キミと初めて会った日
天気の悪い日に死のうと思っていた。それもとびきり悪い日に。陽光が辺り一帯を照らす朝も、星の光が燦然と輝く夜も、自分には勿体ない。
だが星のめぐり合わせというのは皮肉なものでそう決めた日から今日に至るまでに二週間も経ってしまった。どうしたものかと頭を捻らせていたがついに今日、待ちかねていた荒天がやってきた。
降り注ぐ雨水で髪や衣服が皮膚にまとわりつく。風が体を裂くように吹き荒れ雷鳴が耳朶を打つ。最高に最悪な天気だった。
真っ黒な雷雲を拝みながら右手に握った銀色の槍、その穂先を自分の心臓に向ける。
勝利の栄光も敗北の屈辱も常に共にしてきたこの槍。自分の生きた証そのものともいえる相棒をこんなことに使うのは忍びなかったが、幕引きにこれ以外を使うのも無礼だろう。もっともそんなことを気にするくらいなら自殺などするべきではないのだろうが。
「ごめんね…」
槍のレリーフをそっと撫でて謝る。そして胸骨の隙間に刃を滑り込ませようとしたその瞬間だった。
泥がバチャバチャと跳ねる音が近づいてくる。音の大きさからして確実に大人ではない。だが子供がこんな時間に森を走り回るはずもない。となると獣だろうか。しかしこんな天気で獣が走り回るのは不可解だった。彼らは無駄に体力を消耗するようなことはしないはず。自然で生きるすべは人間よりも遥かに心得ている。
得体のしれないなにかが近づいてくるという状況を前にして反射的に槍を構えた。けれどすぐに自分がなにをしようとしていたかを思い出して力を抜く。どうせ死のうと思っていたのだ。何が来ようと身構える必要なんてないじゃないか。
自分の愚かさに苦笑いしてそのなにかが来る方向へと目を向けた。そして私が目にしたのは
「…え?」
みすぼらしい身なりをした、ほんの小さな子供だった。幼い上に中性的な顔立ちをしていて性別が分からない。
ちっぽけな刃物を握って、恐怖で目を大きく見開かせている。刃物と胸の辺りに血がこびりついていた。誰かを刺したのだろう。
衣服はところどころが破れ、不健康なまでに青白い肌とそこに刻まれている痣を覗かせている。 靴すら履いていなかった。
この子供とは初対面だがどんな人生を送ってきたのかは容易に想像できた、できてしまった。こんな残酷なことがまだ起きているなんて。
「───!!!?」
無意識に歩み寄ると、子供は震える手で刃物を私のほうに向けた。なにを怖がっているのか一瞬分からなかったが視線の方向ですぐに理解した。こんな物騒なものを持って近づいてくる相手が怖くないわけない。
槍を手放して、怖がらせないようゆっくり近づく。穏やかに笑ってみせているつもりだったけれどちゃんとできているかは自信がない。
子供は手に握ったそれを下げたが離そうとはしなかった。というより出来なかったのだろう。ショックで手が張り付いてしまったようだ。自分も遠い昔に似たような経験をしたことがある。
鈍など脅威に値しないがこんな小さな子供が凶器を持っているということ自体が耐えられなかった。それに自分自身を怪我させてしまうかもしれない。すぐに取り上げなければ。
「…こんなものがなくたって大丈夫。キミを傷つけようとする奴が来ても私がやっつけてあげるから」
最後に声を出したのが数十年前だったせいで自分の声に違和感がした。こんな声だったろうか変な風に聞こえていないだろうか。
刀身をそっと右の掌で包み込んで左手で彼の指を一本ずつ時間をかけて柄から離させた。
心配そうに私を見つめるこの子に右の手の平を開けて傷一つないことを見せる。こんな神秘の欠片もない刃物では薄皮一枚切ることもできない。
「キミ、名前は?」
「オレ、はレン…」
一人称でようやく男の子だということが分かった。子供らしく声も高い。
「大丈夫だよ。もう怖くないから。私が傍にいるから」
そう言って緩く抱きしめると、張りつめていたなにかが切れて彼の目から涙が溢れ出す。その温度を胸で感じながら自分が今まで奪ってきた命に対しての謝罪と一つの決意をした。
この子が一人で生きていけるようになるまでは死ぬのはやめよう。
以前書いていたファンタジーものの供養です。続きは一応頭の中でぼんやりとは考えていますが最後までやるかは分かりません。キリのいいところまでは一応やるつもりです