第四章 「夢集いし刻(とき)」 9
教壇を降りて上着を脱ぐと、俺は机にうつ伏せで寝ている彩音にかけてやる。
それから、真っ直ぐに真夜花へと向き直った。
「この子たちは夢に向かって頑張っている。だけど、真夜花が見える俺には自分の夢が分からない。つまりは俺自身が分からないってことなんだよ。そういう意味では俺たちは似ているのかもしれないな」
真夜花は複雑そうな表情を浮かべた。
皮肉なものだ。俺たちは自分の夢を知らなかったからこうして出逢うことが出来たんだ。
「いや、みんなそうなのかもな。自分自身のことを真に理解している人なんて、ほとんどいないんじゃないかな? スポーツが好きな子、本が好きな子、歌が好きな子。好きなものは千差万別だ。昨日好きだと思えたものも、今日や明日はそうじゃないのかもしれない。そうやって、長い時間をかけて、もがいて、あがいて、あがきまくって自分の好きなことを……。本当の自分を見つけるのかもしれない」
手に持っていたおむすびの米粒が輝く。一粒一粒が寄り集まって出来たおむすび。それらがキラキラと輝いている。
俺はラップをはぎ取って三角おむすびの山頂を一口かじる。冷めてはいるがほんのり塩味が全身に沁みいるように広がる。しょっぱい、まさに青春の味ってやつだ。
こんなことを考えるなんて、俺自身も変わっていっているのかもしれないな。
「ホント、凄いよ子供ってやつは……。黙っていたって、一人でどんどん変わっていく。成長していく……」
ふう~と胸に溜まっていたものを吐き出す。
「俺もさ、いつも心配で、妹みたいな存在がいるんだけど、どうやらそんな必要はなかったみたいだ。勝手に大きくなっていく」
ナナコが握ったおむすびをもう一口食べる。
「うん。やっぱり美味い」
何の変哲もない白米に、ほんの少しのお塩をまぶして握っただけの、料理なんて言えない代物。でも、それがなぜかおいしく感じる。
「これもさ、その子が作ってくれたんだ。俺のためにってね」
「あなたのために、作った?」
おむすびに視線を落としたままの真夜花。その表情が悲しげに映る。
「手作りだ。まあ、真夜花の口に合うかどうかは分からないけど、俺にとっては好物で、数少ない好きなものってやつだ」
そう言って、「だから、食べた食べた」と真夜花を促すと、おむすびを突き返された。
「なら、あなたが全部食べるべきよ」
俺はかぶりを振ってそれを否定する。
「その逆だよ。好きだからこそ分かち合いたい。大切なものだからこそ知って欲しい」
突き出されたおむすびのラップを丁寧に外して再び促す。
「俺が何者かは真夜花自身の目で見て判断すればいいさ。俺が何を好きなのか、嫌いなのか……」
「別にあなたのことなんて知りたくないわ」
「そうだな、俺なんかのことはどうだっていい……。何より君は自分自身をもっと知るべきだ。何が悲しくて涙したのか、本当にやりたいことは何なのか? そして、何を愛しているのかをね」
「これを食べれば、それが分かるとでも言うの? 馬鹿げてるわ」
「まっ、そこまでは分からないけど、少なくとも、見ていたってどうにもならないのは確かだぜ」
肩をすくめる俺に、観念したのか真夜花は控え目におむすびの端をかじる。
「どう……だ?」
かすかに動いていた頬が停止するのを見計らって、味の感想を訊ねた。
「分からないわ」
無味乾燥な返答。
「そうか。それは当てが外れたな」
しかし、そんなのは最初から織り込み済みだ。そう簡単に落とせるとは思っていない。
「だけど、食べたな」
俺はニヤリと笑う。
米粒の塊でも飲み込んだのか、真夜花は引き気味に口元を手で覆うと、目を丸くした。




