最終話.「ガ、が、ガブリエラッ! ガブリエラ、ガブリエラ、ガブリエラぁぁぁぁぁぁあああ! この四角い顔面がぁぁぁぁぁぁぁあああぁああああ!!」 …………は?
『いいか、俺がフロイライン・ヒルデガルドに婚約破棄を言い渡したら、家令大臣は婚約破棄を阻止すべく、暗号魔法にあったプランBで動くはずだ。そうすれば裏が取れる。その時に確保するぞ!』
『──御意!』
『よし、配置へ!』
敵に悟られてはならない。
極秘裏に通じ合い、いつも通り振る舞う私たち。通信の魔法は使えない。傍受されてしまう。だが、今の私たちはお互いの所作、目を見ただけで以心伝心できる。
皇帝陛下生誕50周年の祝賀会。宮廷の大広間で華やかに開かれる舞踏会は、殆どの王侯貴族が集結するだけでなく、民間の要人までもが畏まって集まっている。
ヒルデガルド嬢はアーシェリー嬢を不倶戴天の敵と睨み付け、巧妙に悪巧みを演じて見せる。しかし度重なる苛めと派閥争いを経て、密かに気炎万丈となったと言う設定のアーシェリー嬢は、その悪巧みを巧妙に察知してさばいて魅せた。
──ナイスアドリブである。
そして私は、半ば強引に言いくるめられ、妙に艶やかなドレスを着せられていた……。
(み、見ろ! ガブリエラ様のドレス姿だっ!)
(ガブリエラ様に化粧など必要ない! 見ろ! あのナチュラルな四角を!)
(あ、脚が長すぎる……! あの足で、踏まれたいっ……!)
(あの上腕二頭筋で抱かれたら、どんな夢を見れるのだろうか……)
(しかし勲章の桁が一桁おかしくないか!?)
(まるでドレスの上から羽織った、ドラゴンアーマーの様だ!)
何がドラゴンアーマーか……。
確かにジャラジャラはしているが、礼装だから仕方がない……。
私は着慣れないドレスに足がスースーして、どうにも恥ずかしくて仕方がなかったが、いざと言う時に邪魔になってはならないよう、思い切ったスリットが入っている。いや、物凄く思いきっている……。一体だれのいたずらか?
とにかく、私はいつに無く集中する。私は皇帝陛下及びアルベルト皇太子殿下の警護最高責任者としてそのお傍にはべっているのだ。
そしてそこから見渡す景色……。ここぞとばかりにめかし込んだ紳士淑女たちが、数百人規模のオーケストラの奏でる優美なワルツの調べに、男女の輝く二足を踊らせる。
家令大臣は不敵な笑みを浮かべて、堂々と灰色のロビー活動をしている。だが、まだ目立った動きはしていない。時折なにやら耳打ちをする画角もチラホラあるが、演奏が邪魔で当然聞こえるわけがない。
そうして帝国を演奏する舞踏曲も、No.13にさしかかった時、突如として事件が起きた。
か細いグラスが割れる音。
密告を聞いて憤怒して迫るアルベルト皇太子殿下は、あれまと倒れるアインスブルク公女のヒルデガルドお嬢様に強く言い迫った。
上演開始である。
「──これはどういう事だ!」
「あ、アルベルト様! 違うのです! これには深い訳あっての事なのです!」
異変に気付いた踊り子たちは判然として騒然とした。そして演奏家はそのプロ意識から、しれっと暗雲立ち込める空気に合わせて、どうにもマッチした重厚な曲でそれを演出した。
アルベルト皇太子殿下はビロードに踏み込んで声を通らせる。
「いい加減、言い訳は無用だ! 俺はすべて聞き及んでいるぞ! 全ての悪逆、度重なる非道! この外道め! 今までは婚約関係であったから、多少は目を瞑って来たが、もう捨ててはおけぬ!」
「──えっ!? い、今までは!? それはどういう事でございますか!? ま、まさか! アルベルト様!? お願いでございますっ! ご無体でございます! これはアーシェリーのしかけた罠なのでございますぅぅっ!」
「ええいっ! この期に及んでまだ言うかぁぁぁ!」
アルベルト皇太子殿下は手に持っていたシャンパングラスを帝国色に染まった大理石に叩き付けた。
そしてアインスブルク公女のヒルデガルド御令嬢を強く指差し一喝した!
「アインスブルク公女ヒルデガルド! 俺はお前との婚約を、──破棄するっ!」
会場には目に見えぬ雷が落ちた。隠しきれない驚嘆の息を漏らす聴衆。目の光沢が消え失せる悪役令嬢。そしてその父であるハインリヒ卿は指の力が抜けたのか、グラスをそっと落として絶望した。
「ひ、ひ、ヒルデガルド? こ、これは……どういう演目か……?」
──そして奴は、動いた!
帝国枢機内閣家令大臣は一連の出来事に真剣な眼差しとなると、幾人かに耳打ちをしながら、皇帝陛下のお傍へ忍び寄る。私はいつ何が起きても良いよう、手に汗握る拳に力が入った。そして家令大臣が玉座におわす皇帝陛下に、こう、しれっとご助言たてまつるのである。
(──皇帝陛下。陛下のご威光により、この婚約破棄を破棄するよう進言申し上げたてまつります。このままでは、帝国は内戦になりかねません。そうなれば、敵に良いように付け入られるだけでございます……)
──これで確定した。裏が取れた。家令大臣は完全に黒となった!
我々は事前に知っていたのだ!
スパイ通信魔法の傍受により、敵スパイの“プランB”が“皇帝に奸言して婚約破棄を破棄させよ”と言う内容であった事を──。
皇帝陛下は残念そうな御顔をなさった。身内から裏切者を出してしまった……。
だが、満を持して帝国枢機内閣家令大臣へ御応えあそばされた。
「お、おおぅ……それもそうだな……。──アルベルト」
「はい」
「そしてアインスブルク公女のヒルデガルド」
「はい」
「よい余興であったぞ? 朕は満足である。もうよい。アルベルト、彼女を起こしてあげなさい」
「──はい、父上。さ、フロイライン・ヒルデガルド? お手を」
「は、はい……アルベルト様……」
“え?”と、会場を置いてけぼりにする物語。
ホッと胸を撫で下ろす方々もいる一方、何が何だかと五里霧中にいたアーシェリー嬢の仲間は、本人により事情を耳打ちされると、
「──えぇぇぇぇええ!?」
と、叫んだ。
その声に帝国内閣家令大臣は“ハッ!”として後ずさった。
「ま、まさかっ……!」
私の父上はニヤける。
そして意を決して、キラッとその御目を輝かせたもうた皇帝陛下は、聴衆の視線を一身に浴びながら大喝あそばされた!
「──ジョンよ!」
「お、お待ちください! 皇帝陛下! これにはっ」
「──この、裏切者めぇぇぇっ!」
「──ッ!?」
聴衆はまた騒然となる。
「これではっきりした! 皆の者よ! これは演目ではないぞ! 今しがたジョンは、敵国のスパイである事が判明した!」
「────ッッ!!」
「帝国枢機内閣家令大臣ベリーブラックオールドマン侯爵の、ジョンよ! 勅命である! お前をこの帝国から、──婚約破棄する!!」
──お、おおっとっと!?
そして皇帝陛下は間髪入れずに私へと御勅命を下し賜うた。
「ガブリエラ卿! この不届き者を、逮捕せよっ!」
「──ハッ!!」
「えぇ!? えぇええ!? うえぇえぇぇええええぇぇえ!? うわぁぁぁぁああぁぁああ! く、くそぉ! あぁぁぁああ! そうは行くかぁぁぁぁっ!」
なっ! 意外と素早かった元・家令大臣のジョンは、私の手をかわして広間への階段を転げ落ちた。
「──あ痛たたっ、痛いっ! く、くっそぉぉぉ! な、ならばプランCだ! ──お前ら! 出会え! 出会え! であえぇぇぇぇ! こうなれば、毒を喰らわば皿までよっ!」
──だがしかし、誰も動かなかった。
「ふぇ!? お前ら……? ウッドスプーン子爵!? ビッグモンド伯爵!?」
「ジョン卿……おいたわしや……」
「──は、はぁ!? ゴールドラバー!?」
「いかがなさいましたか? 私はあなた様の事を良く存じ上げないのですが……」
「──はぁぁ!? じゃあレッドシャーム男爵は!?」
「……ん? 良く聞こえませんな、ジョン卿」
「──く、くそおっ。ブルジョア! お前は約束を守れよ!」
「一体何の事でしょうか? 嫌ですわ、こわい……」
「──はぁっ? このっ裏切ったな! ロケットドラゴンッ!」
「ああごめん。駐車してあったジョンの高級馬車、ぶっこわしちゃったわ」
「──はぁぁあ!?」
そしてヒルデガルド嬢はドレスの裾をひるがえして、超上から目線で言い放った。
「──観念なさい? ジョン卿? 貴方の放った体育教師のスパイは、すでに私たちの手に落ちたわよ? 何もかもぜ~んぶ喋ってくれたの。司法取引でね。もう無理ね? さようなら。私の論文を台無しにしてくれた、お、じ、さ、ま?」
「あっ、あっ、あああっ、あはぁぁぁぁ……あはぁぁああああぁぁぁあぁぁぁっぁぁあああ! ひぃぃぁぁぁあああぁあ!」
過呼吸になるジョン。冷や汗が滴るジョン。目が飛び出るジョンジョン。
冷ややかな視線が彼へと注がれる。痛い。あまりにも痛すぎる。無情な視線が彼へと突き刺さる。そして気の狂った彼は、うすら笑っている。
そんな彼へ、私は剣を抜き、言い放った。
「──神妙にしろジョン。お前はもう、ゲームオーバーだ」
「ガ、が、ガブリエラッ! ガブリエラ、ガブリエラ、ガブリエラぁぁぁぁぁぁあああ! この四角い顔面がぁぁぁぁぁぁぁあああぁああああ!!」
……は?
「いくら派兵しても、倒され、倒され、倒されつくされる! お前のせいだぞ! ガブリエラッ! おまえのせいだぁぁぁぁあああ! この女オーガがぁぁぁっぁぁぁぁぁあああ!!」
……で?
「だ、だから我等は内部工作に切り替えたのだ! 何年もかけてじっくりステーキを焼く様に、転覆の伏線を貼り続けてきたのにっ! このブスがぁぁぁぁぁぁぁあああアァァァぁああああああああ!!」
ブスで悪かったな。
「何故だ!? なぜいつも俺の邪魔ばかりをするっ、ガブリエラ! お前がいなければ、俺が皇帝になっていたのにぃぃっ! う、うぐぐ……。なぜ邪魔ばかりするっ! がぶりえらぁぁぁぁぁぁぁあああああぁっ!!」
──知らんがな。
「チッきしょぉぉぉめぇぇぇぇぇえええええ! おっぱいブルンブルンンンッ!」
ジョンは壊れた……。
私は言った。
「──私はお前の、死神だったな? 連行せよ」
「きゃぶりえりゃぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁっぁぁぁぁあぁっぁぁっぁあぁぁぁあぁっぁぁぁぁあぁあっぁぁぁぁぁっ────────……………………」
終わった……。
経済破綻工作は未遂に終わった……。
そして国家転覆罪は極刑である……。
彼はこの後、悪名高き幽閉塔にて終身刑になり、もう二度と外の世界を拝む事は無いだろう。彼は、死神である私によって最悪な人生の再スタートを切る事となったのである。
これは後に、政財界を震撼させた伝説の事件として語り継がれてゆくだろう……。
その後、万策尽きた北の帝国は進退窮まって我等の帝国と和平した。
ヒルデガルド嬢は皇帝陛下に嘆願して婚約破棄をそのままに、自由と資本金を得て、飛空艇で貿易会社を起業した。そしてアーシェリー嬢はヒルデガルド社長に付いて行き、仲間たちと共に世界の疫病と戦うと誓ったのだった……。
二人は大空へと旅立った…………。
──世は平和となったのである。
アルベルト皇太子殿下はお寂しそうに、私に仰った。
「はぁ……。二人の良妻賢母にふられちゃったよガブリエラ……」
「恐れながら、これはふられたと言うのでしょうか?」
「さぁ~な……。ところでガブリエラ」
「何でございましょうか?」
「──俺達、結婚しよっか?」
「…………はぁ?」
「じょーだんだよっ! じょーだん! ハッハッハッ!」
「はぁ、お戯れを…………」
色々パロってます。
そしてここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
それではまた、お元気で。
2022.6.9追記
誤字脱字の報告ありがとうございます!
一話から最終話まで通して大部分の提案を適用させていただきました。
確かに……と思える指摘が多く勉強になりました。
ありがとうございました!