ねずみ親方とねぼすけ姫
「おい、起きろ。起きやがれ」
枕元から声がして、お姫さまは目をさましました。
うす暗い部屋でした。
ここがいったいどこだったのか、お姫さまは思い出せません。
「いつまで寝ているつもりなんだ。ええい、このねぼすけ」
なんだか身体が重くって、ろくに動けないお姫さま。
なんとか顔だけ動かして、声のするほうを見てみました。
「やっと目をさましやがったな。このねぼすけ」
そこにいたのは、なんと、一匹のねずみです。
「おはよう。ねずみさん。あなた、話ができるのね」
口をきくのもやっとでしたが、なんとかそれだけいいました。
「おれも仲間うちじゃあ、親方と呼ばれたねずみ一匹。
人の言葉を話すなんて、そんなのは朝飯前なのさ。
それより、なんだい。この城は。だれもかれもが眠っていやがる」
威勢のいいねずみ親方、ひと息でまくし立てます。
けれど、お姫さまはどんどんねむたくなっていくばかり。
息をするのもゆっくりになって、もう目も開けてはいられません。
「ごめんなさい、ねずみ親方。わたし、ねむくてねむくて……。
お話はまた今度にしてね……」
「おい、まて。ねぼすけ。お前さんには、まだ聞きたいことが」
そこまで聞いて、お姫さまはまっくらな夢の中へと戻りました。
「おい、起きろ。起きやがれ、このねぼすけ」
耳の横から声がして、お姫さまは目をさましました。
身体が重くて動きません。それでもがんばって、顔をすこしかたむけます。
「今度こそ目がさめたのか。このねぼすけ」
枕の上に、ねずみが一匹立っていました。
「おはよう。ねずみ親方。わたし、どれだけ寝ていたのかしら」
「お前さんがどれだけ寝てたか。そいつはおれにもわからない。
なにしろ、この城じゃあ、このねずみ親方も新参者。
猫の子一匹入れない城だなんてきいたら、こっちも黙っちゃいられない。
ここはねずみ度胸の見せ所だと、乗り込んできたまではよかったが」
ねずみ親方の名調子の途中ですが、お姫さまのまぶたは重くなってきました。
「ごめんなさい。ねずみ親方。わたし、もうねむくてねむくて……。
お話のつづきは、また今度にしてね……」
「おい、まて。ねぼすけ。お前さんから、まだなにも聞けてないぞ」
その声も遠くなって、お姫さまはまたまっくらな夢の中に戻っていきました。
「おい、起きろ。起きてくれ、ねぼすけ」
どこかで声がして、お姫さまは目をさましました。
身体の重さはあいかわらずです。
なんとか頑張って、あたりを見回してみました。
でもうす暗いこの部屋に、声の主は見当たりません。
「おはよう。ねずみ親方。あなた、どこにいるの?」
「どこかというなら簡単さ。
ねずみらしく、いまはあんたのベッドの下だよ」
お姫さまはねずみ親方の姿が見えないので、ちょっと寂しい気持ちになりました。
「どうして、今日は枕の上に来て、お話してくれないの?」
「ちょっと疲れちまったのさ。このまま話をきいてくれ、ねぼすけ」
いままでとは違うねずみ親方のくちぶりに、お姫さまはうなずきました。
お姫さまが黙っているので、ベッドの下の親方は静かに話し出します。
「ねぼすけ。やっとわかったぞ。
お前がそんなにねぼすけなのは、魔女にかけられた魔法のせいだ」
お姫さまはびっくりしました。
でも、まぶたはどんどん重くなります。
「この城の人間はみんな、おんなじ魔法で眠らされてんだ。
他の生き物は、時間ごと止められた。馬も、犬も、猫も、ハエもだ。
それどころか暖炉の火までが、はぜた途中でかたまっていやがる」
ねむくてねむくてしょうがないお姫さま。
でも、ベッドの下から聞こえる声の真剣さに、頑張って目を開けようとします。
「ねずみとみれば大鍋で煮込みたがる魔女なんざ、いってみりゃあ全ねずみの仇。
その長くてねじくれた汚ねえ魔女の鼻っぱしら。
このねずみ親方が、ぽきりとへし折ってやるぜ」
なんとか最後まで聞こうとして起きていようとするお姫さま。
でも、ねむりの魔法はさからえないほど強力です。
「……とまではいかないだろうが、こちとら、かじり仕事一筋のねずみ親方よ。
できるだけのことはやっておくぜ。
いいか、よく聞けよ。ねぼすけ。
おれがどうなろうがなるまいが、この魔法、いつか、かならず解ける」
お姫さまの頑張りも、もう限界でした。
なにもない、まっくらな夢の中へと、また引きずり落されていきます。
「ねぼすけ。あんたは、いま夢をみてるだけなのさ。
外からやってきたねずみと話をしてる、そんなくだらない夢をな。
いずれ、夢はさめる。さめてみれば、忘れちまう。あっという間だ。
そんなもんなのさ。それでかまいやしないのさ」
長い時が経ちました。
いつしか城を取り囲んでいた鋭いトゲのいばらは、すべて枯れ落ちました。
ちょうどそのときやってきた王子さまが、美しいいばら姫を一目見ようと城の大扉を押し開けます。
王子さまのキスでお姫さまがめざめると、城のすべてがまた動き出しました。
ついに魔女の呪いが解けたのです。
みんな大喜びの大騒ぎです。
だから、誰も気が付きませんでした。
かたい頑丈な木でできた、大扉の太いかんぬき。
その真ん中が削り取られて、折れやすくなっていたことに。