第5話.「オラオラオラァ! 前の馬車おせ~んだよ! ダッセー馬車に乗りやがってよ! プップップー! オラオラァ! この道はお前等のもんじゃね~んだよ! 俺のもんだ! ドケドケッ!」 …………は?
「年末に二国間シンポジウムがあるわ! あなたもそれに参加しなさい! 勝負よ!」
「──え、えぇぇぇぇえ!?」
ヒルデガルド嬢は、ドジっ子特待生アーシェリー嬢にそう言い放った。
私の所属する帝国は、皇后陛下の故郷である隣の王国と婚姻を通じて深い同盟関係にある。軍民様々な分野で相互援助関係にある両国は、年に一度それを活性させる目的で、大々的にシンポジウムを開催していたのだ。
そこに参加する事は大変名誉な事であるが、逆にメンタルを試される場ともなっていた。将来を担うエリートであれば、いわば登竜門でもあった。
無論帝国軍元帥である私もゲストとして呼ばれている。
こちらは大したことは無い。何故ならば、戦場を共にした見知った面々とあーでもないこーでもないと会話するだけであったからだ。
そして時は経つ。
ヒルデガルド嬢は多忙の中、経済学についての論文を書き始める。
アーシェリー嬢は仲間を募って錬金薬学の研究を開始する。
私は新兵の顔を睨み付ける。
ヒルデガルド嬢は、経済学者とディスカッションして不備を精査する。
アーシェリー嬢は仲間と共に、疫病に苦しむ村へ訪れ原因を探る。
私は新兵に泥の味を教える。
ヒルデガルド嬢は遂に“ニッチとマスの間にある経済”という論文を完成させた。
アーシェリー嬢は数多の治験を乗り越えて、一つの抗生剤を完成させた。
私は、立派な戦士となった者共の肩を叩いて、一緒に泣いた。
私がシンポジウムで先陣を切ると、歴戦の顔見知り達は容赦ない反論の刃を振り下ろしてきたが、私は全て返り討ちにした。
発表よりも長い質疑応答の時間は、ヒルデガルド嬢とアーシェリー嬢の二人へ良い緊張感を与えただろう。
しかし数多の研究者たちによる鋭い口撃もよくさばき、最後は拍手喝采と賛辞の言葉に二人は一躍時の人となったのであった。
帝国は面目を保った。両国の貿易の在り方が変わろうとする。魔法薬学会の次の道が示された。私は東方無双の豪傑と槍300合の会話を交わして親睦を深めた。
緊張は解き放たれた。帰りの馬車でホッと一息つく一行。我々は帰途につく。
その時、また事件は起きたのである。
「オラオラオラァ! 前の馬車おせ~んだよ! ダッセー馬車に乗りやがってよ! プップップー! オラオラァ! この道はお前等のもんじゃね~んだよ! 俺のもんだ! ドケドケッ!」
煽り運転かよ……。
散々馬に鞭打ち煽り散らす御者は、対向車を無視して遂に追い抜こうとすると、対向車との接触を避ける為に我々の乗る馬車へぶつけて来た。
そして我々の馬車を無理やり止めると、ぞろぞろと降りてきては叫び散らすのである。
「おめ~らのせいで俺の大事な愛馬車が傷ついたじゃね~か! どうしてくれんだゴラァ! 降りてこいや下手くそがっ! ぶっ飛ばすぞ! 俺は古今無双の大帝連合総長! ロケットドラゴンだぞ!」
馬車の戸を激しく叩く男。そしてその仲間は我々の馬車を取り囲んだ。
やれやれと、私は戸を開け降りた。
「うっ──!? へ、へへ! で、でけぇ~女だからって何なんだ! 俺は容赦しねーからな!」
すると、もう一人馬車を降りた。降りたのはシンポジウムで親睦を深めた東方無双の豪傑だった。
「──げ、げぇ!? 本多関羽! え、あ、そ、その……え、えへへ……さよなら~!」
「──待て」
襟足の襟を掴まれるチンピラ。足をばたつかせても宙に浮いているので走れない。
本多関羽殿の身長は230cmもある。重さ200kgも片手で優に持ち上げられるその肉体は、何も考えずとも、そのチンピラを簡単に持ち上げられる。
「ひ、ひぃ! ひぃぃいぃいいぃいいい!」
チンピラの部下のピンピラは、脱兎の如く逃げ出そうとした。
しかし時すでに遅し。騒ぎに駆け付けた私の鍛えたかつての新兵たちが、こいつ等を取り囲んだのである。
「すいやせん! ガブリエラ様! 少し遅れました」
「──遅い!」
しかし本多関羽殿は言う。
「いや、せっかくの景色を楽しみたいと言って護衛を遠ざけたのは拙者である。お主たちに落ち度はない。──それより貴様。この落とし前、どう道理を示す? ん?」
「いひっ、ひぃ! お、お、おたすけぇぇぇぇえぇぇええぇぇえええええええ! 神様、仏様、本多関羽さまぁぁぁぁああああああああぁあぁぁあああああ!!」
全力でスライディング土下座するチンピラたち。もう土下座じゃ足りないだろうとうつ伏せの大の字になって降伏する彼ら。彼らはこれでもかと帝国道の砂利をかじった。
しかし本多関羽殿の乗っていた馬車はかつて先帝も愛用したサーベルタイガーEタイプというクラシック馬車であった。見た目は古いが、帝国に3台しかない超レアな馬車であったのだ。
それにぶつけて、しかも煽り運転の恫喝騒ぎである。彼らに待ち受ける運命は、火を見るより明らかであった。
「うひぃ、うひっぃい、ごめんなさぁぁぁあああい! うわぁぁぁああああん!」
謝っても無駄である。彼らは一発免停である。しかも任意保険に入っていなかった為に多額の修理費と賠償を請求された。そして妨害運転罪等の帝国道交通違反の数々はもはや刑事事件である。
彼らは、直ちに我が軍の再教育訓練所へと強制移送された……。
「──散々だったなガブリエラ」
「これは皇太子殿下」
「私の不手際です。かの貴賓にとんだご迷惑をおかけしてしまいました。覚悟はできています。罰は何なりと甘んじてお受け致します」
「いやいや、是非に及ばず。最近帝国道を暴走して迷惑だった珍走族を一網打尽に出来た。本多関羽殿も役に立てて光栄と、豪快に笑っておられたぞ。まっ、そう言う事だ。気にするな」
「寛大にして過分なお言葉、正に身に染み入る思いにてございます……」
「ハハ。ところでフロイライン・ヒルデガルドとアーシェリーの勝負の事だが、俺の答えは“ジャンルも違うし甲乙つけがたし。引き分けとする”と伝えてくれ」
「畏まりました」
「ただ……」
「ただ、何でございましょうか?」
「はぁ……。ちょっと聞いてくれよガブリエラ……」
「いかがなさいましたか?」
アルベルト皇太子殿下は淡然と仰られた。
「──俺とフロイライン・ヒルデガルドとの婚約が決定したよ」




