第四章 「夢集いし刻(とき)」 15
由愛の家は、白金の端。小高い丘の上に立っていた。辺りに他に民家らしき建物はない。これが、彩音の言っていた矢追教授の残した豪邸か。年季が入ってはいるが、廃れた感じがない。きちんと由愛が手入れをしているのだろう。
と、悠長にしている時間はない。スクーターのアクセル全開でここまでやってきたが、真夜花の存在は少しずつ透明に近づいていた。その存在を少しでも認識しようと、俺たちはどちらからともなく手を握り合っていた。
「それじゃあ、行こうか」
扉の前、軽く真夜花の手を握ると、返事の代わりにギュッと手を握り締められる。
それを合図に俺は一歩踏み出した。その瞬間、フッと真夜花の手を握っていた腕が軽くなるのを感じた。見ると、真夜花が薄い光に包まれていた。
「どうやらここまでみたいです」
淡い粒子に包まれ、はにかむ真夜花。
「そんな、なんでだよ……。会いに行くって、約束したのに、なんでもうすぐそこに由愛がいるのに……」
いや、理由なんて考えている場合じゃない。
「俺の夢を吸うんだ」
時間稼ぎになるかどうか分からないが、今はこんな案しか思い浮かばない。
「でも……。だけど……」
奥歯を噛み締めているのか真夜花の頬がキュッと引き締まる。迷い、ためらい。そんな想いがありありと見てとれる。
「いいから、早く。君を由愛に会わせること。それが俺の願いだ」
これで俺も眠り姫の一員だな……。だからと言って、俺は被害者ではない。ましてや加害者ですらない。俺はただ自らの願いを――夢を叶えるだけだ。
目を覚ました時、真夜花はもういないだろう……。だけど、別に死ぬわけではない。真夜花はきっと大丈夫だ。一人でもやれるさ……。それに保険も既にかけてある。だから――。
「俺に夢をみせてくれよ。さいっこうに幸せな夢をさ」
ニヤリと口の端を上げて見せる。
それで覚悟を決めたのか、真夜花の眉がキリリと持ちあがる。
「分かりました……。でも、少し恥ずかしいので、目を閉じてください」
「ああ……。これで、お別れだ」
最後に、その姿を目に焼き付けて俺はゆっくりとまぶたを閉じた。
優しく肩に触れる指先。徐々に顔が近づいてくるのが分かる。漏れる吐息まで聞こえてくる。
「ありがとう……。そして、さよなら……です」




