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第四章 「夢集いし刻(とき)」 2

「大切なもの……」

 ゴクリと生唾を飲んで喉を鳴らす。

 彩音に着衣の乱れはない。

「心配ないわ。この子はただ夢をみているだけ、幸せだった頃の夢をね……」

 真夜花が自嘲気味に笑うと、口の端に鋭い八重歯が見えた。本当にこいつは俺が知っている、あの穏やかで温かみのある真夜花なのか? 何だか違う人と話しているような気さえしてくる。

「それで、私が何者か……。だったわね」

 呼吸を整えるためか、真夜花は息を吐き出す。

「私は何者でもないわ。私は他人の夢を食らって生きている……。ううん。そもそも生きてなどいない。そこに存在しているだけ。私は幻……。ただのマヤカシなのよ」

「まやかし?」

 月夜を浴びて、真夜花の細く美しい髪が黄金色に輝く。その瞬間、真夜花の背後の景色が薄く透けて見えたような気がした。

 空気が張り詰める。真夜花にまとわりついている雰囲気が変わり、その姿があやしく映る。

「ぐっ!」

 右側頭部辺りに指したような痛みが走る。

「一体何を言っているのよ……」

「私は生み出されたのよ。矢追教授の手……。いえ、脳によってね」

「矢追教授の脳によって生み出された?」

「矢追教授の専門は脳科学研究。主に、ブレイン・マシン・インタフェース。つまりは、脳波を使った各種デバイスへの入出力を研究していた」

 俺は首を傾げた。

「例えば、スマホやキーボードの文字入力は普通、手を使う必要があるわよね。それを、人が考えただけで、それらデバイスに入力することが出来るのよ。一番簡易的な所では、脳波で動く玩具がすでに市場に出ているわ。とりわけ教授は、イメージフィードバック――脳情報を可視化させて他人へ認識させる実験を行っていた」

 本格的にわけが分からなくなってきたが、その反面、脳が熱を持って活動を始める。脳の記憶域。シワというシワを電気信号が疾走し、それぞれに散らばったヒントをかき集めて解答を導き出そうとする。

 眠り病。夢。現実。脳科学。イメージと質量の関係性。母親の研究。夢を現実にする研究。無理やり行われ失敗した実験。由愛の母親が亡くなり、その結果、矢追教授が自分を被験者にして実験を行い、ほとんど寝たきり状態となった。その矢追教授によって生み出されたと言った真夜花。

「矢追教授の最後の実験……」

 全身の毛が逆立ち。背筋が凍りつく。

「そう……。私は、から、あの人のゆめにより創り出された存在」

「まさか……」

「由愛を導く存在として、私はここにいる。私は、矢追教授が自身の脳波をコントロールし媒介にして、イメージした現実として生み出されたのよ。この町全体をデバイスに見立てることでね」

 彩音が失敗したと言っていた矢追教授の実験は、本当は成功していたのか?

「私という存在を維持するため、その代償として、矢追教授は夢を見続ける必要があった。そして、脳波の出力に集中するために、自らの身体活動を停止させ、ほとんど寝たきり状態にならざるを得なくなってしまった。でも、私を現実にするためには矢追教授の夢だけでは足りなかったのよ。だから、私自身が定期的に夢を補充していかなければ、この存在を保ってはいられなかった」

 私はそんな脆弱で、吹けば消し飛ぶような存在だと真夜花は笑った。

「私は無から生まれたのよ」

「ム……?」

「だから、生命エネルギーである夢を吸収することでしか存在出来ず、その穴埋めとして偽りの夢をみせているの。この子も今頃は父親と離婚した母親の夢をみているんだと思うわ。でも、夢は夢でしかない。それが現実ではないと気付けば、彼女は意識を取り戻す」

 真夜花は彩音を一瞥する。

 それが眠り病の正体か……。にわかには信じがたいが、他三名の被害者も同様に眠りに落ちているので、頭から否定することは出来ない。

「でもなぜ、あなたは誰にも疑われることがなかったの? 今までの事案では現場に不審な人物はいなかったということだったけど……」

 真夜花はそこいれば誰もが目を引くような容姿をしている。なのに、どうして三件の事件の被害者の側にいたであろう彼女が重要参考人としてあげられなかったのだろうか?

「それはそうよ。私は元より存在していない。そこにいるけどそこにいない。見えているのに見えていない。私は、そこにいてもおかしくない誰かに紛れているだけ。誰でもない誰か。言わば風景みたいなものなのよ」


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