津波
召喚の間から退避したユーハンたちは、崩れかけた廊下を進んでいた。地震のたびに城内は激しく揺れ、壁にはひびが入り、天井からは瓦礫が降り注いだ。
「ここも長くは持たない……急げ!」
ユーハンは歯を食いしばりながら、背後で動きが鈍くなる部下たちを振り返った。
突然、激しい轟音が響き、壁の一部が崩落した。瓦礫が数名の騎士を直撃し、彼らは地面に倒れ込んだ。
「誰か……助けてくれ!」
「くそっ!」
負傷者を見たユーハンは駆け寄ろうとするが、瓦礫の崩壊は止まらず、さらなる危険を伴っていた。
「全員、負傷者を支えろ! 落ち着いて進め!」
ユーハンが指示を飛ばしている中、ヴィルホが壁にもたれかかり、険しい表情を浮かべながら前方を見据えていた。
「ヴィルホ様、大丈夫ですか?」
「うるさい!」
ユーハンの気遣いに対し、ヴィルホはその手を振り払い、歩き出した。
ユーハンは一瞬表情を曇らせたが、すぐに周囲の騎士たちを再び振り返った。
ようやく城外に出た一行は、冷たい夜風に包まれた。草地には負傷した騎士たちが倒れ込んでおり、混乱は続いていた。
「全員、聞け!」
ユーハンは疲労に滲む声を張り上げた。
「船でこの島を脱出する! 負傷者を担げる者は急げ!」
荷物をまとめる者、負傷者を支える者の動きは鈍く、撤退は遅々として進まない。その様子を見て、ヴィルホが冷たい声で言い放った。
「こんな混乱では時間の浪費だ。全員に厳命しろ、無駄な行動は排除しろ!」
「ヴィルホ様、彼らも命懸けで――」
「ユーハン、撤退が最優先だ。全員を救うのは不可能だと理解しろ」
その冷徹な判断に、ユーハンは拳を握りしめたが、口を閉ざした。
その時、若い騎士が震える声で叫んだ。
「団長! 水が……水が引いています!」
月明かりに照らされた浜辺は異様に広がり、海面が急激に下がっていた。ユーハンはその光景を見て即座に叫んだ。
「これは津波だ! 全員、船に向かえ!」
騎士たちは命令に従い、慌てて荷物や負傷者を船へ運び始めた。
「急げ! まだ残っている者がいる!」
轟音が徐々に大きくなり、押し寄せる波が視界に入った。巨大な波がついに島を襲い、濁流が陸地に到達する。
ヴィルホはその場に立ち尽くし、波を睨んでいた。その異様な冷静さに、ユーハンは思わず彼の腕を掴んだ。
「ヴィルホ様、もう行くべきです!」
「見ろ、この光景を。私の力だ」
ヴィルホのその言葉に、ユーハンは憤りを抑えながら彼を半ば引きずるようにして船へ向かった。
船が島を離れ始めると、ユーハンは立ち尽くし、サロ島の瓦礫と化した光景を見つめていた。月明かりに照らされるその表情には、深い疲労と後悔が滲んでいた。
「スール、ラヴァン……皆を……守れなかった……」
その小さな呟きは波音に掻き消され、誰にも届くことはなかった。
その背後では、ヴィルホが無言のまま海の向こうを見つめていた。彼の手には、召喚の間で用いた剣が握られていたが、その表情には何の感情も浮かんでいなかった。