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第四章 「夢集いし刻(とき)」 3

 って、どういうことだ? 禅問答か何かかよ?

 手品のトリックのようなものか? 観客にタネ以外に目を向けさせておいて、タネ自身に注目させないようにする。そうやって自分の存在を隠蔽している。

「そもそも、夢を持っている人には私は見えない。自分自身に満足し自らの力で夢を叶えようと前を向いている人には絶対に見えないようになっているわ。脳の中の、満たされない部分として私がイメージされる。欠けたパズルのピースを埋めるようなものよ」

 要するに、充実した日々を送っている人には彼女は見えないという所か?

「でもあの三人の生徒はあなたの姿をみたと言っていたけど、彼女たちは生徒の憧れの存在で、大きな夢を持っていたはずよ」

「その通りよ。だけど、大きすぎる夢は過度の重圧になってしまうわ。その夢を叶えるためには果てしない道のりを進まなければいけない。前を向いて進んでいる時は問題ないけど、何かにつまずき立ち止まって、その道程を知った人は迷い、時に絶望し、今までの自分をかえりみる。彼女たちは、そんな状態だった。だから私が見えたの」

 そして、そんな子の夢は凄いエネルギーになるのよと続ける。

「だけど、由愛には私が見えない。今のあの子は迷うこともなく、しっかりと前だけを向いている。あの子のために生まれたはずなのに、あの子にはもう私のことが見えないのよ」

「『今の』ってことは、昔は見えていたってこと?」

 真夜花はうなずいて、ゆっくりと瞬きをする。

「私が生まれた時、私は嬉しかった。目を覚ました瞬間から、自分のなすべきことを理解していたから」

 落ち着いていて、優しい声色が耳に心地いい。

「二人の研究を引き継がせること。それが私に課せられた役割だった。だから、私は夢の手伝いをしているんだと思えた。それに由愛は優秀な生徒で、私が教えたことは何でも理解してくれたわ。そんな優秀な生徒を教えるのは楽しくて、このままずっと一緒にいられると思っていた。あまつさえ、あの子の母親にでもなったように思えたほどよ」

 そうか、由愛が言っていた幼き日の母の記憶は真夜花のことだったのか。

「でも、それはただの妄想だった……」

 それは絞り出すような独白。

「最初にそのことに気付いたのはあの子が小学生にあがってしばらく経った後のことだった。由愛が私を認識出来なくなった。私がすぐそばにいるのに由愛の目には映らなくなっていたのよ。昨日までは普通に話していたはずなのに、なぜか私のことが見えなくなっていた。その時は理由が分からなかったけど、それからしばらくして気付いた。夢を持っている人には私のことが見えないんだって。夢をみず、夢に迷っている人にだけ私の姿が認識出来るんだと……」

「だけど、矢追さんはすでにあなたが導くことで、夢をみはじめた。だから、あなたのことはもう目にすることが出来ない……」

「そう……。私がしてきたことは、私自身を消すことだったのよ……」

 月光を背にした薄い笑みが悲しげに映る。

「夢をみて、それに向かっていく由愛には私という存在は用済みとなった。存在意義をなくしてしまって私は途方に暮れたわ。創造主である矢追教授の願いを叶えたのだから、そのまま消えるべきなのは分かっていた。けどなぜかそれは躊躇われた。由愛の未来を、由愛がどこに向かおうとしているのか見届けたかった。それは私のエゴかもしれないけど、そうせざるを得なかったのよ」

 そう至るまでになった真夜花の心は分からなかったが、俺はうなずいた。

 真夜花と由愛の関係は、俺とナナコの関係に似ている。親の都合で、近藤家へと預けられたナナコ。まだひと月しか経っていないが、そんなナナコへの今の俺の感情は、親と別離しているかわいそうな子という憐憫の想いというよりも、親心、思慕の情に近いと言える。

「けれどそれも、もう限界みたい。矢追教授がもうすぐ目を覚ますわ……」

 そう言うと真夜花は右手で左腕を掴んだ。見ると左腕が薄っすらと透けている。

「彼女から夢を分けて貰ったはずなんだけど、器としての私のイメージが維持出来ないみたい……。せめて、高校を卒業するまではと思っていたけど、これはきっと報いね。潔く消えてしまえばいいのに、その勇気がなくて、今まで他人の夢を犠牲にして存在し続けてきた罰なのよ」

 本人の意思とは関係なく、矢追教授に生み出された真夜花。

 由愛を教え導く存在として創り出され、由愛が夢に目覚めたら真夜花を消してしまうなんて……。矢追教授の願いが本当にそうなら、教授はなんと冷徹で残酷なことを強いる人間なのだろうか。

 他人の夢を吸ってまでここにいようとした真夜花。十年以上の間、黙って見守り続けるなんて、それはどんなに根気のいる作業だっただろうか……。願いにより生み出された存在が、自らの願いを叶えられないなんて、とんだ皮肉だ。

 そんな健気でささやかな願いも叶わず、このまま人知れず消えてしまうなんて、あっていいのだろうか?

 沸々とやりきれない想いがこみ上げる。

「でも、あなたは、きちんと自分の役目を果たしただけじゃない。何も悪いことなんてないわ」

 そうだ。消えるためだけにこの世に生まれてきたなんて、そんなの嘘だ。真夜花がここにいる意味は絶対にあるはずだ。

 真夜花はただ由愛の成長を見守りたいと願っただけなのに、それさえも儚い夢と散るのか……。

 俺は由愛に夢について教えてもらった。由愛は真夜花に夢をみるきっかけを教えてもらった。その根源的存在でもある真夜花の夢が叶わない? そんなの理不尽過ぎる。

 視界がぐにゃりと歪む。足元がふらついて世界がゆらゆらと定まらない。

「もう無理なの? 本当に、消えてしまうの?」

 いびつな世界で、真夜花がうなずく。

「けど、あなたは本当にそれでいいの?」

「いいも何も、最初からそう決まってた。そう運命づけられていたのよ。だから、これでいいんです」

 何もかも諦めたような、達観した様子で真夜花は言った。

 このまま真夜花が消えれば眠り病は発生しない。なので、探偵としては依頼完了だ。調査報告書に関しては、どうまとめるかは悩むところだけど、ともかくこれで新たな被害者は出ない。

 でも、本当にこのまま終わらせていいのか? 事件を解決すれば、『はいさよなら』って、それでいいのか? 依頼を受けた以上、事件解決は絶対条件だけど、こんな結末、あまりにも後味が悪すぎる。

 俺は何のためにここにいる? 何のためにここに来た? オヤジが言った、『探偵の意義』を俺は果たすことが出来たのか?

 警察は加害者を逮捕し、被害者を救うもの。なら、加害者を救うものは一体誰だ? 加害者は一生誰かを傷つけた罪を背負って生きなければいけないのか?

 加害者? 違う……。真夜花は加害者なんかじゃない。ただ、大切な人を見守っていただけだ。母の代わりとして、大切な家族を……。

 真夜花は自分の役割をやり終えた。だけど、俺は俺の役割をまだ果たしていない。探偵としての役割。オヤジは、『事件を解決するよりも家族の方が大切』とも言っていた。真夜花にとって由愛は家族のようなものだ。それなら、俺がやるべきことは一つじゃないのか?

「会いに行こう」

「え……」

 真夜花の顔がピクンと持ち上がる。


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