白
「くひゅ」
自分でも意識しない奇妙な声が出る。
噛み千切られた箇所が、とても熱い。
死ぬのは、嫌だ。
けど、怖くはない。
だって、それは当たり前の事なのだ。
ずっと、ずっとそうだったのだ。
古い時代。
原初の狩人が居た時代から。
どんな優秀な狩人であろうと。
どんな技術を持つ狩人であろうと。
どんな最先端の狩人であろうと。
狩人である限り、絶対に覆せない事柄がある。
『最後は、狩るべくケモノに食い殺されて、終わる』
父もそうだった。
母もそうだった。
だから、私がそうなるのも。
当たり前のことだ。
それが、私が最初に狩人として教わった事。
事実、私は十数秒後に息絶える。
その僅かな間に、私は夢を見た。
「ねえ見た!アイツらの顔!」
「滅茶苦茶驚いてたわ!」
「そりゃそうよね、アンタが帝国狩猟大会で優勝するなんて、誰も思ってなかったでしょうから!」
「あー!凄くすっきりした!」
「これで普段からアンタを馬鹿にしてた連中も、少しは見直すでしょうよ」
「大会の報酬も半分は村に引き渡したし、私とアンタを育ててくれた恩も返したから」
「後は、まあ、自由にやっていいんじゃない?」
「それで、その、ね」
「ちょっと相談なんだけどさ」
「私、もうすぐ誕生日よね」
「うん、18歳の」
「村ではさ、18歳になったら成人したと看做されて、色々な権利がもらえるの」
「仕事の権利と、住む場所の権利を自由に選べるのよ」
「だからね」
それは、とても大切な約束を交わした時の夢だった。
もう既に、居なくなってしまった相手との。
大切な約束の。
「もう、何よ、森以外で暮らすのが怖い?」
「大丈夫よ、だって……」
「私が一緒にいてあげるんだから」
「そうと決まれば、準備をしないとね」
「私の誕生日なんて、すぐに来ちゃうんだから」
「ほら、笑ってないで、アンタも考えるのよ」
「2人の事なんだからさ」
「ね」
≪これは驚きました、世代交代したのですか≫
≪道理で私の魔力感知に引っかからないはずです≫
≪しかも、増殖しただけでなく、ヒトの形を模している≫
≪素晴らしい結果です!ああ、解体したい!調べたい!≫
ああ、もう。
うるさいなあ。
いま、とても。
よいゆめを。
みているのに。
「私以外とはあんまり喋らないし」
「アンタって狩人の癖にボーっとしてて」
「ねえ、聞こえてるの?返事くらいしたら?」
「アンタ、どうして寝込んでるの?」
「はい、水を持ってきてあげたわよ」
「私が一緒に」
「うぷぷぷぷ」
「笑わないし」
「ちょっと水鳥を」
「18歳の」
「だからね」
「お母さん」
「自由に」
「お母さん」
ああ、この夢が。
ずっと、続けば。
「お母さん」
「お母さん、聞こえますか」
「大丈夫です、大丈夫ですよ、お母さん」
あれ。
このこえは。
クロの。
≪強制制御術式も解除されていますか≫
≪ええ、いいでしょう、では力づくで≫
ああ、ほんとうに。
うるさい。
なあ。
「聞く必要はありません、お母さん、私だけを」
「私だけを見ていてください」
「私の声だけを聞いてください」
「間に合いました、間に合ったんです」
「ミドリが、お母さんの声を聞いてたんです」
「不測の事態だと言うのは即座に判りましたから」
「その段階で私達は洞窟から出ました」
「だから」
「ああ、良かった、間に合った」
「命の火が消えてしまったら、幾ら私達でも蘇生させる事は出来なかった」
「けど」
「けど、間に合ったんです」
「私達の、私達の大本である純白のスライムの能力は」
「再生です」
「私達の力を合わせれば、物理的な傷なんて、忽ち再生させる事が出来るんです」
「ほら、見てください、もう手も首もお腹も再生されています」
「だから、大丈夫です」
「あとは、あとは再生しつつある身体に脳が同調すれば」
「多少身体に障害は出るかもしれませんが」
「生き残れるんです」
「ですから」
「楽しい事を考えてください」
「同調する前に脳が死んでしまわないように」
「生き続ける事を考えてください」
「そうすれば」
楽しい。
ことを。
生きつづける。
ことを。
「……身体のうごきがにぶくなっら、もう狩りはできないかな」
「平気ですよ、もう狩人なんてやらなくてもいいです」
「私が」
「私達が、養ってあげますから」
「だから、私達のお母さんでいてください」
私の頭の中に、素晴らしい光景が広がる。
深い森の中。
アオとアカが狩りをしている。
アオは予想通り、狩りが上手だ。
けど、アカは上手く獲物を捕る事が出来ない。
ミドリは相変わらずマイペースで。
遠巻きに座って歌を歌っている。
その声で、獲物が逃げてしまい、アオとアカが怒っている。
私のそばには、クロが座っていて。
何かと私の世話を焼いてくれる。
狩人でなくった私。
そう、そうんな未来が。
あっても、いいのかもしれないね。
ふと、足元に花が生えているのを見つけた。
綺麗な花だ。
そうだ。
彼女に持って帰ってあげよう。
私は、村へ向かい。
彼女を探した。
けど、見つからない。
村中探したけど、見つからない。
見つからない。
何処にも居ない。
ああ。
そうだ。
そうなんだ。
もう。
彼女は絶対に見つからない。
生き返っても。
その世界に、彼女はいないのだ。
私が手に持っていた花は、何時の間にかなくなってしまっていた。
目から雫が流れる。
涙が止まらない。
胸が締め付けられる。
立っていられない。
ああ、そうか。
私はもう。
狩人じゃないんだ。
だから。
だから、誰かが死ぬのが。
こんなにも、悲しい。
悲しい。
苦しい。
いやだ。
いやだよ。
しんじゃいやだ。
いやだ。
ほんとうは。
だれにもしんでほしくなかった。
すごくかなしかったんだ。
すごくくるしかったんだ。
おかあさん。
おとうさん。
そしてかのじょ。
あいたい。
あいたいよ、もういちど。
ああ、だめだ。
こんなことには。
たえられない。
わたしには、たえられないんだ。
たえることなんて、できるはずがないんだ。
狩人でない私は。
ただの弱いヒトなのだから。
素敵な光景が、消えて行く。
森も。
空も。
地面も。
落ちて行く。
私は。
暗闇の中に。
落ちて行く。
クロ達の声を聞いた気がした。
それを最後に、私の意識は暗闇に包まれた。
「お母さん……駄目です!お母さん!意識をしっかり持ってください、お母さん!」
「クロ……母さまは?」
「……ママ、いなくなっちゃったの?」
「……いいえ、そんな事はありません。お母さんが、お母さんが私達を置いていなくなるはずがありません」
身体は、身体はちゃんと治ったんです、あとは脳を活性化すれば。
そうです、やっぱり、やっぱり洞窟から出るべきじゃなかったんです。
そうすれば、こんな事にはならなかった。
戻りましょう、お母さん。
そうすれば、お母さんだって、きっと。
きっと、目が覚めてくれるはずです。
「アカ、お母さんの身体を温めてあげてください。あの洞窟の温度は、お母さんの身体に悪い」
「アオ、お母さんが何時目覚めても言いように、新鮮な魚を用意してください」
「ミドリは、お母さんが好きだったあの音楽を」
「お母さんは、お母さんは、今は、ただ、疲れて眠ってるだけなんです」
「私が保証します」
「種族の最先端である、この私が」
「何時か、お母さんが目覚めると」
「……さあ、早く戻りましょう、私達の理想郷へ」
「ああ、それと」
「帰る前に、少し狩りをしまいましょうか」
「上手く狩れれば、お母さんが喜んでくれるかもしれませんし」