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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どうしてそこに至ったか。

作者: Wana-wana

『ねえ、わたしどうしても彼のことが好きなの』


──お嬢様、しかしそれは。


『分かっているわ。 だけど、諦められない。 あなたなら、分かってくれるでしょ』


──………………。



『わたし、彼と一緒に逃げることにしたわ』


──お嬢様。


『大丈夫よ。 彼となら、きっと何もかもが上手く行くわ』




ええ、ですから、私はこの身を賭してでも──あの愚か者を守りたかったのです。


自供の一部を抜粋


身分違いの恋といえば、おおむねが悲劇を生むことになるのが相場らしい。

さっきまで上演されていた劇でも、それぞれの家族の反対により愛し合う二人は引き裂かれ、最期は共に命を絶っていた。


「うん、敗因は暴力の弱さね」

「それが感想で良いんですかお嬢様」

「そりゃそうよ、追っ手全員をボコしちゃえば引き裂かれることもなかったわ」

「荒事で片しちゃうか……」

「何よ、あなただってこっち側でしょ、アリウス」

「それはそうだけどさ、情緒は解そうよマリア」


アリウス・ガリフォルアは、平民だ。

マリア・フォン・ディミトリアは、貴族だ。

彼らは、騎士学校時代からの腐れ縁で、つい最近コイビトにその関係性が変わった。身分違いといえば、身分違いだ。

最も、ディミトリア家は、歴史は古いが絶妙なバランスで落ちぶれないように代々綱渡りを狙ってするという貴族の中でも相当な変わり者の部類だ。平民出身とはいえ騎士としてそれなりの階級にあるアリウスと、没落ギリギリ(意図的)寸前回避貴族のマリアの家格に差ほどの違いはない。


アリウスが腕を差し出すと、マリアが腕を絡めてくる。最近ようやく、お互いに照れがなくなってきた。


「大体、あの最期だって、報・連・相しっかりしとけば、最悪の結果は回避できたじゃない。二人とも貴族なんだから、伝音の魔術くらい使いこなせるでしょ」

「そこを突っ込んでも、しょうがないんじゃないかなあ」


騎士学校で叩き込まれたからか、若しくは生来の気質故か、マリアはどこまでも現実主義だ。


「それなら、あなたが同じ状況になったらどうするのよ」

「脱獄」

「そっちの方がよっぽど物騒じゃない」


結局のところ。

似た者同士なのだろう。



王都に勤める騎士の主任務は、治安の維持である。魔獣案件への対処も無論だが、それでもやはり人によって引き起こされる事件の方が、複雑でその数も多い。例えば、盗み。例えば、詐欺。

そして、人殺しだ。

人なんて魔獣に遭遇すれば一溜りもないのに、なにが悲しくて同族でやりあわないといけないんだろうな、とアリウスはちょっと思う。


「現場は?」

「サンド橋の袂です」


城壁によって囲われた街は、王城を起点として人口が増加するにつれて堀が層状に増え、同心円状に広がり、城壁の位置も徐々にずらされて来たという歴史を持つ。土木系魔術様々である。

サンド橋は、中心部を一層目とした時の四層目から三層目を繋ぐ橋で、主に商店が立ち並ぶ地区へと繋げるために人通りも多い。


「それと……」

「なにか?」

「被害者の顔が、無いそうです」

「は?」



橋の袂には、既にマリアが率いる部隊が到着していた。


『ほれ、貴様らそこら辺に並べ』


顔見知りというか、マリアが契約している精霊によって、ホコリやら泥やらが吹き飛ばされる。異物が入り込むと、魔力の痕跡が追いにくくなるためらしい。



「あんたたち遅い」


マリアは魔術師でもあるため、なんらかの事件が発生したときは、早期の調査に駆り出される。従って、アリウスの部隊が特別に遅れていったというわけでは全くない。


「無茶いうな」


そもそも、早番の部隊と比べられるのは無理がある。


「めくって大丈夫?」

「ええ」


遺体に被せられている布をアリウスは剥いだ。

男性。

肉体的には、成人はしているだろう。

だが、分かる情報はそこまでだ。


アリウスは思わず息を呑む。

なるほど、確かに。


「顔がないってこう言うことか」


鼻はある。

だが、目と口と眉が。

無い。

本来ならば、窪みがある部分が平らになっている。

さらに奇妙なことに、まるで最初から口や眼がなかったかのように、新しい皮膚で覆われている。

失われた最期の表情は、いったいどんなものだったのか。


「どうやってこうなったか分かる?」

「固有魔法か魔術か、どっちかでしょうね」


それはそうだろう。

アリウスが知りたいのは、そこではない。


「やりようはいくらでも、あるわ。 例えば、この被害者の身体の一部を切り取って、眼の部分に埋め込んで、増殖させる。 最後に、増えすぎたパーツを切り取れば、顔のない死体の出来上がりよ。 ああ、そんなことしなくても、これが本当の死体じゃなくて、本物と寸分の狂いもない模造品ってことも考えられるわね。 他には」

「俺が、無意味な質問したってことは良く分かった。 悪い」


分かれば良いのよ、とマリアはうなずく。

固有魔法とは、必ず一人がひとつ持つ超常の力のことである。魔術は、その固有魔法を再現するための技術だ。

固有魔法は万人が必ず一つ持つ。その一方で、魔術を使うには才能が必要である。

いずれにせよだ。


「方法を、解くのは無意味よ。 固有魔法はなんでもありだし。 熟達した魔術使いも、同じくね」


結局、


「目撃者探しか……」

「ちなみに、ど固有魔法の使用者は登録された人物ではないし、どんな方法かは不明だけど魔術の痕跡も消されてるわ」

「今日から泊まりかあ……」


お互いの部隊に、それぞれ指示を出しつつの会話であった。


アリウスの直感は、悲しいことにあたる。

翌日、今度は顔を奪われた女性の遺体が見つかったからだ。


8日が過ぎた。


「カミルナ上一級騎士が、禿げてきたわ」

「見てないフリしたげて?」


今回の事件を指揮する立場の上官たちには、胃だけではなく頭髪にもダメージが出始めたか、とアリウスは思いつつ弁当を食べる。

騎士団の詰所から、程近い公園。

気分転換がてら、昼食を外でとることにしたら、同じことを考えていたマリアと遭遇したのだ。

穏やかな陽光が温かく差していて、非常に心地よい。

けれど、人が少なかった。

日頃は屋台や、曲芸師が大勢の人を集めているのに、今日はすっかり閑散としている。


「あんなことがあればしょうがないか」

「危機管理ができてるって、むしろ安心すべきじゃないかしら」


顔のない死体は、全部で四体に増えた。

手順は全て同じという判断を、マリアを始めとする騎士団の魔術師達は下した。


「何が目的なんだろう」


アリウスの中で、ずっと引っ掛かっている疑問。


「一連の事件が?」

「そうなんだけど、特にわざわざ顔をあんな状態にしている理由」


手間がかかっている割に。


「死体を隠す努力をしていない」

「ええ」


一件目は、堀の中から。

二件目以降は、ひどい時には道に放置なんてこともあった。


「そして、顔だけが」


分からないように。


「死体の身元が割れないようにするためかしら」

「なら、全然意味がない」


人の特徴は、顔だけにあるわけではない。例えば、掌。例えば、指。足。頭骨の形。

いくらでも、やりようはある。現に、昨夜見つかったばかりの死体以外は、身元は特定されている。


「第一、城壁の外に死体を捨てれば証拠も見つからない」


魔獣によって処理されるか、あるいはもし発見されても人の手によって行われたものかどうかは分からなくなる。


「だったら、簡単よ。 見つかる必要があった」

「そうなるよなあ……」


それが、目的なのだろう、多分。


「それと、聞いた?」

「どれ?」

「被害者の身元」

「ああ」


貴族と平民が交互に被害にあっていて。


「貴族は家出や、放逐されていた人たちばっかり」

「全員、男絡み、女絡みのトラブル持ちか」


ここまで重なってくると、もう偶然とは呼べない。

だけど、ここで引っ掛かってくるのが。


「じゃあ、なんのためだと思う?」

「それが分かれば、苦労しないんだよな……」


いつもそうである。騎士団に所属していれば、いやがおうにも、人の生命の軽さは思いしる。魔獣に襲われて──駆けつけた時にはもう手遅れなんてことはざらだった。ただ、魔獣達はシンプルだ。

食べるために、縄張りから排除するために。つまり、生きるための結果として──人間が死ぬ、こともある。逆も然りだ。

それが、王都では。


「何でなんだろうな」

「あら、簡単よ。 そうしないと──生きていられないからよ。 人間には、耐えられないことが多すぎる。 だから、獣のように空腹から逃れるために人を殺すこともあるし、他人の苦しみに耐えられなくてその他人を殺すし、快楽を得るために殺すこともあり得るのかもしれない」


人間をよく知る魔術師は、答えた。


「だから時には生きるために、自らの命を絶つの」

「生きるために?」

「ええ、生きるために。 苦しさから逃れて、少しでも楽な明日を過ごすために。 あなたは、私と違って、強いモノ達との関わりが長いから不思議に思うのかもしれないけれど」


人が人を殺すことには、必ずその意思から──目的から逃れることは出来ない、とマリアは締めた。


「だから、今回の件も、根底はきっと単純。 単純なんだけど……………………」

「振り出しかあ」

「猛烈に理由もなく使い魔をここに召喚して、全てを壊したくなってきた…………」

「やめろ」


さっきまで、しっかり魔術師としての顔を見せていたのに、秒で対人特化の騎士(暴力装置)になるのはよろしくない。


「こう……一度、整理した方が良さそうなのよね。 なんか、今回の件に関わる単語適当に喋ってくれる?」

「部下とやれよ」


マリアの部下の方が、どう考えても少なくとも知性:暴力装置としての割合が、2:8なアリウスよりかはまともな議論になると思う。


「今、私に必要なのは、理屈じゃなくてあなただし」

「…………………」

「勝った!」


もう負けでもなんでも良いよ。

せめてもの、抵抗で肩を抱き寄せて頭をアリウスの肩にもたれさせる。ピクリと、一瞬マリアが固まった。


「逆転勝ち。 顔が潰されている」

「お願いしたのは私だけど、この流れから事件の方の単語ねじ込んでくるの、シュールね……」

「被害者は、なんらかの対人トラブル、それも恋愛関係のものを抱えていた」


左肩の重みが、徐々にましていくのを感じながら、アリウスは今回の件に関わる情報をあげていく。


「必ず、対になって発見されている。 そして、身分差が必ずあった」

「そこだ!」

「どこ?」


耳からキーンという音がしてくる。急に叫ぶのはやめてほしい。しかし、魔術師はアリウスのそんな状態を気に止めることなく、立ち上がった。


「本当に、対なのかしら」

「うん?」

「単純になんだけれど、貴族階級の恋愛は確定的でしょ?」

「うん?」


確定的、とは。


「言い方が悪かったわね。貴族の結婚には必ず、家からの意向も絡んでくる、うちはともかくとして。 で、そうなると当人の拒否権がないのは勿論、必然的に相手の身元は確かになっていることが多い」

「あー、そういう意味で確定的」

「なんなら、逐一記録されたりするからね、監督者付き添いのもとでの逢い引きなんてものも普通だし。 どこそこでごはん食べました、仲睦まじくお話されてました、って感じで」


思わずぎょっとして、アリウスは辺りを見渡す。恋人でもある同期は一応は『貴族』と呼ばれる身分にあった。


「うちは大丈夫よ、没落の一歩手前どころか、半歩手前くらいをふらふらしてるから」


それはそれで大丈夫としてしまって問題はないのか。


「一方、平民の──便宜上こう呼ぶけど──側だけど、そこまで厳密に記録されることはあるかしら」

「無いとまでは、言いきれないけど」


例えば、貴族としての身分は無くとも、下手な貴族よりも裕福な平民もいるだろう。そういう家に生まれたのならば、それこそ貴族と婚姻を結ぶということも珍しくはない。

ただ、やはりそれは例外というべきだ。

圧倒的大多数は。


「少なくとも、そういう男女の関係になったとしても、最初のうちは家族すらも相手のことを知らないなんてことはざらだろうね」

「もっと言えば、私達がこういうことを言ってはいけないけれど、本当にここに住んでる人かも分からないことだってあり得る」


いかんせん、平民は出入りが激しい。一応は、騎士団──というより国として正確な住民の数は把握しようと務めているのだが、どうしても限界があるというのも事実だ。


「だから、本当に」


対かどうか。


「ええ」


貴族側が男絡み、女絡みでトラブルを抱えていた人物が選定されているのは確かだろう。

だが、相手の平民はどうか。


「本当に、もしなにかそういったトラブルを抱えていたとして。 その相手が、対として見つかった貴族であるかどうかまでは、分からない」

「もし、平民の側がしっかりそのことを隠しとうしていたら?」

「分からないことの反対は、分かるってことだけど、だからといってこちらが勝手に答えを作り出すことは許されない。 分からないっていう結論は、分からないという事実が現時点に横たわっているだけよ。 『誰にも告げなかった』という事実と『確かに、まさにその人と関係があった』という事実が共に並んで、『この世に存在する当事者以外が誰一人としてその事実を知らなかった』ときだけ、『隠しとおしていた』と結論づけるべきよ」


マリアはそこまで告げて、黙った。アリウスは薄く息を吐く。


「もう一回、被害者達の交流関係を洗い直さないと」

「それと並行して、噂探しね」

「噂?」


ずっとアリウスに凭れていたマリアは、姿勢を正した。


「そう。 特に貴族で、放逐とまでいかなくとも、ここしばらく社交界に姿を見せてない人物や──これまでの事件通りに恋の多さで有名な人物とかのね」

「被害者のじゃなくて?」


なんのために、といえば勿論事件のためなのだろうが。


「犯人の思惑に乗っかってあげるのが、手っ取り早いでしょ」

「思惑って、顔をつぶしたことの?」

「それも、あくまで手段よ今回の場合は。 ほら、さっきまで私たちが話していたことがあるじゃない」

「対か否か」

「もっと言えば、身分差ありの恋愛よ。 それが、今回の犯人が描いているストーリーラインのはず」


人が起こす事件を解いていく原則は、手段ではなく目的を解すことだ、とマリアは再度言った。


「あからさまに誘導しようとしているのなら、誘導されてやるべきよ。 その誘導には必ず目的があるのだから。 例え、どれほど稚拙な誘導であっても」

「稚拙なんだ」

「稚拙よ。 昼休みにちょっと話したくらいで、ここまで近づくんだから」


それは確かにそうだが、そうなると騎士団全員がその稚拙な誘導に躍らされていたことになる。


「本来なら、もう少し気づくべきだった。 それも、私のような貴族出身の者が。 あまりにも命が──軽々しく扱われ過ぎている」


マリアのその言葉に引っ掛かりをアリウスは覚えたが、それを問い詰めることはできなかった。互いの部下達が、彼らのことを呼びに来たからだ。




事件はあっけなく幕をおろした。

マリアの進言通り、貴族界をはじめとする社交の場での噂を集めて、いくらかの家に的をしぼった。

そして、そこに見張りをつけたところ、さる貴族家から死体を持ち出した人物をその場で取り押さえた。

特殊な固有魔法と、高い魔術の腕を犯人は持っていたが、騎士には結局敵わない。取り押さえたのはアリウスであった。

そして最後の被害者は、この伯爵家の令嬢と平民の使用人だった。


その顔はどちらもやはり潰れていた。


そして、それを成した犯人はこちらも使用人で──最後の被害者の令嬢ともっとも近しい侍従であった。



数日が過ぎた。


「調書?」

「ん」

「納得いってなさそうね」


長い付き合いのせいで、アリウスの表情だけでマリアは気づいてしまえるらしい。

何を思ったかマリアがアリウスの眉間に手を添えて、揉み始めた。


「楽しい?」

「全然」

「じゃあ、やめてくれません?」

「いやよ。 どこの部分に引っ掛かってるか、あててあげようか?」


アリウスがいらないと答える前に。


「『守りたかった』」

「…………」


正解だ。


「じゃあ、どこに引っ掛かってるかも、当ててあげるわね。 ″守る″という目的のために、なぜあんなことをしたのか。 いわゆる、手段の部分でしょ」

「いや」


違わないのだが、何となく素直に答えるのも嫌だったので。


「″隠す″じゃなくて、″守る″なんだなって」

「結局手段の話じゃない」

「そうなるの?」

「そうなるよ。 ″守る″ために″隠した″のだから」

「…………」


やはり、そうなる。そうなるのだが、アリウスはどうしても納得がいかなくて、どうして自分が納得できないかが分かっていないのだ。


「守るために、命を奪ったことが、一番納得いってないでしょ」

「なんか魔法使ってる?」

「あいにく、私は魔法使いじゃないから、そんなもん使えないに決まってるでしょ。 あなたが引っ掛かってる部分は、考える前提が違うのよ」

「前提?」

「平民と貴族」


この場合の貴族は、犯人であり、マリアのことを指していて。平民はきっとアリウスだ。


「貴族はね。 死が終わりじゃないの」

「へ?」

「もちろん、一個人としては死の先はない。 けれど、名は残り続ける。 家としてね」

「そういう」


そういう意味では、平民の大半は確かに違うかもしれない。そこまで、家というものを──身近な血縁者は無論気にかけるが、それでも名が明確に厳密に残り続けるかといわれると微妙なところだ。


「だから『守りたかった』のは死の後なの」

「名が残る、こと?」

「そうね。 そして、その名の残り方が問題になる。 貴族にとって、平民と逐電するなんてスキャンダルも良いところだし、笑い者として名が残る。 逃げ延びてくれたらそれならそれで良いけれど、もし失敗して他の貴族に知られたら──向こう数年は宴席での話題に事欠かなくなるでしょう。 もちろん、令嬢は道化として、ね」

「だから、殺した」


命を奪った。


「殺したんじゃない。 守ったのよ。 主が謗りを受けることから」

「それでも、あんなに人を殺す必要はなかった」

「必要だったのよ。 少なくとも、例の侍従にとっては」


マリアは眉間のシワを解すのには飽きたようで、普通に椅子へ腰を下ろした。


「これも、結局守るためよ。 だから、″隠した″ それも、多くの死体──恋人たちの中に。 顔を潰したのは、単純に顔を隠すためでしょう」


失踪を隠すには、伯爵家では力が足りなかった。

だから、むしろ数多くの死体で主を覆い隠そうとした。


「主が主なら、その侍従も侍従ね。 主は物語に生きすぎていた。 侍従はそれを止められず、だから主が現実に生きられるように、物語の住人達をささげることにした。 そういう事件よこれは」

「物語?」


どこが物語で、なにが現実なのか。物語なんてものは、この事件に介在していなくて、つまらない理由で多くの犠牲者を出しただけ、というのが今までのマリアの解説を聞いたアリウスの感想だった。


「主は真実の恋に落ちて、平民と共に逃げようとした。 平民は貴族との恋に落ちて共に逃げようとした。 今、流行りでしょ?」


二人が一緒にデートをしたのが、遠い昔のように思える。


「侍従にとっての物語は?」

「さっきの物語の登場人物になった貴族と、そしてあなた達平民のこと」

「俺たちは物語なんかになった覚えないけどなあ」

「それは逆も一緒でしょ。 だって、アリウス。 あなた今、この説明聞いても、遠くのできごとに感じてるでしょ?」


アリウスは手を伸ばす。マリアの手に触れた。

温かい。


「正直、まあ」

「侍従にとっての現実は、死後も名が残っていくことを気にする連中が集まる空間であって、日々を暮らしていく人々は遠い物語だった。 そして、被害にあった貴族はというと、こちらも侍従にとっては物語なんかの──平民と貴族の身分差の恋──登場人物に過ぎなかった。 だから、ためらいなくあんなことをしてのけたんでしょうね」

「…………なんかムカついてきたな」


勝手に物語の住人扱いをされて。都合よく命を奪われて。

そしてその理由は、醜聞隠しだ。

アリウスは、この事件をそう理解することにする。


「あなたはそれで良いと思う。 ぶっちゃけ、どこの誰がみてもそうでしかないし、同じ貴族でも無いわーとしか思わない。 けど、そうやって自分の枠に嵌め込んでいる人間もいるってことよ。 そして、得てして彼らは、否私達もだけど、そういう人たちの言葉がわからないの」


『守るため』

恐らく、貴族出身騎士の幾人かは、この単語だけでマリアのように分かったのだろう。

けれど、アリウスのように分からなかったものもいる。

同じ言葉なのに、通じない。


「だから、必要なのは暴力よ。 痛みは誰でもかれでも、少なからず分かるから」

「暴力は決して共通言語でもなんでもないからね?」












侍従は牢内で自死をした。

結局、貴族平民を問わず、真実を知るものは一部のものに限られ。

やがて伯爵家のことも人々から忘れ去られた。



だからこの事件はきっと。

物語になったのだろう。

幾人もの平民の命を犠牲にして。

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