第1話
「お姉ちゃん、夕飯はハンバーグがいいな」
奏はニコリと笑って、左側を歩く私に言った。
今日の夕食当番は奏だけど、その言葉で作る気も手伝う気も無いのが分かった。
「分かった」
言い合いになっても、最後は私が作ることになる。
そうなると、言い合うだけ時間が無駄になるので、私はアッサリ頷いた。
母親が幼い頃に病死している我が家は、中学2年生の私達が交代で夕食を準備していた。お父さんは喫茶店を自営業しているので、帰ってくるのは真夜中なのだ。
自宅が近づいてきたので、カバンから鍵を取り出す。
いつも通りに開けて入ろうとすると、電気をつけてもいないのに、黄金色の光が扉いっぱいに広がって私たちを包んだ。
眩しい、何これ。
思わず目を閉じると、身体が一瞬だけフワリと浮いて重力が無くなった感覚。
その次には、トサリと地面に尻もちをついていた。
電車でトンネルを通る時のように耳がキーンと鳴って数秒の無音があった後、ワアアアアと大勢の人が驚くような声が聞こえてきた。
「聖女が2人?」
「どっちなんだ」
「これで安心だ、良かった」
疑う声や喜ぶ声、驚く声などが両耳に痛いほど響く。
いつの間にか眩しさが消え、私が周囲を見渡すと、眼の前には10人くらいの人間が私と奏を取り囲んで観察するように眺めていた。
ジロジロと不躾な目で、上から下までねっとりした視線を感じた。
まるで値踏みするように・・・。
「どちらが聖女なんだ」
発言したのは、黄金の冠を頭につけた威厳のありそうな男性だった。
彼が発言した途端、皆の視線は私達から外れ、戸惑うようにお互いを見合っている。
「すみませんが」
私はたまらず声を出した。
まるで、物珍しい生き物を見るような目つきに怒りすら覚えた。
「私達はどうしてここに居るのかすら、よく分かっていません。聖女って何なんですか?何も私たちには説明が無いんですか?」
イライラした口調に気づいたのか、冠をつけた男性が一歩前に出てきた。
「確かに、何も説明せず申し訳ない。ここはアスティアという国で、私は王のバベルと言う。この国には30年に一度、他の世界から聖女が来るという習わしがあり、現れる場所が決まっているため、ここに居たら君たちが来たという訳だ」
「アスティア・・聞いたことないわ。どうして30年に一度、こんなことがあるんでしょう?私たちを呼んだとかじゃなくて?」
「意図的に呼んではいない。ただ、なぜか30年という周期でこの場所に人が現れるため、神の導きによるものだと思っているのだ。君たちが来る前の時は金色の髪をした女性が来たこともあるし、どんな人物が来るのか予想できない。剣を持っている兵士が居るし驚いただろうが、いきなり襲い掛かってきた時もあるので、許してほしい」
言われてよくよく周囲を見ると、帯剣している兵士が6名居て、私と奏を取り囲むように立っていた。
危険物扱い、か。
「何これ、帰りたい。おうちに帰りたいぃ」
奏は私の右腕にしがみつき、泣き出した。私だって、泣きたいよ。
私達が危険では無いと判断したのか、兵士達は壁側に下がり、王様の判断を待っている様子だった。
「話は明日にして、食事をして休んでもらいたいと思うが、どうかな?」
王様の言い方が、少し父さんの言い方に似ている。
そんなことを感じてしまったせいか、私は素直にコクンと頷いた。