壊滅
浸水した漁村オウルに到着したのは、深夜のことだった。
津波が引いた後の村は、家々が半ば水に浸かり、泥にまみれた瓦礫が道を塞いでいる。
人々は混乱の中でわずかな荷物を抱え、家族と共に避難を急いでいたが、その足取りには疲労と絶望が漂っていた。
ヴィルホは水際に立ち、潮風に髪を揺らしながら静かに周囲を見渡していた。その視線の先には泣き叫ぶ子供を抱き、高台に向かって歩く母親の姿があった。
「これが……津波の被害か」
彼の呟きに、背後でレズリーが近づく。彼の目は瓦礫と化した村を冷静に観察していた。
「村はまだ完全には沈んでいません。しかし……」
レズリーが言葉を選んでいる最中、沖合から不気味な音が響いた。深く、唸るような音だった。それは波の音ではなく、何か別の存在を予感させる音。
ユーハンがすぐに視線を向けた。
「……これは――」
月明かりの下、沖合に浮かび上がる黒い影が見えた。それは巨大な波だった。
「第二波だ!」
レズリーが鋭い声で叫び、村の中に緊張が走る。護衛の騎士たちはすぐに動き、村人たちを避難させようとした。
「全員、急げ! 一刻も早く高台へ!」
ユーハンの指示に、騎士たちは村人を誘導し始めた。しかし、その波はあまりにも巨大で、速度が尋常ではなかった。波の影は月明かりを遮り、大地を震わせながら迫りくる。
***
「くっ……」
高台から漁村を見下ろすユーハンは言葉にならない言葉を発していた。川から海に戻る第一波と第二波が衝突し、轟音は耳をつんざき、波の前面は泡立ち濁流となっている。
濁流は村を飲み込み、家々を一瞬で押し流していく。海と川が衝突し、押し寄せた水の壁が瓦礫と人々を飲み込んだ。
ヴィルホは波の勢いに圧倒され、一歩、また一歩と後退する。その異常な光景に動揺を隠しきれない。
濁流の中から人々の叫び声が上がる。しかし、それもすぐに波音に掻き消されていった。
***
波が村を飲み込み、濁流が引いた後には、瓦礫の山と静寂だけが残された。村が完全に壊滅した光景を前に、ヴィルホは青ざめた顔で立ち尽くしていた。その瞳には動揺が浮かんでいるが、すぐにそれを怒りに変えた。
「お前の準備が不十分だったからだ!こんなのは私が望んた力ではない!」
振り返ると同時にレズリーを鋭く睨みつける。その声には苛立ちがはっきりと滲んでいた。
レズリーは冷静に頭を下げた。
「ヴィルホ様……自然の脅威は計画を超えました」
「黙れ!」
ヴィルホの声が夜空に響く。彼は拳を握りしめながら瓦礫と化した村を見つめ続けていた。
ユーハンはその様子を黙って見守っていたが、ついに言葉を絞り出した。
「ヴィルホ様……ここからは、撤退を最優先すべきです。これ以上、部下たちを危険に晒すわけにはいきません」
ヴィルホはその言葉に何も答えず、ただ前方を見据えていた。その顔には計り知れない葛藤が浮かんでいた。
***
天幕に戻る道中、ヴィルホは誰にも聞こえないほどの低い声で呟いた。
「……計画をやり直すしかない……」
彼のその言葉に、ユーハンは顔を曇らせながら歩を止めかけたが、結局何も言わずその後を追った。
波音だけが暗闇の中で響き続け、破壊された村の光景が彼らの背後に広がっていた。




