないし不安もあるけど、嫌な言い方。
「お話し中にすみません。魔導士のサリエルと申します。王からの話にもあったように、どのような力が聖女様に与えられているのか分からないため鑑定をさせて頂きます」
一歩前に出て声を出したのは、長い金髪で目がくりくりと大きな女性だった。
ニッコリと笑い、野球に使うボールくらいの大きさの水晶玉を手にしている。
「こちらに触れてください」
サリエルは、奏に水晶玉を差し出した。
おそるおそるといった感じで奏が指先を触れた途端、水晶に文字が浮かんできた。
【HP・120 MP・150 水魔法・レベル5】
「素晴らしいですわ、水魔法がレベル5だなんて!私の水魔法はレベル3なのに・・」
数字を見たサリエルは、喜びのため息交じりで言った。
次はあなたの番ですよと言わんばかりに、私へ水晶玉を突き出す。
どんな力が自分にあるのか気になるし、触れるくらいならいっか。
私は右手を水晶玉に近づけた。
その時、頭の中に小さな声が聞こえた。
「触れないで」
誰?
驚いて手を止める。
周囲を見渡すけど、皆は私が急に動きを止めたことに首を傾げている様子だった。
この声、私だけに聞こえてるの?
「そう。貴方にしか聞こえてないわ」
頭に直接文字をタイピングされているような気分。
でも、優しい声・・・。
どうして触れちゃダメなの?
「貴方の力を、他の人に見せないほうがいいから」
だから、なぜ?
「信じて。信じて」
ただでさえ小さな声が、もっと小さくなっていく。
そして・・・消えた。
「叶様、どうぞ」
サリエルが、グイグイと水晶玉を押し付けるように私へと近づけてきた。
信じてと繰り返された言葉が、頭の中に残る。
どうしたらいい、どうしたら?
頭の中が、グルグルとミキサー並みにかき回されてきた。
「お腹痛い、いたたあああ!」
もう、考えるの無理!
私は床の上に座りこんで、両手でお腹を押さえる仕草で痛みを強調した。
「トイレどこ、痛い、痛いいぃ」
あっけに取られたサリエルは、指で廊下を示した。
私はありがとを言って、走り出した。
部屋の外に出て、木々の多い庭らしき場所に向かって移動する。
自分の姿が隠れそうなくらい大きな木を見つけて、私は根本に腰を下ろした。
ほっと息を吐くと、さっきまで聞こえていた声が再び頭の中に響いてくる。
「ありがとう、信じてくれて」
やっぱり、優しい声。
私を心配してくれて、怖がらせないようにと、気を使ってくれている声。
心の中で、信じたけど、どうして?と疑問を投げかけると、声が答えてくれる。
「自分のステータスを見たいと、心で思ってみて」
言われた通りにしてみると、自分の眼前に小さなモニターらしき画面が現れた。
ちょうどスマホの画面と同じくらい小さなもので、そこには
【HP・556 MP・3585 治癒魔法・レベル89 光魔法・レベル75 固有スキル・コピー:隠蔽:創造】
えっ?
待って、待って。
奏のと桁が違うんだけど。
「あなたの力は他の人とレベルが違うの。それを見せるのは良くない。国に利用されてしまう」
なるほど。
昨日から驚きっぱなしのせいか、もう驚くとこが無くなってきてる。てか、マヒってる。
私は自分のステータスをしっかりと眺め、スマホでやってたゲームに似てるなって思った。魔法とかスキルを駆使して、世界を救うとかいうやつだった気がする。
でも、今は世界より自分を救わないと。
固有スキルにある隠蔽は、名前のとおりなら都合の悪いことを隠すものなんじゃない?私は空中に出ている画面に、指を触れた。
あ・・・なるほど。
指先から、画面を構築している方法というか、魔法の術式のようなものが頭の中に入ってきた。
数字は私の下限値を表記していて・・これなら、こう・・・かな。
表示されてるものは私の身体をステータス画面が読み取っているだけで、強制的な数字じゃない。たぶん、水晶玉も同じ仕組みじゃないのかな。
やり方が理解できて安心すると、私は照れながら広間に戻った。
「すみません、だいぶ良くなりました」
にっこり笑みを浮かべて、サリエルに近づく。
水晶玉に指を触れ、数字と情報を魔力で操作してみた。
【HP・40 MP・60 治癒魔法・レベル1】
それらを見たサリエルの顔が、明らかに私を小馬鹿にしていると分かるものに変わった。
まるで、ゴミを見る目。
「叶様は、一般市民より少しだけ高い・・といった感じですね。今まで召喚される聖女はいつも一人でしたから・・どうやら本命は奏様のようです。ふふっ」
そうそう、そう思ってほしいのよね。
私は傷ついたように頭を下げて、落ち込んだ表情を作ってみせた。
とりあえず、私はここから出ていきたい。
「そうみたいですね、私は聖女ではないのかもしれません。城に居る意味も無いと思いますので、どこかの町で静かに暮らしたいです」
寂しそうに言うと、それまで黙って状況を見ていた奏はサリエルと同じように私をさげすむような眼を向けて、
「私が聖女様で、お姉ちゃんはおまけで来ちゃったってわけだよね。まあ、近くに居たし仕方ないかも?優秀なのは私だけってことだよね、ついでに来ちゃうなんて、マジごめん~」
いやいや、ごめんなんて全く思ってないでしょ?とツッコミたくなるほどの下等生物を凝視する瞳なんですが?
こんな奏の言葉なんて、いつものこと。
ここで何か反論しちゃダメだ。
「仕方ないことですよね。では、私は出ていきますので妹をよろしくお願いします」
ススっと出ていきたい気持ちでいっぱいの私は、涙を拭うフリをして扉へ向かった。
王様も魔導士も兵士も、誰も私を止めない。
好きにと言いながら、優秀なら国力に取り込もうとしてたってことか。たいした能力が無いとみるや、私がどこか行こうとしてもご勝手にどうぞって感じってことね。
人間は、元の世界でもここの世界でも同じってこと。
あれだけの魔法やスキルを持っていれば、一人でどっか暮らしていけるだろうし、とにかく城から出よう。
扉に手が触れた時、一人の女性が王様の前に出てきて言った。
「お待ちください。何も分からない世界に来た女の子を一人で放り出すなど、かわいそうで見ていられません。せめて少しの間だけでも、私が同行させて下さい」
顔つきはサリエルによく似ているけど、髪は白銀だった。長さは肩辺りまであって、サラリとした綺麗なものだ。
王様が「良かろう」と一言放つと、女性は私の傍に駆け寄ってきた。
「叶様、せめてこちらでの生活が落ち着くまで私に同行の許可をお願いします。私はサリエルの姉でアリエルと申します」
ペコリと頭を下げ、心配そうに私を見つめる。
その瞳には、同情の色がとても濃く出ていて、優しい人なんだなと感じられた。
私はアリエルと共に、城を出ることになった。