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第四章 「夢集いし刻(とき)」 17

「あなたが、矢追麻耶教授……。そうか……。これがあなたの望んだ結末というわけか……」

 目の前の女性は薄く口の端を上げた。その反応は、肯定とも否定ともとれた。どちらにしろ、彼女は現実ではありえない存在だと俺は直感した。

「それで、真夜花は消えてしまったんですか?」

「それは分かりません。真夜花は、私でもあるんです。厳密にいえば、さっきまでの私は、出産する前の、妊娠が分かった頃の私なんだと思います」

「それってどういう?」

「妊娠中、悠人さん(パパ)は、『子供が産まれたら最初になにしたい?』って、いつも私を励ましてくれたの。それで、私は、抱き締めてあげたいって、まず、この子のぬくもりを感じたい、そして、私のぬくもりを感じて欲しいって、そんな風に言っていたわ。でも、その願いは叶わなかった。由愛を、この手に抱く前に私は……」

 ぐったりと摩耶はうなだれてしまう。

「だから、悠人さんは、その願いを叶えるため、自らを犠牲にしてしまった。私の望みなんて、そんなのいいのに……。でも、うまくいかなかった。本来、出産後の私がイメージされ、由愛の前に現れるはずだったのに、その少し前の私が形作られてしまったの。あの頃の私は、お腹にいる娘のためにも立派な母親にならなきゃって、娘をきちんと育てないといけないって、そんな風に強く思い過ぎてしまった。そのせいなのか、真夜花という由愛を立派な娘に導き見守るような私になったんだと思います。そして、あなたのおかげで、真夜花は願いを叶え、本来の私に戻ることが出来たんです」

 俺は、ポリポリと頬をかいて、思考を巡らせ今の話をまとめる。

「すいません。どうにもうまく理解が出来ませんけど……。とにかく、由愛さんのことはあなたに任せても大丈夫ってことでいいですね」

 長い年月をかけ、彼女は自らの願いを叶えにここにやって来た。なら、邪魔者は退散だと、俺は踵を返す。

 と、「あっ」とかすかな声が背中にかけられた。

 振り返ると麻耶が満面の笑みをしていた。

「?」

 リアクションに困っていると、麻耶は真剣な表情になった。

「近藤武蔵君。キミにはこれから起きる結末を見届ける義務があるわ」

「義務? 権利ではなくてですか?」

「そう。だから、私と一緒に来て欲しい……」

「いや、そうは言っても、せっかくの親子水入らずの所に部外者がいるのも……」

 つつしんでお断りしようとしていると、麻耶がはにかんだ。

「ごめんなさい。本当のことを言うと、少し怖いのよ」

「怖い?」

 自ら待ち望んで、ようやくたどり着いた場所だと言うのに、そんな馬鹿な。しかし、麻耶のその言葉が正しいと証明するように、自らが右手で掴んだ左腕が震えている。

「おかしいよね。いざその瞬間になってみると、震えが止まらないの」

 言われてみればその通りなのかもしれない。夢が叶う瞬間というものは、誰だって初体験だ。緊張するものなのだろう。ましてや麻耶は、由愛と面と向かうのは初めてだったな……。

 ここまでくれば、一蓮托生だ。俺はうなずき、改めて二人で矢追家の扉に向き合う。と、それを待っていたかのようなタイミングで玄関の扉が開かれた。


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