僕と先生と屋上で
初秋、涼しい風が髪を撫でた。第一校舎の向こう側からは、グラウンドを駆けるかけ声とバットがボールを叩く音。もうあと15分もしないうちに太陽と別れるだろうオレンジの下、僕は帰らずに屋上にいた。
ドアの開く金属音が十分に鳴って、僕の背中へ一緒に声がかかる。
「おっ、毎日飽きないね。青春が屋上に忘れられちゃうよ」
ガチャン。
重さでドアがしまったところで、いいところまで読み終えた。僕は文庫本を読んでいた。
「青春は春の期待感と一緒にすでに置いてきたので、持ち合わせはないんですよ」
コンクリを鳴らす足音に振り返って答えた。
「あーそっ、なんか色のある話でもあれば聞きたかったのにー」
そう言って先生は、胸より少し低いぐらいの高さの塀に寄りかかってつまらなそうに街並みを見た。
短めの茶髪に、長い白衣。ヒールを履いたら僕と同じぐらいだろうか。
僕も、同じ景色を見る。
「ハイ、これいる?」
そういえば、と読んでいた文庫本の続きを読もうとして、先生の手から缶コーヒーが持ち上げられた。
「ありがとう、ございます」
「ん」
先生はもう一つを空けて一口傾ける。
「もうすぐ半分が終わるね、君の高校生活」
「そうですね」
「もっと楽しいことに時間を使わないと、後でどうなっても知らないよ」
忠告なのか、いたずらっぽくも聞こえた。
「ここでの時間も十分楽しいので」
「ふーん……、今日は何読んでるの」
「『こころ』、です」
開けたコーヒーに僕も口をあてがう。
「んんー、確か、夏目漱石!」
「……正解」
はぁ、子供なのか大人なのか、小さなことでも軽くガッツポーズできる先生はまだまだ若いんだろうな、目鼻立ちは整ってるし、年齢は訊かないけど。
それからしばらく経ったところでチャイムが鳴った。もう授業が終わっているのに誰のためか知れない音を、僕たちは合図にさせてもらっている。
「もうですか」
フンーっ、と先生は伸びをして、ふと体のラインが表れた気がした。
い、いや、気のせいだ、うん。赤くなどなってないぞ、絶対。
「んはぁー、じゃ帰ろっか」
「は、はい」
ちょっと、声が上擦った。先生には、気づかれてない。
今日の屋上は少し、少しだけ、色味を帯びた。
階段を降りて一階へ、第一校舎に渡る。保健室に一度戻る先生に別れを告げて、帰路に立つ。
空はもう青が染み始めて、群青へ。
つたない描写です。短いです。