間接キス
恋愛において絶対に外せない要素、キス。
まずはキスを目指して彼女との仲を深めたい、なんて男子中学生は結構多いのではないだろうか。
少なくとも僕は芽衣と甘くて蕩けるようなキスをしたいとずっと思っていた。
いくら天真爛漫な芽衣とはいえ、キスをしてくることはなかった。
保育園の頃はちゅっちゅしてたらしいと母親が言っていたが、そんな覚えてない頃の話はノーカンだ。
芽衣のぷるんと振るえる柔らかそうな唇を見て、ドキドキしていたのも今となっては良い思い出である。
そんな芽衣だけれど、実はキスの亜種のようなものは遠慮なくやってくるから質が悪い。
「あ~もう暑~い! 湊、それ頂戴」
「え?」
僕の返事も聞かずにペットボトルを奪い口をつける。
美味しそうにゴクゴクと喉を鳴らすけれど、そのペットボトルは僕がさっきまで飲んでいたものだ。
間接キス。
芽衣は全く気にせず、僕の飲みかけのペットボトルやグラスやストローに遠慮なく口をつける。
「ありがとう。美味しかった!」
中身が残ったペットボトルを返された僕は、そのまま再度口をつけることも出来ずにそっと蓋をして鞄にしまう。
この間接キスだけれど、人前でも遠慮なく堂々とやる。
「ね、ねぇ芽衣。それって間接キスだよね」
だから女子の友達にこんなことを良く言われていたものだ。
間接キスを指摘された芽衣はというと、もちろん全く気にしない。
「え? あはは、何言ってるの」
「芽衣って気にしないタイプなんだ」
違う、何も考えてないだけです。
間接キスについては、気にする女子と気にしない女子がいるらしいと聞いたことがある。
気にする人の中にも、キスだからではなくて単に他人の唾液がついていることに抵抗感があるだけという人がいるらしい。
芽衣の友達は芽衣が気にしないタイプだと思ったのだろうが、芽衣は中学生になっても恋愛が分からないおこちゃまだったというだけのことだ。
なお、この件については僕も悪いと思っている。
芽衣に飲み物を頂戴って言われる時にちゃんと断れば良かったんだ。
僕が必ず許可を出すから、次第に芽衣は僕の返事を聞くことなくソレを手にして口にしてしまう癖がついてしまったのだ。
――――――――
手が触れることも恥ずかしい。
名前を呼ぶことも恥ずかしい。
周囲に囃し立てられるのも恥ずかしい。
恋愛初心者の芽衣は、ひたすらに初心だった。
僕もそんな芽衣の反応が可愛くてたまらなかったから、焦って関係を先に進める気は毛頭なかった。
芽衣が恋に慣れるのを待って、僕達のペースでゆっくりと進んでいけば良い。
本音を言えば、キスをしたい、触りたい、抱きたい、情欲を満たしたい。
でも僕は芽衣が大事だったから、無理はしないと決めていた。
決めていたのに、芽衣は自爆するんだよなぁ。
それは、高校入学から三か月ほどたち、夏を迎えたある日のこと。
芽衣は少しずつ恋人関係に慣れ、付き合いたて当初よりも自然に会話が出来るようになってきた。
手を握っても、照れはするけれど焦って硬直することも無くなった。
名前も時々呼んでくれる。
その慣れが油断を生んでしまったのか。
「あ~もう暑~い! 湊、それ頂戴」
「え?」
教室でペットボトルの清涼飲料水を飲んでいたら、芽衣がそれを昔のように奪ってしまったのだ。
「ちょっと待っ」
「んっんっ……ぷはー、美味しい! え、何?」
僕が止める間もなく、芽衣はそれに口をつけてしまった。
ヤバい。
まだ芽衣には間接キスは刺激が強い。
もし自覚してしまったらどんなに可愛い、じゃなくてショックを受けることになってしまうのか。
幸いにもまだ芽衣は自分がやったことの意味に気付いていないようだ。
今回ばかりは僕も気付いていないフリをして無かったことに……
「お、芽衣、間接キスとかだいた~ん」
「!?」
「!?」
ぎゃああああ!
芽衣の友達が指摘しちゃった!
「め、芽衣?」
芽衣は石になったかのように硬直してしまった。
「お~い、芽衣?」
何度呼びかけても、僕のペットボトルを持ったまま微動だにしない。
仕方なくしばらく待っていると、全身が急激に真っ赤になり……
「わ、わわ、わたしつ、か、かか、かかかかかかかか、嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
あ、逃げちゃった。
この日から数日、芽衣はあまりの恥ずかしさに耐えきれなかったようで、僕の前に姿を見せることは無かった。
さびしい。
後に聞いた話、この時に間接キスをしてしまったことだけでなく、中学の頃に何度も何度も遠慮なく間接キスしまくっていたことを思い出して暴走してしまったとのこと。
またしても芽衣の後悔が増えた訳である。