残酷な子供
おれは幼い頃、クラスが二つしかないような、田舎の小学校に通っていた。
よく一緒にいた連中も学年がバラバラで、外から見れば仲良くしているように映ったかもしれないが、実のところは違って、そこには明確な上下関係が存在していた。中でも一番年上で体が大きな男子は言わばリーダーのポジションであった。
「止まんなよ、シンタイ!」
「ちげーよ! あーいうのは、ちてきしょーがいしゃって言うんだよ」
「どっちでもいいよ。おい、早く歩けよ」
言葉の意味をよく理解せずに使う年頃だった。いや、意味は分かっていた。ただ、そう言われた相手がどう感じるかを想像できなかった。あるいは、する必要ないと無意識に思っていたのかもしれない。自分よりも劣った人間の気持ちなど。ただただ目障り。死んでくれてもいい。死ねよ。そんな言葉が毎日のようにその口からは飛び出していた。
この日、おれたち四人はリーダーが新しく見つけたという場所に向かっていた。
普段の遊び場所と言えば、山か小川。それか学校の小さな校庭。リーダーは人目につきにくい、山を好んでいた。だからだろう、リーダーが見つけたというのは山の中にある沼地だった。
「おい、進めよ」
辿り着いて早々、リーダーがそう言った。沼の中に入れという意味だ。その沼は一見すると雨上がりのぬかるんだ地面みたいだった。ところどころに水溜まりが見受けられるが、ほとんどが泥だった。だから向こう岸まで歩いて渡れそうに見えたが……
「ここ、底なし沼らしいぞぉ」
「ははは、もう何人も死んでるってよ」
そんなのは子供特有の夢や妄想、設定だ。今ならそう言えるが、その時は全員が本当のことのように信じ込んでいた。
「おら、いけよ!」
「てめぇ、暴れんなよ!」
「足を蹴ろ! 倒せ!」
化物退治の気分だったのだろう。三人で一人を寄ってたかって叩き、蹴り、沼に落とそうとした。
だが、頭の出来の割りに図体がでかかったのだ。うまく行かず、とうとうしびれを切らしたおれは、そばにあった木の枝を拾い、滅茶苦茶に振り回した。その結果、なんと全員が斜面を転がって、沼に落ちてしまった。実際に落ちてみてわかった。泥の上を歩くなんて、できるはずがなかった。まるでプリンのように柔らかく、ズブッと足を取られた。それでもまだ、問題なく出られる状態にあった。落ち着いてさえいればの話だが。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
「クソッ!」
「ちょっと待って、足が」
全員が我先にと上へあがろうとして相手を掴み、蹴り、また焦りつつもどこか大丈夫だろうという思いもあっただろう。泥だらけになったし、こうなったら当初の目的通り沈めてやろうと考えたのか、抑えつけ、そしてそれに抵抗し、と四人で滅茶苦茶にもつれあうちに、体は沼の中にどんどん沈んでいった。
幸い、木の枝を手放していなかったおれは、他の連中の腕を振り解いた後、杖のように使って、どうにか陸地まであがることができた。その時には息も絶え絶えで、喉がひどく痛んでいた。体の首の辺りまで泥が纏わりついており、服が泥を吸って全身が重くなり、立つことさえままならなかった。
「おい、ふざけんなよてめえ!」
リーダーがそう吠えた。「一人で逃げる気か!」「助けを呼べよ!」と、最初のうちは怒りを爆発させていたが、沼の冷たさにさめていったのか、あるいは恐怖に臓物を鷲掴みされたのか、徐々に声に力と張りがなくなっていった。その声の震えから感情が伝わってきて、おれもまた震えた。
おれは握っていた木の枝を沼に投げ入れ、足を引き摺るようにしてその場から離れた。
背後から怒号が聴こえたが、それがおれに向けてのものだったのかは今でもわからない。
日が落ちてから少し時間が経つと、三人が見つからないと、大人たちがざわつき始めた。そして、彼らといつも一緒にいるおれに注目が集まった。家を訪ねてきた村の大人たちを前に、おれは緊張して何も言えずにいた。しかし、母が家に帰ってきた時のおれの服の汚れから察したのか、考えを話し、大人たちはあの沼に向かった。
三人は全身沈んでいたそうだ。一本の木の枝にかかった指だけを残して。
「やったぁ!」
家に引き返してきた大人たちからそれを聞いたおれはそう口走り、そしてその無邪気な声色に自分でも驚き、よく笑った。
「こういう時は悲しいって言うのよ。よく遊ぶお友達が亡くなったんだから」と母親は慌てておれを制し、他の大人たちに「何分、体ばかりが大きくて頭が弱い子なものですから…」と、しきりに頭を下げていた。
それから、成長するにつれて体の大きさに頭も徐々に追いついていき、おれはまともな大人として見られるようになった。長く一緒にいるとボロを出すこともあったし、うまく行かないこともたくさんある。でも、そんな時、おれはあの出来事を思い出すことで、心の平穏を保っている。
あるいは、おれは誰よりも残酷な子供だったのかもしれない。