魅了魔法が効かない彼女の場合。
「流石に、耐えられないだろ、これは………………」
熱い息が首筋にかかる。甘いにおいがする。唇の柔らかい感触がする。
肩口に顔を埋められて、低くてかすれた声が耳に響く。
耳を小さく舐められた気がした。
「ああ、ミモザ……………………」
……
ミモザ・レインディアは何の変哲もないただの女の子だ。
魔法使いの国の普通の魔法使いの両親のもとに生まれ、特に満足でもなく不満でもない毎日を過ごし、特筆すべき得意なこともなく今日まで生きてきた。
そして今日、皆と同じように、魔導の最高学府に入学した。
ミモザの成績が飛びぬけて良かったわけでは、勿論ない。
魔導の権威や名だたる魔法使いが籍を置く最高学府と言えど、その間口は広い。
高等部を卒業さえできれば、自動的に入学できるのだ。
ミモザは自らに割り振られた数字の羅列が書かれた親書を握り締め、巨大な学校の広大な庭の中にいた。
キラキラした水を噴き出す真っ白な噴水の隣で、学部割の掲示を見ている他の新入生たちと同じように、自らもどの学部に入れられたのか確認しているのだ。
高等科までは魔導の基礎を学んできたが、魔導の最高学府になれば個人の魔力の質に合わせて、個人の意思とは関係なく学部が決められる。
「……ありました」
ミモザが配された学部は、魔導防衛学部だった。
国の軍部で、守備の要となるために徹底的に防御魔法に特化して学ぶ学部だ。
防御魔法の他幾つもある科目で何もかも平均だったミモザは、適当に防衛学部に入れられたのだろう。防衛魔導は毎年適正者が少ないというし、数合わせなのかもしれない。
ミモザには特にやりたいこともないし、学部なんてどうでもいいので、この配属に文句はない。
適当な成績を取って、適当に学校を卒業して、学んだことが生かせなかったとしても、適当なできる仕事に就けばいい。
防衛学部の教室は思ったより大きくて、思ったよりたくさんの生徒がいた。
多分、ミモザと同じようにどの科目も平均か平均以下で、特に得意なものがなかったような生徒だろう。
自分に与えられた席に着き、左右を見回した。
右は何の変哲もない男性。
そして左、窓とミモザに挟まれた位置に座っている男性は、見るからに普通ではなかった。
まず、人を寄せ付けないオーラが凄い。目が鋭い。眼鏡越しの一瞥だけで人を殺しそうだ。本を読んでいる。ものすごいスピードでページを捲りながら何やらブツブツ呟いている。
ミモザは直感した。
……この人と関わることはなさそうだな。
この人は凡人と一線を画している。強い魔力を持つ者から感じられる圧力が彼から滲み出ている。
多分、数少ない防御魔法の適正者、いわゆるエリートというやつなのだろう。
しかし、関わらないだろうというミモザの予想はすぐに外れることになる。
ぐう~
左隣から大きなおなかの音が聞こえたからだ。
入学式は学部発表の日の前に既に終わっていたので、講義は今日から猛スピードで始まっていた。
だからミモザは必死に、卒業できる分だけはノートを取ろうと集中していたのだが、左隣のおなかがぐうぐううるさい。
おなかの音が邪魔をするので、厳しそうな教官の声がミモザにはよく聞こえない。
「私のお弁当……食べます?」
「いらない」
お腹の音の主は左隣のいかにも天才肌と言った風貌の眼鏡の男だ。
たまりかねてこっそり提案したら、こちらも見ずに速攻で拒否された。
「……だがやっぱり、どうしてもと言うなら」
速攻で拒否されたと思ったら、やはり空腹には耐えられなかったらしい。手のひらを返してきた。
「まあどうしてもとは言いませんけど、どうぞ」
眼鏡男が顔を上げたので、弁当のサンドイッチを差し出したミモザは彼と目が合った。
彼は一瞬固まり、サンドイッチを受け取ろうと伸ばしていた手を一瞬でびゅんっと引っ込めた。
ボトン!
眼鏡男が手を引っ込めた所為で、ミモザのサンドイッチが床に落ちてしまった。
サンドイッチはきつく封がしてあったので床にぶちまけられることはなかったが、何やら忙しない雰囲気に気が付いた教官がこちらをギラリと睨んでくる。
「す、すまない」
眼鏡男は恐る恐る落ちたサンドイッチを拾うと、恐る恐る包みを開いて、恐る恐る本の後ろに隠れて食べようとしていた。
しかしなかなか一口目を食べようとしないので、まだ彼のおなかがぐうぐううるさい。
「毒は入っていませんよ。心配なら私が毒見しましょうか。貸してください、一口食べて見せます」
「は、はぁ?お、お前が齧ったところなんて食べられる訳ないだろ!もういい、こちらを見るな、気が散る」
「……食べるのに集中力は要らなくないですか」
「煩い、どこかへ行け」
授業中なのに無理難題を言ってくる。彼の要望通りミモザが突然立ち上がってどこかへ行こうものなら、あっという間にあの厳しそうな教官のチョークによって串刺しにされてしまうだろう。
「まあ、貴方の方は見ませんので、どうぞゆっくり食べてください」
ミモザは頬杖をついて視界の左側を覆うようにしながら、講義に集中力を戻すことにした。
「昨日、お前は昼を食べていなかったな」
次の日の朝、ミモザが席に着くと、左隣の眼鏡男が少しだけ申し訳なさそうに呟いた。
ミモザの方を見てはいないが、ミモザに対して話しているのだろうと言うことは分かった。
「誰かさんにあげてしまいましたから。まあ、食堂にでも行けばよかったのでしょうけど、おなかはすいていませんでしたので」
「これをやる」
眼鏡男が差し出したのは、幾つかのフワフワの白パンだった。
眼鏡男の鋭い印象とは正反対の、穏やかな色をした袋に入ったフワフワのパンを見て、ミモザは少し笑った。
「ちゃんと食べろ」
「昨日の貴方こそ、ちゃんと食べていなかったのではないですか?」
「朝はなかなか起きられない」
「でも、今日はちゃんと起きられたのですね」
「それはどうでもいいだろ」
「まあどうでもいいですけど。でも、丁度良かったです。私、今日の朝食べ損ねましたので、早速いただいていいですか」
「好きにしろ」
膝の上にパンの包みを置き、それをガサガサやってフワフワのパンを取り出した。
「いただきます。あれ、まだ温かいですね。焼き立てですか?いいにおい。貴方も一口いかがです?」
「い、いらない。全然焼き立てじゃない。お、俺はもう行く」
「どこへ行くのです?もうすぐ予鈴鳴りますけど」
ガタンと音を立て眼鏡男は立ち上がったが、腕時計を確認したミモザが呼び止めると、彼はすごすごと自分の席に帰ってきた。
一瞬目が合って、恨めしそうな顔で睨まれた。その時、少し頬が赤いなと思ったのは気のせいだっただろうか。
ミモザが彼を2日間眼鏡男、と呼んでいたのは名前を知らなかったからだ。
しかし、次の実習訓練の時間に彼の名前はユリウス・グレイシャーというのだと判明した。誇らしそうに彼の名前を呼んだ教官が彼は防御魔法の申し子だと、そんなようなことを口走っていた。
その実習で彼が見せた防御魔法は恐ろしく強固で、恐ろしく頑丈だった。
魔法使いの肉を虎視眈々と狙う人狼や狡猾な吸血鬼達を、国の軍人たちに交じって相手にしても、もう十分通用するレベルなのではないだろうか。
教官に褒められて彼はうんざりした顔をしていたが、ミモザはやっぱりなと思っていた。
席は隣ではあるが、天才と凡才の間には大きな壁がある。
ご近所のよしみでサンドイッチはあげたりしたが、元々はミモザとは全然違う世界の住人なのだ。
こうして名前は知ったが、これから呼ぶことなんてないだろう。
「おい、今日の朝はちゃんと食べたのか」
「食べましたよ。というか、飲みました。ちゃんと牛乳を飲みました」
「ちゃんと食べろ」
もう天才眼鏡とは関わることはなさそうだなと思っていたが、あれからまた何回か、ミモザはユリウスから白いパンを貰った。
ユリウスはミモザの事を、おなかをすかせた猫か何かかと思っているのかもしれない。
まあ、彼がくれる白パンは絹のようですごく美味しいから、貰えればうれしいのだけど。
「お前の実家はどこの田舎だ」
「田舎と決めつけないで欲しいですね。私は生まれも育ちもこの王都ですよ。それより貴方の田舎はどこの田舎です?」
「俺こそ生粋の王都生まれ王都育ちだ」
ユリウスは機嫌がいいと冗談も通じるが、下手なことを言うと、すぐ機嫌を損ねる。
「じゃあドワーフの祭りも知ってます?夏の一週間だけ王都と彼らの地下王国を行き来できるようになるあれです。もうすぐその時期が来ますから、どうです、一緒に行ってみません?日頃の白パンのお礼です、何かおごりますよ」
「はぁ?!そんなもの、い、行くわけないだろ!それに、お前におごられる筋合いはない」
ほら、このように。
ミモザがお礼をしようとしただけなのに怒られるのだ。
行くわけない!なんてものすごい勢いで拒否されて、そんなに嫌がらなくても、とミモザは目を細めてしまう。
「くそ、やっぱりお前がどうしてもと言うなら、ついて行ってやらんこともない……」
「どうしてもと言う訳ではないので、別にいいです」
「……そ、そうか……」
それからなぜか、しょんぼりする。
今更気が付いたが、よく見ると彼は眼鏡の似合う美形だった。
だから綺麗な顔でしょんぼりされると可愛く見える。
だがまあ、それもどうでもいいかと思ったミモザは、『じゃあ一緒に行きましょうか』とは言わなかった。
数か月経って学校にも慣れてきて、ミモザは気が付いたことがある。
ユリウスは人と全然喋らない。
話しかけられても否定の無視か、肯定の「ああ」しか言わない。
ミモザには何かと話しかけてきたりパンを渡してくるが、ユリウスは実はかなりの人見知りなのだろうか。
まあ、ユリウスはザ・不愛想という顔をしているから、それでほぼ間違いはないだろう。
「……サンドイッチの礼だ」
「ああ、気にしないでくださいと言ったのに。いつもパンを貰ってばかりですから、たまに作りすぎたサンドイッチくらい気楽に貰ってください」
ドワーフのお祭りで奢ってあげられなかった分、この一週間サンドイッチをユリウスの分も作ってきて毎日渡していたのだ。
ユリウスは誰かにものをあげることは厭はないが、貰ったら絶対に返すという律儀な性格であるらしかった。
これも、この数か月何かと彼と交流して分かったことだ。
「要らなければ捨てろ」
持っていた包みをミモザの机の上に放り投げてからそう言い捨てて、彼は教室を出て行ったきり朝の講義が終わるまで戻ってこなかった。
彼は真面目なわけではないし、ちゃんと出席していても講義をきちんと聞いているかと言ったらそうでもなくて、教官の話なんかより難しそうな分厚い本を読んでいたりするのだが、彼が講義時間に教室にいないのは珍しい。
講義が終わった時、ミモザと目を合わせることなく教室に帰ってきたユリウスは、午後の準備を始めた。
そしてどうやら、ミモザの事はいないものとして視界に入れないようにしているらしかった。
「あの、これ、わざわざ買いに行ったのですか?」
しかし、ユリウスがミモザを見ようとしないのはいつもの事である。
ミモザは動じることなくユリウスに話しかけた。
「た、たまたま買っただけだ。だから、たまたまお前にやるだけだ。気持ち悪ければ捨てろ」
「何故これを選んだのです?」
「………………たまたま目についただけだ……っ、やはり返せ。捨ててくる」
「これを私から取り上げるつもりですか?それなら私が貴方にあげた一週間分のサンドイッチ、耳をそろえて吐き出して返してください」
朝にユリウスがミモザに寄越した包みから出て来たのは、綺麗で高級そうなリボンだった。
これをたまたま買ったとは流石に思えなかったので、選んで買ってくれたのだろう。
「それにしても、女性にアクセサリーを贈るとは、貴方もなかなか慣れていらっしゃるようです」
「お、お、お前は、女じゃない!勘違いするな、別に俺は、ただ礼をしようと、女はそういう物が好きだと聞いたから適当に……!」
ミモザは女じゃないのか女なのか、良く分からなかったが、まあいいか。
積み上げた本の間に隠れてしまったユリウスを横目に見ながら、ミモザはリボンに手で触れた。キラキラしていて触り心地もいい。
彼が何を思ってこれを選んでくれたのかは分からないが、これで髪を結ったらとてもかわいい出来になるだろう。
それから何日か、何故かユリウスは口をきいてくれなかった。
貰ったリボンを使って、ミモザがポニーテールに髪を結っていたからだろうか。
それとも、ハーフアップにしていたから?
いや、三つ編みにしていたから?
……まあ、なんでもいいのだけど。
*
「今日の実習訓練は対魅了魔術の訓練です。吸血鬼は精神系の魔術を多用します。そしてこの魅了魔術は彼らが好む魔術の一つです。ここに疑似魅了魔術変換装置があるから、隣と二人一組で訓練にあたってください。皆さん注意事項と訓練手順の資料は確認してきましたね?
概要は、片方が吸血鬼役として魅了魔術を発生させたら、もう一人はそれに耐えきるというものです。一分間隔で交代です。気を抜きませんよう。では用意……」
「相手を替えろ」
教官の言葉を遮ったのはユリウスだった。
「こいつとは絶対にやりたくない」
今日の実習訓練は、教官も言ったように、精神系の魔術耐性を付ける訓練だった。
魔術を実際にその身に受けて、それに耐え切るということをひたすら繰り返す、実践的な訓練だ。
魔法使いの魔力を、吸血鬼が操る魔術を模したものに変化させる装置を使ったこの訓練では、ミモザは隣のユリウスと組む流れになっていた。
ミモザが疑似魅了魔術発生装置を装着し、『さてこの防御魔法の天才ユリウス様に魅了魔術でも掛けてみますか』と構えたところ、ユリウスが嫌がりだした。
最初、教官は「え―……」と驚いていたが、背の高いユリウスが凄むと、何か知らんがそこまで嫌がるなら、とミモザの右隣でペアを作っていた男の子を呼び出した。
「仕方ない……ルドルフ君、ミモザさんとペアになって、彼女の魅了魔術受けて」
そして、教官はルドルフ君が組んでいた女の子をユリウスに宛がおうとする。
しかしまたユリウスが口を開いた。
「いや待て、その男は俺がやる。こいつはこの男とペアだった女とやればいい」
ユリウスに指名されたルドルフ君は縮みあがった。
そしてユリウスに押されて、ミモザは元々ルドルフ君とペアだった女の子と対面する。
「じゃあ……リリーナさん、お相手お願いします」
「う、うん……」
魅了魔術は熟練の男吸血鬼であれば男にでも簡単にかけてしまえると言うが、彼らの魔術を装置に頼らねば再現できない魔法使いたちの訓練では、やはり特殊な性癖を持った人物でない限り、男女の方がかかりがいい。
少しでも強い魔術耐性を付けるために男女ペアでの訓練が推奨されるのだが……まあ、どうでもいいか。
「……リリーナさん、もう始まっていますし、装置を作動させても良いのですよ?」
「えっ?最大出力にしてるよ?!なんでミモザちゃんは飄々としてるの?」
汗をかきながら最大出力の魅了魔術をミモザにかけている筈のリリーナは、ぎょっと驚いた顔をした。
訓練場を見回せば、ほとんどの生徒が相方にメロメロ状態になっており、割と修羅場だった。
唯一、ユリウスとルドルフのペアと、ミモザだけがこの訓練場で飄々としている。
「やはり、女性同士ではかかりが悪いのでしょうね」
「う、うん……」
リリーナが歯切れ悪くミモザに返事をしたのは、先ほどミモザが魅了魔術を発動した時、彼女がミモザにメロメロになってしまったのが原因だろう。
別にどうでもいいのだが、リリーナは百合っけが強いということだ。
「ルドルフさん、やはり私の相手をしてくださいませんか」
「ああ、その方が助かるよ……」
『男同士でなぜこんな苦行を』という顔をしているルドルフ君に駆け寄ったミモザは、リリーナをユリウスに押し付けて、ルドルフ君と速攻で交渉を成立させた。
ミモザは、新たな相方となったルドルフ君と並んで、空いている場所に移動する。
「お、おい」
後ろからユリウスのものらしき声が聞こえてきたが、最初の時点でミモザと組むことを全身で嫌がった彼の声にいちいち返事をしてやる義理はない。
ミモザたちは訓練場の端を陣取った。
次の一分が始まる号令がかかったら、ルドルフ君が魅了魔術を発動してくれる。
「次!交代!始め!」
………。
「ええと、ルドルフさん。魔術、発動させてます?」
「最大出力なんですけど……」
「おかしいですね」
ぜんぜん何とも感じないミモザは、もう一度周りを見回した。
魅了にかかって相手にまとわりつこうとしている生徒が殆どで、あとは脂汗をかきながら耐えている優秀な生徒が二、三人いるくらいだった。
あの防御魔法の天才のユリウスでさえ、眉根を寄せているようだった。
何もしていないのに、魅了のみの字も魅了されていないミモザはどうしたのだろう。
何の変哲もない平凡なミモザは、あっという間に魅了にかかってルドルフ君に抱き付いていたっておかしくないのに。
「装置、壊れているのかもしれませんね」
そうミモザが言った時、丁度ミモザのターンが終わり、次はルドルフ君のターンになった。
イマイチ魅了魔術の怖さについて分かっていなかったミモザは、自分の魅了魔術変換装置の出力を最大にして起動させた。
「さて、それでは……」
「ミ、ミモザさん!ミモザさん!ミモザさん!ミモザさん!ミモザさん!ミモザさん!私を貴方のものにして下さい!血でも肉でも心臓でも貴方に捧げます!何がお望みですか?踏んでください蹴ってください抱いてください食べてください……!」
「ひっ!」
装置を起動させて目を合わせた瞬間、あっという間にルドルフ君が魅了魔術に洗脳されてしまった。
焦点のあってない目をしたルドルフ君が涎を垂らしながら飛び掛かってきたので、ミモザは貞操の危機というより生命の危機を感じて思わずしゃがみ込んで頭を守った。
出力を下げればいいものを、恐怖で頭が回らなかった。やはりミモザは凡人である。
……く、食われる!
「お前、資料ちゃんと読んだか!出力は相手の耐性よりほんの少し上げるだけだ!いきなり最大にしてどうする!」
ルドルフ君に襲われることはなく、頭上が暗くなったと思ったら、ユリウスがいた。
寄ってくるものを全て拒絶するような色をした大きなドーム型のシールドが、ユリウスとミモザを獣と化したルドルフ君から守ってくれている。
ミモザとルドルフ君の間に割って飛び込んできた一瞬でこんなすごいものを形成できるなんて、やはりこの男は天才なのだろう。
「ごめんなさい。でも、助かりまし……」
「!……出力も、下げてないのに、目、合わせるな、馬鹿……!!」
謝るために顔を上げたらユリウスと目が合ってしまった。
アッと思ったのも束の間、ユリウスが眉をしかめて苦しそうに呻いた。
装置が起動している間に目を合わせたが故に、うっかりユリウスにまで魅了魔術がかかってしまったのだった。
……しまった。
魅了魔術の出力全開でこんな密室に閉じ込められていたら、ルドルフ君の時より状況はヤバそうだ。
いや、防御魔法の申し子である天才様なら最大出力でも耐え切って見せるだろうか?
ミモザが悠長に首をひねったその瞬間、ユリウスが膝を折り、後ろから崩れるように腕を回してきた。
ミモザに覆いかぶさるように、拘束するように抱きしめてくる。
「流石に、耐えられないだろ、これは………………」
熱い息が首筋にかかる。甘いにおいがする。唇の柔らかい感触がする。
肩口に顔を埋められて、低くてかすれた声が耳に響く。
耳を小さく舐められた気がした。
「ああ、ミモザ……………………」
が、学習したミモザは素早く容赦なく装置を停止させた。
これでもう安心である。
「は、は、は、は、離れろ!俺から離れろ!」
我に返ったユリウスは顔を真っ赤にして、ミモザからものすごい勢いで距離を取った。
ちょっと涙目だけど、大丈夫だろうか。
「抱き付いてきたのはそっちですけどね」
「じゅ、術をかけたのはお前だろうが!俺が被害者だろうが!あ、謝れ!お前のサンドイッチ二週間分で許してやる!」
「じゃあ、私に抱き付いた慰謝料はリボン2個ですね。男の人に抱き付かれたのは初めてだったのです、私の初めてを奪ったお値段は高いですよ」
……
この後分かったことなのだが、ミモザには精神系魔術に対して異常な耐性があった。
それは既に、軍の第一線で活躍している軍人たちに匹敵する数値だった。
ミモザは、自分はユリウスやなんかの天才とは全く別の、平凡でなんてことはない人生を歩んでいくのだろうなと思っていた。
しかし、色々あって紆余曲折も経て努力もして、卒業の頃には王国最高のエリートが集まる王国軍部に就職を決めてしまうのである。
配属は、対吸血鬼諜報部。
精神を支配して魔法使いを蹂躙する吸血鬼を、逆に手玉に取ってやる簡単なお仕事だ。
彼らの精神攻撃が効かないミモザは、時々彼らの住む夜の夢の国に潜入捜査をしに行ったりもしなくてはならないが、気楽な出張旅行だと思って楽しむことにしている。
ユリウスは勿論、軍の防衛部隊でも花形中の花形、第一防衛部隊に配属された。
そしてなんだかんだ、初めて会ったあの日から今まで、ミモザはほとんど毎日ユリウスと顔を突き合わせている。
会えば軽口を言い合うことが多いが、最近、何かを隠し持った彼が何かを言いたそうにしている時がある。
普段のミモザなら、まあどうでもいいかと思って待つことも気にすることもしないけど、彼が相手ならば気になるし、ちょっとだけなら待ってもいいかな、なんて思っている。
……さて、耐性があるはずの私は、いつ魅了魔法にかかったのだろう。
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