赤
~60日目~
クロがヒトの形になり、言葉を放つようになってから。
私が行っていたアオ達への教育は、クロがやってくれるようになった。
教え方が上手いのか、アオ達の行動は急激に洗練されていく。
流石に声は出せないものの、アオ達も私の言葉を完全に理解して行動している節がある。
クロはこの事に対して、こう言っている。
「私達は同系のスライムですから、有益な知識や能力は各個体に反映されるんです」
「個性を残すために、反映には制限を設けていますけど」
実際、ここ数日でアオ達の形態は急激にヒトに近づいている。
今も、トコトコトコと「歩いて」いる。
だから、少し期待しているのだ。
クロは、私を外に出す気はないらしい。
そこには、確固たる強い意志を感じられた。
頭の悪い私では、説得は難しい気がする。
けど、アオやアカやミドリなら。
もしかしたら、話が通じるかもしれない。
こっそりと、洞窟を脱出するために手助けをしてくれるかもしれない。
~64日目~
アカは、体温が高いスライムだ。
夜、洞窟内の気温が下がり私が寒がっていると、何時の間にか傍にいてくれる。
正直、助かっている。
今日も、眼が覚めるとアカが傍にいてくれた。
いつもと同じで、暖かい。
いつもと違って、声が聞こえる。
「……ママ」
少し驚いたけど、身体を動かすのはやめておく。
アカは、他のスライム達に比べて臆病だ。
特に、私からの視線には強く反応する。
隠れてしまうのだ。
こっそりと首を動かして、後ろにいるアカの様子を伺ってみる。
私の背中に寄り添っているのが見える。
アカの変体は、この短期間で完了していた。
クロのように、完全にヒトの形になっている。
ただ、クロと違うのは……。
「何となく、私に似ている気がするなあ」
顔を洗う時に、水面に移る私の顔。
それに似ている気がする。
先ほどの声は、アカの物だろうか。
だとしたら、もう喋れるという事になる。
少し、会話してみようか。
脱出の為、というのもあるけど。
単純にアカと意思疎通してみたいという気持ちのほうが強かった。
前を向いたまま、後ろのアカに話しかける。
「アカ、私の言葉がわかる?」
「……うん」
「もう、喋れるようになったんだね、クロと比べて、ずいぶん早い気がするけど」
「……うん」
「アカの顔、見てもいい?」
「……いや」
「そっか、残念」
「……」
「……」
お互い言葉を紡ぐことなく時間だけが過ぎる。
けれども、その静けさは決して不快な物ではなかった。
アカもそう感じてくれていると、良いのだけれども。
「……ママは、おこるかも」
「どうして?」
「……アカは、ママ以外のヒトをしらない」
「うん」
「……クロから、ヒトの姿になれって言われても、わからない。……だから」
ヒトの外見に関する情報が少ないから、私を模した形になったってことかな。
納得できる話だ。
けど、それじゃあクロの外見は、何なのだろう。
私とは似ていない。
私の夢に出てきた幼馴染を模した……という訳でもない。
あれは、誰の外見なのだろう。
「……ママ、やっぱりおこってる?」
「私の外見を模したこと?そんな事では怒らないよ」
「……そう。……よかった」
「じゃ、見ていい?」
「……やだ」
「残念」
まあ、アカの姿をちゃんと見る機会は、そのうち生まれてくるだろう。
この洞窟は狭く、時間はまだたくさん有るのだから。
「……ママは」
「うん」
「……お外に、出たいの?」
「……そうだね、出たいよ。ずっと、そう思ってる」
「……アカ達の事が、いや?」
「違うよ、そうじゃない、そうじゃないんだ。私はね、アカ、約束をしたんだ、あるヒトと」
思い出すのは彼女の事。
今彼女は、何をしているだろうか。
怒っては、いないだろうか。
「洞窟に落ちちゃったことで、その約束を破ってしまった。ずっと、破り続けてる。それが、嫌なんだよ」
「……」
「アカ?」
「……アカは、ママと離れたくない」
その言葉に反して、暖かい感触が背中から離れた。
ううん、話の仕方を間違えちゃったのかな。
こんな時、幼馴染だったらどうするんだろう。
どうしたら、いいんだろう。