緑
~69日目~
アオが協力してくれる。
それは、とても心強い申し出だった。
今の彼女の知能であれば、洞窟から出て蔦を見つけて来る事は容易いだろう。
けど。
「そのまま、あっさりとは脱出させてくれないだろうなあ」
クロとアカは、私の脱出に対して否定的だ。
私が蔦を登っているのを見たら、当然邪魔をしに来るだろう。
アオ1人で、それを阻止できるかどうかは微妙だ。
最悪、私はもう一度地面に叩きつけられる事になるかもしれない。
なるべくなら、それは避けたい。
もう少し、作戦を練る必要があるかな。
「そういうのは、得意では無いのだけどね」
ピチャン、ピチャンと音がする。
天井の穴から、雫が入り込んでいるのだ。
今夜は、久々に雨である。
雨音に混じって、妙な音が聞こえた。
口笛?
いや、もっと綺麗で鋭い音色だ。
前に幼馴染が聞かせてくれた、横笛の音に似ている気がする。
音は、壁際に座っている緑色の人影から聞こえる。
ミドリだ。
彼女の変体も、既に数日前に完了していた。
アオやアカと同様、私の外見を模している。
2人と明確に違う点は、髪の長さ。
姉妹で一番大きかったミドリの体積は、その殆どが髪に長さに費やされている。
「ミドリ、今、口笛吹いていた?」
「……」
無表情。
返事は無い。
クロの言葉が確かなら、ミドリは音に対して親和性が高いとの事。
つまり「喋れないから返事が無い」という状況では無いと思うんだけど。
前から、読めない所がある子だったからなあ。
「……」
「とても、綺麗な音だったね」
「……」
「風鳴の音だったのかな」
「……」
再び、音がする。
高く、低く、遅く、長く。
ミドリの口は、閉じられている。
だが、それは確かにミドリから聞こえていた。
その音の連なりには、何故か聞き覚えがあった。
それは、私が何度かミドリに聞かせてあげた、あの歌。
あの歌が、音の連なりとして流れているのだ。
どうやっているのかは、不明だけど。
きっと、これはミドリが奏でてくれているのだろう。
そっか、ミドリはあの歌が好きだったからな。
なら。
「さあ眼を開けて」
「私の大切な可愛いあなた」
「生まれてくれてありがとう」
「私と一緒に生きましょう」
「暗いときも明るいときも」
「私達が共に歩めますように」
「最後に眼を閉じるその時まで」
「共に歩めますように」
私の声と、ミドリの音色が重なる。
私は、この歌が好きだった。
幼馴染が歌ってくれた、この歌が好きだった。
そして、今日。
私はこの歌の事を、もっと好きになった。
歌が終わった時、満足感があった。
ミドリは何も言わないけど、きっと同じ気持ちなんだと思う。
共鳴として、それが感じられる。
「ミドリは、どうやってさっきの音を出していたの?」
「まるで、楽器みたいだったけど」
ミドリは私を見て、次に自分の髪を見た。
髪といってもスライムの身体が変形して作られたものだ。
どちらかというと、陶器のような滑らかさがある。
その髪には、小さな穴がいくつも開いていた。
「そっか、空気がこの小さな穴を通るときに、音が出るのか」
笛と同じ仕組みなのだろう。
最も、大きさと穴の数から考えると、ミドリの髪の方がもっと複雑なんだろうけど。
もしかしたら、ミドリが喋らないのは、この仕組みが関係しているのかも。
「ミドリは、歌が好き?」
ミドリは少しだけ頷いた。
「そっか、じゃあ、もっと歌を聞かせてあげたいけど」
「……」
「ごめんね、私が知ってる歌は、これだけなんだ。幼馴染なら、もっと沢山の歌を知ってるんだろうけど」
「……」
「もし、私が外に出られたら、幼馴染から、歌を教えてもらうよ」
「……」
「いっぱい、いっぱい教えてもらうから」
「……」
「それを、ミドリにも聞かせてあげるね」
その時、ミドリは笑った。
控えめにだが、とても可愛く笑った。
~73日目~
「雨は嫌いです、過剰湿度のお陰で、眠くなります」
確かにクロの動きは鈍かった。
鈍いというか、半分寝ぼけていた。
アカやミドリにも、若干その傾向がある。
皆が寝そべる、けだるい時間。
その隙に、アオには洞窟の外に出る練習をしてもらった。
具体的に言うと、雨水の流れる壁面を登ってもらったのだ。
水中で活動することが出来るアオは、雨水にも負けず、天井の穴まで登ることが出来た。
更に言うと、ほんの少しだけど外に出る事に成功したのだ。
まあ、怖くなってすぐに戻ってきちゃったんだけどね。
~77日目~
雨はまだ止まない。
降り続いている。
洞窟の中にも水は入り込んできたから、私達は少し高い岩場の上に避難していた。
アカが私に寄り添って、身体を暖めてくれている。
だから、風邪を引く心配は無いのだけど。
完全にアカから監視されている状態になっているから、身動きが取れない。
良かった事といえば、アカの姿をちゃんと見れたことだ。
何となく、アオやミドリと比べて幼い顔つきのような気がする。