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サロ城

サロ城の内部は、外から見た廃墟そのものだった。崩れた石壁、苔むした床、湿気を帯びた空気が重く漂っている。風化した外壁から漏れた雨水が、床に冷たい小さな水たまりを作っていた。かつての繁栄を思わせる彫刻や装飾は劣化し、散乱した瓦礫とともに無惨な光景を形作っている。


ヴィルホは苛立ちを隠せない様子で、速足で廊下を進んでいく。


「本当に成功するのだろうな!」


彼は振り返りざま、低い声でレズリーに問いかけた。その言葉には苛立ちが滲んでいる。レズリーは冷静な表情を崩さず、短く頷いた。


廊下には、かつて赤かったくすんだ絨毯が敷かれていたが、今やほつれが目立ち、下の石畳が所々露出している。錆びた燭台が壁に取り付けられ、滴り落ちた蝋の跡が不気味な形で固まっていた。歩を進めるたびに足音が響き、埃が舞い上がる。


「ここか」


ヴィルホが立ち止まると、護衛の騎士が古びた木製の扉を押し開けた。錆びた金属製の取っ手がきしむ音を立てる。


扉の先には、高い天井と広々とした空間を持つ大広間が広がっていた。中央には古びた円形の魔法陣が刻まれている。幾何学模様が絡み合い、外周には古代文字が彫り込まれていたが、一部はかすれ、ところどころ欠損している。その中心部には鍵穴を象ったようなデザインが組み込まれていた。


「少し手を加えれば、すぐに使えます」


レズリーは鞄から特製の粉末を取り出し、魔法陣のかすれた部分を丁寧に補修し始めた。粉末が撒かれると、魔法陣は淡い光を放ち、徐々にその輪郭を取り戻していく。四隅にある燭台に火が灯され、室内は微かな暖かみを帯びた。


ヴィルホは補修作業を見守っていたが、作業の進行に苛立ちを募らせた。


「進捗があればすぐに報告しろ。外の状況を確認してくる」


鋭い声で命じると、数名の騎士を伴い、大広間を後にした。


***


城外に出たヴィルホは周囲を見渡し、厳しい表情で警戒を続けている。


その頃、ユーハンは周囲の警備に目を配っていた。冷たく張り詰めた空気が漂い、緊張感が肌に触れるようだった。


「団長……」


スールが忍び足で近づいてきた。その顔には不安の色が浮かんでいる。


「城内で何かおかしなことが起きている気がします」


ユーハンは足を止め、眉をひそめた。


「どういうことだ?」


スールは少し視線を落としながら続けた。


「詳しいことは分かりません。ただ……床に魔法陣が描かれた部屋でなにやら行うようでして、それが……普通ではないと思います」


その声には焦りと恐れが混じっていた。ユーハンは短く頷き、彼の肩に手を置いた。


「確認が必要だな。案内を頼む」


***


ユーハンが扉を開けると、冷たい空気が広間を包んでいた。魔法陣の周囲では、レズリーが粉末を用いて補修作業を続けている。その手際は的確だったが、光る模様の中で作業を進めるその姿は異様な雰囲気を放っていた。


「おいっ、何をしている!」


ユーハンの低い声が広間に響いた。


レズリーは手を止めず、振り返ると冷静な口調で答えた。


「召喚術の準備です」

「召喚術だと?」


ユーハンの表情がわずかに揺れたが、すぐに引き締まる。


「貴様、怪しげな術を使いよって、ヴィルホ様を危険に晒す気か!」

「そのような懸念は不要。我々は歴史的な成果を目指しているのです。それがヴィルホ様の望みでもある」


レズリーの声には迷いがなく、むしろ冷たい確信が漂っていた。隣にいたベアテは目を伏せ、小さく震えていた。


***


天幕に戻ったユーハンは、ヴィルホに詰め寄った。


「ヴィルホ様!召喚術を行うとはどういうつもりですか。あなたは一体何を得ようとしているのですか!?」


その問いに、ヴィルホは微かに笑みを浮かべたが、その目は冷たかった。


「お前の役目は護衛だ。それ以上の詮索は不要だ」

「しかし――」

「もういい!ユーハン」


その冷淡な言葉に、ユーハンは押し黙るしかなかった。


***


夕方、空は茜色に染まり、長く伸びた影が廃墟の城壁にかかっていた。


レズリーが城外に出てきてヴィルホに報告する。


「準備が整いました」


ヴィルホは満足げに頷き、短く命じた。


「よしっ、全員城内に向かわせろ」


ユーハンは騎士たちに視線を移し、静かに命じた。


「数名は残り、他の者は私について来い」


その言葉に、スールとラヴァンも動き出し、一行は再び城内へ向かった。召喚の間へ続く廊下は薄暗く、静けさが重くのしかかる。そこへベアテが駆け寄り、声を潜めた。


「団長、少しだけ……お話を」


ユーハンは足を止め、彼女を見下ろした。


「何だ?」

「あの召喚術が発動すれば、魔力が暴走し……大規模な災害、地震や津波が起きる可能性があります」

「……それを知っていて、なぜ止めようとしない?」


その問いに、ベアテは言葉を詰まらせ、顔を伏せた。


「私には……止める力がありません……」


ユーハンは何も言わず歩き出したが、その足取りには迷いがにじんでいた。


召喚の間に到着した一行。ユーハンの表情には、不安と疑念が浮かんでいた。


「……この術が、本当に成功するのか」


その問いに答える者はいなかった。

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