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第四章 「夢集いし刻(とき)」 8



 グ~。



 闇をつんざく、間抜けな響きが教室内に響き渡る。それに呼応したのか眩しいくらいの月光が差し込んできた。

 無慈悲な視線に肩をすくめてこたえる。

「悪い」

 本人の意思とは関係なく悲鳴をあげる腹をさする。ったく、大人しくしてろよな。

 シリアスなシーンのはずなのに、締まらない自分に苦笑いする。

「そう言えば、夕飯食べそびれたからな……。許してちょんまげ」

 この際このままシリアスブレイクしようと発したベタなオヤジギャグにも動じることなく、真夜花は呆れ顔で首を横に振っている。一周回って逆に新鮮かもと思ったが、クスリともしていない。

「やっぱり私には、あなたが分からないわ」

「奇遇だな。俺にもさっぱり分からないよ」

「ふざけてるんですか?」

「そうじゃないさ。本当に俺は俺が分からない。生まれてすぐに、親に捨てられたって言ったろ? だから俺は本当の自分が何者なのかを知らないんだ。何のために生まれて、何をすればいいのか誰も教えてくれなかったからな……」

 前髪が垂れてきたので、俺は手グシでそれをかき上げる。いつもは引っかかりのない直毛が、カツラをかぶって蒸れたせいか、ごわついて少しだけ痛みを感じた。

「でもさ、俺はたしかにここにいる。生きているから笑いもするし、腹だって減る」

 そう言うと、上着のポケットに忍ばせた二つのおむすびを取り出して、その一つを真夜花へと差し出す。

「私はお腹なんて空かないわ」

「でも、食べることは出来るんだろ?」

 渋る真夜花に、「いいからいいから」と強引におむすびを握らせた。

 真夜花は手のひらに乗る真っ白い握り飯を不思議そうに見つめている。

 静まり返った教室は普段の喧騒を忘れさせ、どこか神秘的なおもむきを感じさせる。体育担当の俺は、基本的に外での実技が主なので、教室での授業は数えるほどしか経験していない。

 もうここで授業することもないだろう。今回の任務は、真夜花の正体が分かったことで終わりを迎えようとしている。つまり、俺がこの学園に来るのも、これで最後になるかもしれないということだ。

 整列した机の間を一回りして、ひとり教壇に立つ。

 短い期間だったが、思えば色んなことがあったような気がする。恐らくそれらは、この先二度と経験しうることのない貴重なものばかりだった。

 古びた伝統ある教室。その歴史を物語るように、綺麗に並んでいる机の表面は細かな傷が散見する。

「俺は、ここから見える景色が好きだ」

 教卓のへりを掴んで教室内を一望する。

「ここには沢山の夢の蕾が溢れている」

 40名も入れば、いっぱいになる教室。深呼吸をすると、どこか懐かしい、胸をすく想いが湧き上がる。

「最初は乗り気じゃなかった。事件の調査のためだと自分を納得させて、姿を偽り教師の真似事もやった。でも、ここで生徒たちに授業をしている内に、俺は自分が本物の教師にでもなったような気がしたんだ」

 目を閉じれば、椅子に座って授業を受けている生徒たちの姿がイメージ出来る。

「先生の話に聞き入っている生徒、一生懸命板書を書き写している生徒、不安そうにノートに視線を落としている生徒。色んな生徒がいた。だけど、どんな子たちもみんな前を向いていた。同じものを見ていた……。最初は何か分からなかったけど、ここの生徒たちと共に過ごすことでそれが何なのか分かったんだ」

 今まで黙っていた真夜花が顔を上げる。

「それが、夢――だったんだ」


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