第四章 「夢集いし刻(とき)」 10
「大丈夫だ。別に変なものは入ってないさ。ただ、そいつを食べたからには、ほんの少しくらい見返りを要求したっていいんじゃないか?」
一歩後ずさる真夜花に、にじり寄る。おむすびを机の上に置いて、こちらの様子をうかがっている。
「一体、何をする気?」
「なーに。簡単なことさ……」
口の端を上げたまま、つま先から真夜花を舐めるように見つめ、
「もう一度、聞かせて欲しいだけだ……。君の本当の夢をな……」
「しつこいですよ。あなたに何の権利があってそんなことを訊くんです」
「別に権利なんかないさ。だけど、同じカマの飯を食べたら家族も同然だ。そいつが複雑な事情を抱えているんだ。無視なんて出来ない」
「何が家族よ……。私にはもうすぐ消えるだけの存在……。終わりがもうすぐそこまで近づいているのよ。だから、もう放っておいて」
「終わり? まだ何も始まってすらいないじゃないか」
「そう……ね……。何も始まっていない。始まらない。私の……絶対に……」
消え入りそうな声。最後は何を言っているのかうまく聞き取れなかった。
「叶うなら、最初からなかったことにして欲しい……。私ははじめから存在していない。今までのことは全て夢だったと……。それでいいのよ」
「それ、本気で言っているのか?」
あり得ない、あってはいけない願望に自然と声のトーンが低くなる。真剣なまなざしに真夜花がたじろぐ。
「それが真夜花の夢かって訊いてるんだ」
「だから、そう言って――」
答え終わるの待たずに俺は言い放つ。
「なら、イメージしてみろよ。自分自身が存在しない世界をさ」
俺はまぶたを閉じて想像してみる。真夜花がいない世界。真夜花が誰とも出逢わなかった過去を……。
目の前に広がるのは暗闇。何もない空間。何もイメージ出来なかった。
だが、その暗闇の中、かすかに嗚咽が漏れ聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、閉じた瞳からこぼれ落ちる涙が映った。
「どうやら、気付いたようだな」
真夜花がいなかった世界。それは、今の由愛のいない世界だ。




