第四章 「夢集いし刻(とき)」 4
「矢追さん――」
俺は言いかけて、言葉をとぎる。
「――由愛さんに会いに行こう」
彼女が好きだと言った自分の名前。それを誇らしいと思えるのは、真夜花のおかげだ。真夜花は由愛を正しく導いたんだ。たとえそれが彼女自身の存在を消すことだったとしても……。
「これで最後だと言うなら、こそこそ隠れて見るんじゃなくて、堂々と会いに行って、彼女の成長した姿を思う存分見に行きましょう」
「いきなり何を言い出すの?」
冷静で落ち着いた声色。
「見て、どうするんです?」
「見るだけじゃなくて、話してあなたの想いを伝えればいい」
「話す? それは無理です。話すどころか、そもそも、私を認識すら出来ないのよ」
そうか……。そう言えばそうだったな……。
「でも……」
何かあるはずだ。由愛と、真夜花にとって幸せな結末が。
「それに私はあの子の友達の夢を奪ってしまった。そんな罪びとが、今さらどんな顔であの子に会いに行けばいいのよ」
真夜花はそう言うと、机に突っ伏している彩音を見つめた。
「それは嘘よ。あなたは誰の夢も奪ってなんかいないじゃない」
「…………」
自らの嘘を肯定するように真夜花は黙りこくる。
「郷力さんだけじゃない。被害者の――あの子たち本人に聞いたのよ。ここの生徒たちが言う所の白雪姫ガールズの人たちの夢をあなたは奪っていない。今もあの子たちと共にある。学年トップの生徒は、事件後さらに成績を上げて今は全国模試でも1000位以内に入る順位らしいわ。同様に、ピアノの特待生は先日行なわれたコンクールで入選。テニス部新人のエースは次の大会のメンバーに選ばれて、今も猛特訓中らしいわ」
俺がその事実を知っていると予想していなかったのか、真夜花はばつの悪そうな顔になった。
「夢はなくならない――」
俺はうつむく真夜花にはっきりとそう告げた。
「夢って、失ってみて初めてその大きさを知るんじゃないかな? そして、その夢が自分にとってどういうものなのかを知って、前よりももっと頑張ろうと努力する。だから、あなたは誰の夢も奪ってはいない。ううん、あなただけじゃない、どんな人にだって奪えない。自分の夢を奪えるのは、自分自身だけ。夢みた本人が諦めた時だけなのよ」
かつての俺ならそんなことは考えもしなかったかもしれないが、今は何となくそう思う。この学園で過ごすことで、夢の大切さを、夢を持つことの意味を教えられたような気がする。
それを強く意識させてくれたのは由愛だった。そんな彼女の夢は、母親の叶えられなかった夢を追いかけたい。母と同じ景色をみたいと望んでいた。
「由愛さんはあなたに会いたいって思ってるわ。だから、やっぱり由愛さんに会いに行きましょう。あなたの言葉は私が伝えるから。それに、見えなくても、話せなくても、由愛さんの言葉はあなたには伝わるんでしょ? だから……」
真夜花はかぶりを振って拒絶する。
「あの子が、私に会いたい? どうしてあなたにそんなことが分かるの?」
「そうね……」と俺は頬をかいて思案を巡らせる。
「私も同じだから……かな。由愛さんと同じ気持ちだからよ」
「それって、どういう……?」
「私は生まれてすぐ両親に捨てられた……。だから、本当の両親の顔を知らないし、話したことも、笑いかけられたこともないのよ……。と言ってもこれは悲劇ではないわ。幸運にも私には個性的過ぎる親代わりがいたし、寂しい想いなんてする暇もなかったしね。もしも両親が目の前に現れたとしても、正直どうしていいかは分からないんだけど、会えるなら会いたいし、その選択肢があるなら何だってするわ……。だからさ……。私なんて比較にならないくらい母親への強い願望を抱いた由愛さんなら、なおさら会いたいんじゃないかしら」
肩をすくめてウィンクする俺から目を逸らすと、真夜花は悲しげな表情を浮かべた。
「でも、私はもうすぐ消えるのよ。そんな存在がいきなり現れて、いえ、現れることも出来ないのに、信じられるわけがないわ……。馬鹿な話だと、あなたの神経を疑われるだけよ。夢は夢だから綺麗なのよ。想い続けて……追い続けていられる。叶ってしまったら、形になってしまったらきっと……」
「大丈夫。由愛さんなら、きっと信じてくれる。あなたが育てた子は、真っ直ぐでとてもいい子に育ちましたよ」
「ええ……。知ってるわ……」
寂しそうに笑う真夜花。




