第4話.「あなたみたいなド底辺校の娘が、どうやってここに転入できたのかしら!? 私のように元ブルジョア学院の超高学歴首席ならまだしも、どんな手を使ったのか言ってみなさい!? この貧乏神!」…………は?
(キャー! 見て見て! ヒルデガルド様よ! わ~!)
(足長~い! 目も綺麗~……。まさに大人のレディー……いいな~)
(私、勇気をもって聞いてみる!)
(え!? 何を? ちょっ!?)
「──ヒルデガルド様! ヒルデガルド様! 今お時間よろしいですか?」
「あら? どうしたのかしら?」
「わ、私、今ダイエットしてるんですけれど、中々体重が落ちなくて……」
「そうね。ダイエットで重要視すべきなのは、体重を落とす事ではなくて、プロポーションを良くする事ではなくて? 適度な運動をして代謝も良くなれば、必然と筋肉も付いて体重は底打ちするわよ?」
「──え、えぇ!? そうだったんですか!? あ、ありがとうございます!」
「ダイエットは何の為にするのか、まずはそこを良くお考えに」
「──は、はい!」
(わ~!)
ほう? ダイエットか……。
(み、見ろ! ガブリエラ様だ!)
(え!? 僅か手勢100騎で敵軍25000の背後を奇襲し、潰走至らしめたあのガブリエラ様が今そこに!?)
(な、なんと! たった100騎で25000をだと!? に、にわかには信じ難い……)
(父はその100騎の1人だった。まるで女オーガのようだったと……)
(くっ! 僅か数メートルの距離なのに、なんなんだ!? この絶対に縮まらない距離感は──ッ!)
最近妙に男子が増えたな……。
ちょっと謙虚になった偽りのエミリーを侍女として従える私。
すると、何か電信柱にでもぶつかったかの様に倒れる見慣れない女の子。
「──わぁっ!」
「ん? お、大丈夫か?」
「す、すみません! すみません! 今考え事してて、男子柔道部の先生!」
見知らぬ女の子はペコペコすると逃げるように去って、席に座っては教科書で顔を隠してしまった。……男子柔道部の先生? ヒルデガルド嬢は言う。
「あら、失礼な子ね。それともただドジなだけかしら?」
「見慣れない子だが……」
「最近、民間から優秀な子を特待生として数人受けいれたのよ。あの子はその一人ね」
「それは良い。優秀な人材は多いに越したことはない。広く受け入れる事には賛成だ」
「でもお行儀がなってないわ。ちょっといじめちゃおうかしら?」
「ん? 訓練か?」
「訓練? そうね、訓練ね。うふふ」
いや冗談だが……。
「所でガブリエラ様?」
「なんだ?」
「わたくし、珍しいマジックアイテムを手に入れましたの」
彼女はタロットカードを机に置いた。私は言う。
「私は占いを信じない。ポジティブな内容で士気が上がればよいが、いつもそうとは限らない」
「大丈夫ですわよ? この“先を示す大アルカナ”は、変えられる運命しか示さないわ」
「ん~……」
私は、デッキの一番上を一枚めくってみた。
「ん?」
──死神だった。
「ぷふふっ」
「何が可笑しい?」
彼女はにこやかに言う。
「ご、ごめんなさい。これは“あなたに”ではなくて“あなたが”と言う意味でしょうね」
「どういう意味だ? 不吉な意味か?」
「死神は不吉とされるけれど、輪廻転生や再スタートと言う意味もあるわ」
「──ほう?」
「試しにさっきの子を占ってみましょうか」
彼女は一枚めくる。
──世界、だった。
「あら、これは……」
「どういう意味だ?」
「あの子もしかしたら……」
ヒルデガルド嬢が神妙な顔つきになる。すると、事件が起きた。
「──ちょっとそこのあなた!?」
「……え? え!? わ、私ですか……?」
突如として現れた不機嫌な女。さっきの女の子を指差し言う。
「あなたみたいなド底辺校の娘が、どうやってここに転入できたのかしら!? 私のように元ブルジョア学院の超高学歴首席ならまだしも、どんな手を使ったのか言ってみなさい!? この貧乏神!」
ずいぶん言うな……。
努力した結果の高学歴は賞賛に値する。しかしそれを笠に着て、過剰に自慢し他者を蔑視するのは、学歴以前に自身の品性を貶めてしまう行為ではないか?
ヒルデガルド嬢は私に耳打ちする。
(あの子も特待生ね)
(ほうほう)
何事かと野次馬が集まる中、ドジっ子は反論しようとするが……
「わ、私はちゃんと──」
「──ど~かしら? どうせどこかの誰かに股を開いたのではなくて? ──ほんっと不潔! 今すぐここから出て行きなさい! 貧乏神!」
「ち、違いま──」
野次馬たちはドジっ子を見てヒソヒソ話を始める。それを見たドジっ子は居ても立って居られなかったのか、教室から去って行った……。
(ッ~~~~…………)
勝ち誇ったドヤ顔で、見届ける不機嫌だった女。するとヒルデガルド嬢が声をかける。
「ちょっとそこのあなた? こっちへいらっしゃい?」
「は、はい! 喜んで!」
すると“来た! チャンス到来!”とばかりに目を輝かせる彼女。
私たちは人気のない別室へ移動するとヒルデガルド嬢は切り出す。
「あなた中々の悪ね。気に入ったわ? 私の下僕にしてあげる」
「え! 良いのですか!? 何なりとお申し付けくださいませ!」
「何なりと?」
「はい! ヒルデガルド様の為ならば!」
「じゃあ……さっきのあの子を“この学校へ二度と来れない様に虐め倒して”くれる? わたくしあの子、気に入らないの」
「う、うへへ! お安い御用で! ではあの大切そうにいつも抱えているノートをビリビリに引き裂いてごらんに入れましょう!」
「そうね。そうしてちょうだい?」
「うひひ、ヒルデガルド様も中々の悪のようで」
「あなた程ではないわよ?」
「うへへへへ! それでは……」
「──ちょっと待ちなさい?」
「はい、喜んで!」
去ろうとする曲者。それを呼び止めるヒルデガルド嬢。私は黙って見届ける。
「ところで私はあなたを本当に信用して良いのかしら?」
「と、申しますと?」
「ついでなのだけれども、あなた、この学校に転入するのに幾ら積んだのかしら。教えて私の信用を得てみなさい?」
「えっ!? あ、そ、そうですね……さすがはヒルデガルド様にございます。お見通しとはくわばらくわばら……。いや、実はゴムフォーク理事へ、菓子折り(賄賂)を100個程……」
「そう、自供ありがとう。──理事長?」
するとガラガラと扉が開く。そこには鬼瓦の顔をした理事長が居た。
「──話は全て聞かせてもらったわ」
「へ? ……へえぇぇぇえええ!? はぇぇぇええええっぇぇえええええ!?」
「学院憲兵! 連れて行きなさい! 詳しい話は尋問室でじっくりしましょう」
「は、はめたなぁ!? まっ、まって! これは誘導尋問だッ!」
すると、理事長は恐ろしい事を言い切った。
「──この帝国の辞書に、誘導尋問という文字は無い! 連れて行け!」
「ハハッ!」
「う、うわぁぁっぁあああ! 私は知らない! すべては父がぁぁぁぁああ!」
この事件の影響は瞬く間に政財界へと広まった。
そして叩けば叩くほど出て来る埃に、彼女のブルジョア一族と関係貴族は決定的な打撃を受ける事となった。これには裏で暗躍する政界のフィクサーが大いに絡んでいたらしく、知る人ぞ知る伝説のスキャンダル事件として歴史に残る事となった。
かくしてドジっ子は、その事を知らずに汚名をそそいだ。
不憫に思った高貴な方々は、彼女と交流を深めて、ドジっ子は晴れて勉学へ集中する事が出来るようになったのだった。
後日、私の父上は裏口入学したあの女子を、士官学校戦略部策略科へ転入させた。
士官学校戦略部策略科とは、流言飛語、駆虎呑狼、離間の計と、ありとあらゆる姦計を得意とする、いわば将来の軍師たちが集う策士の学科である。
まぁ精々、策士策に溺れない様、再スタートすべし、という訳である。
だがヒルデガルド嬢の表情はパッとしなかった。
彼女は私に一枚のタロットカードを渡して言うのである。
「──変えられない運命なんてないわ。きっと変えてみせる」
去り際の彼女が私に手渡したタロットカードは、
──塔だった。