エピローグ 1
「待たせたな」
教育実習最終日。俺は学園の中庭で待つナナコに声をかけた。
「7分7秒待った」
「悪い。これから実習生の打ち上げがあるって言うんで、断るのにちょっと手間取った。ホント、悪かったな」
「冗談よ……。わたしも、さっき来たところだ……」
って、冗談かよ。この野郎、真顔で言うから分かり辛いんだよ……。
「で、わざわざ呼び出してどうした? 何か用事か? 一緒に帰るのか?」
「もうすぐ、来る」
と、ナナコが言うが早いか、由愛が駆け足でやって来た。
「お待たせしました」
少しだけ息が切れている。急いで来たのか、肌が赤く蒸気している。
「いやいや。全然待ってないよ」と返すと、由愛は、「よかった~」と胸をなで下ろした。
この子は本当に他人のために一生懸命になれる人なんだな……。
由愛は、乱れた髪を押さえつけて整えた。はあはあと、前かがみになって胸が上下し波打つ。
「いっ――!」
尻に走る痛み。
「どこを見ている……」
ナナコがジト目をこちらに向けていた。
「ん? どうかしましたか?」
由愛は、深呼吸すると、首をかしげて微笑む。
俺は何でもないと首を横に振った。
「教育実習、お疲れさまでした。これ、作ってきたんです」
そう言うと、由愛は可愛らしい子袋を差し出してきた。
「クッキー?」
中身を取り出すと、丸いシンプルな形をしたクッキーだった。
「もっと豪華なお祝いが出来れば良かったんですが……」
「ううん。これで大満足よ」
口に含んだそれは、今までの味と少し違うような、微妙にアレンジが加えられていた。
「今日もお父さんのお見舞いに行くんでしょ? 良かったわね。お父さん、回復に向かっているって聞いたわ」
「はい。これからは、いっぱいお話ししようと思います」
「そっか……。それじゃあ、早く行ってあげないとね」
由愛はうなずくと、姿勢を正して俺の目を見つめた。
「ムツミ先生……。いえ、近藤武蔵さん。本当にありがとうございました。私たち家族は感謝してもしきれません」
「ははは。聞いたのね」
ナナコの方を見ると、
「悪い。話した」
「いいさ。友達に嘘や隠し事は良くないからな。それが親友ならなお更だ」
俺はクッキーをナナコに託すと、由愛に向き直った。
「こっちこそ、ナナコとお友達になってくれて本当に感謝しているよ。お礼を言いたいのはこちらの方さ。それに、騙しちゃって悪かったな」
「いいえ。どんな姿や格好でも武蔵さんは武蔵です。かけてくれた言葉、行為。私は絶対に忘れません。ずっと大切にしますね」
俺は、そんな大したものじゃないと言いかけて、止める。何が大切なのか、それを決めるのは誰でもない自分自身だ。
その代わりに、俺はこれからの由愛の話を訊ねた。
「これからもお母さんの夢、追いかけるの?」
ゆっくりと首が横に振られる。
「私の母の――。私たち家族の夢は叶いました。だから、これからは私自身の夢を追いたいと思います。母の研究を自分なりに方法で形にしたいんです」
「そう……。由愛さんならきっと大丈夫ね。ご両親の研究をきちんと完成させられる」
夢はとても綺麗だけど、歩み方を間違えれば、自分自身を見失ってしまう。誰かに利用されたり、その重圧に押しつぶされてしまうこともあるだろう。だけど、由愛ならきっと正しい方向に歩いて行ける。
そうやって証明していくんだろう。自分の夢を、好きなこと、正しいこと、やりたいことを見つけていく。
「俺も、由愛の夢を叶えられるように、全力で応援するよ」
そう約束したからな……。
「はい。よろしくお願いしますね」
にこーと笑って俺の手を握る。
「ああ。もちろんさ」
由愛の手をギュッと握り返す。
と、尻に異様なプレッシャーを感じて振りかえると、ナナコが羨ましそうにこちらを見つめていた。




