青
その日の夜、クロが話しかけてきた。
「お母さん、アカから聞きましたよ、まだ外に出たがっているのですか」
「そりゃあ、出たいよ」
「もう、仕方のないお母さんですね……仕方ありません」
「……手伝ってくれるの?」
「はい、勿論です、お母さん」
クロは、機嫌良くそう答える。
良かった、問題が一気に解決した。
もしかしたら前の時は機嫌が悪くてあんな返答をしたのかもしれない。
けど、クロは普段はとても理知的だし、一族の中で一番かしこいって話だ。
きっと、私の為に考えを変えてくれたんだな。
ありがとう、クロ。
「ヒトである以上、その欲求があるのは当然のことです」
「私が生誕してからずっとお母さんを観察してきましたが、一度もその行為をしたことはありませんでした」
「きっと、私達を育てるのに気をとられて、自分の欲求は後回しにされていたのですね」
「尊い」
「けど、大丈夫、これからは私がいます」
「そりゃあ私はスライムですから、最初はちょっと失敗とかするかもしれませんが」
「時間は沢山あります、最終的にはお母さんの満足行く結果を導く出せると保障します」
クロは1人で熱弁をふるいながら、少しずつ私に近づいてきた。
何か話の流れがおかしい気がする。
「……何の話をしてるの?」
「性的欲求の話ですよね?」
「え?」
「外に出て相手を探さなくても、私達で対処できますよ、それくらい」
「私以外の姉妹も、決してお母さんの性的欲求を拒む事はありません」
「体液を摂取する事で性別や種族を無視して子を作ることが出来ます」
「きっと、お母さんを満足させてあげられますよ」
「……」
「さあ、服を脱ぎましょうね、お母さん」
クロが、私の身体に纏わりついてくる。
掴んで押しのけようとしても、軟体であるが故にすり抜けられる。
……あれ、これ、洞窟に落ちて以降で一番のピンチなんじゃないかな。
クロの冷たい手が私の身体に触れる。
肌の上を軟体の何かが這うような感触。
まるで複数の指で触られているかのような。
「クロ、止めて」
「遠慮しなくても大丈夫です、怖くないですから、痛くしませんから」
うん、聞こえていないなコレ。
私はそのまま押し倒された。
グチュリ、と私の上にクロの身体が乗って来る。
手足は既に拘束されており、逃げられそうにない。
仮に手が使えたとしても……悪意が感じられないクロを傷つけるのは躊躇しただろうけど。
半ば諦めていた私の視界を、青い何かが横切る。
それと同時に、ザプンっと音がしてクロの上半身が消し飛んだ。
私を拘束していたクロの身体が、ベチョリと崩れる。
何とか動けるようになった。
そんな私を見下ろし、手を差し伸べてくる青い人影。
「母さま、だいじょうぶ?」
アオだ。
ヒトの形へと変体を遂げたアオが、助けてくれたのだ。
「アオ、どういうつもりですか、お母さんの性的欲求解消を妨害するなんて」
「母さまは嫌がってた、ボクは母さまの言葉を信じただけ」
「嫌よ嫌よも好きのうちという言葉があるのです、照れによる拒絶を本気にしてどうするのです」
「なにそれ、意味わかんない」
吹き飛ばされたクロの上半身と、私の上から零れ落ちた残りの粘液が合流する。
何事も無かったかのように、クロは復活を果たした。
「これだからお子様は始末に終えません、判らないなら下がっていなさい、これは系譜最先端である私からの命令です」
「ボクの方がお姉ちゃんだけど」
「一番最初の生誕しただけでしょう、後に生まれる個体の方が優秀であるのは自明の理」
「ボクの方が母さまと良く遊んだ」
「私がヒトの形になる為に自己改造していた隙をついて遊んでいただけでしょう!誰のお陰でその形になれたと思って!?」
「母さまは、ボクが捕った魚を見ていつもほめてくれる」
「ガボガボガボガボガボガボ!」
喧々囂々。
どうやら、スライム達も一枚岩ではないらしい。
アオは、クロよりも私を尊重してくれているようだ。
この日、私はクロとの子を作らずに済んだ。
けど、クロは諦めてないように思える。
ちょっと、怖いなあ。
~66日目~
アオの身体は、やはり私を模した物だった。
アカと明確に違うのは、髪に類似した部位を纏めて後ろで垂らしている点。
彼女達は個体差を守ろうとする意志がある。
同じ「私と似た外見」であるが故に、意識して差異をつけたのだろう。
「母さま、あれとって」
「うん、いいよ」
アオに請われて、私は指笛を吹く。
驚き飛び交う蝙蝠に、礫を当てる。
アオは大喜びでそれをキャッチ。
楽しそうなその様子を見て、何故か私も嬉しくなる。
「アオは、水の中とかも好きだよね」
「ちがうよ、母さま、ボクは魚をとるのがすきなの」
「そっか」
「石で遊ぶのも好き、母さまみたいに石投げしたい」
「……アオは、性質的にも私と似ているのかな」
「ボクも母さまみたいになれる?」
「どうだろう、他人にやり方を教えたことは無いけど」
ふと、子供の頃を思い出す。
父とは母、私の教育にとても熱心だった。
ヒトとしての有り方を教えるよりも、狩人としての生き方を優先して教えてくれた。
その知識は、まだ私の中に残っている。
根付いている、と言ったほうがいい。
なら、私にも、両親のように出来るのかもしれない。
「……そうだね、まずは弓の使い方を覚えないと」
「ゆみ?」
「そう、私が一番得意な得物、石なんかよりももっと速く遠くまで飛ぶ」
「すごい!見せて見せて!」
「ううん、それは難しいかなあ」
「どうして?」
「ここに落ちてくる時、無くしちゃった」
「ここに……」
アオは、天井の穴から外を眺めた。
何か、考えているようだ。
「……ここの、外には、何があるの?」
「色々あるよ、森とか、村とか」
「それだけ?」
「……もう少し南にいくと、帝国領がある、その向こうはまた別の国があって」
「くに?」
「沢山のヒトや、ケモノが住んでいる所だよ」
「どれくらい沢山?」
「数えられないくらい」
「そんなに?」
「うん」
「ふーん……」
途中から、予感があった。
アオは、活発で好奇心が旺盛なのだ。
この小さな洞窟だけで、満足が出来るはずはない。
だから。
「母さま、ボク、外に出てみたい」
「連れて行って」
こうなる事は、半ば必然だった。