第一章 「運命の女(ファム・ファタール)」 6
「ごちそうさまでした」
俺はスーツの上着のボタンを外して、お腹をさすりながら由愛へお礼を告げる。
「おそまつさまでした」
由愛はニコッと笑みを浮かべながら、頭を下げて返す。
勧められて由愛のお弁当を分けてもらったが、その味は何だか懐かしいものだった。いつもはオヤジが作る濃い味付けの料理ばかりなので、なおさらそう感じたのかもしれないが、これぞお袋の味、家庭の味というものを久しぶりに堪能させてもらった。
「本当、ありがとうね」
「いえいえ、そんな~」
褒め過ぎですよと、由愛は顔を赤くして謙遜した。
「それもあるんだけど、この子のこと。改めてお礼を言わせて」
俺はナナコを見つめる。
「この子、放っておくとちゃんとした食事ってあまり食べないで、いつもバナナばかり食べているから、矢追さんがお弁当をナナコと一緒に食べてくれているのを見て安心したわ」
「ナナコちゃん、教室でおいしそうなお弁当を広げていたのに、あまり箸をつけていないから、気になっちゃって……。お弁当って、ムツミさんが作っているんですか?」
「ああ。それは、家に料理好きのオヤジがいて、毎朝早起きして作ってるのよ。『健康第一。食事って漢字は、『人を良くする事と書く』なんて言ってね。意味はよく分からないけど、口にするものはいずれは自分の血となり骨となるものだからって、色々とこだわりがあるみたい」
「なるほど。私たちが口にするものは、私自身の体になるというわけですね。そんな、お父さんの愛情が入ったお弁当を食べれば、ナナコちゃんもすぐに大きくなれそうですね」
「まあ……ね」
当のナナコは、そんなオヤジの心配を知ってか知らずかデザートのバナナの皮をむいて、その甘美な果実を頬張っている。
「大丈夫、バナナは完全食品だ。栄養は十分に摂れている」
そんなものかねと俺は、ナナコと由愛へと視線を向ける。
ナナコの方はバナナの皮を剥いただけの、すらっとした起伏に乏しい貧相な体つき。由愛の方は打って変わって、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、誰もが目を引くようなグラマラスボディをしている。とりわけメロンパンでも仕込んでいるかのような胸は、ノーマルな男なら視線を釘付けにされること間違いなしだろう。
はっきり言って勝負にすらならない。まあ、勝負をする必要もないのだが、個人的にはナナコには女の子としてもう少し肉をつけて欲しいとは思う。
「まっ、ほどほどにね」
俺はナナコの頭に手を置くと、ポンポンと軽く叩いた。
ナナコは迷惑そうにジト目でこちらを見上げると、コクリとうなずいた。