第三章 「ユメ」 22
ナナコがずずずい~っと、こちらに一歩踏み出して、俺に体を預けてきた。
「ど、どうした?」
「おいしい料理を作ったものにはご褒美が与えられると、由愛が言っていた。とりわけ、頭をなでるのは、最上級のものらしい」
「何馬鹿なことを言って――」
一歩後ずさる俺に、ナナコがしがみつく。
「もしかして、ホントはおいしくなかったのか?」
「いや、本当に、おいしかったよ。でも、それとこれとは話が別だ」
「むな志も、嬉しいことがあると武蔵に抱きつく。だから……」
あの人の場合、それこそ、ホントに話が別だ。
「んっ」と、黒々とした頭をこちらに預けてくるナナコ。グイグイと華奢な体を強引に押し付けられて観念した俺は、艶やかな髪をすくようにナナコの頭をなでてやる。
猫のように目を細めて最上級のご褒美とやらをナナコは享受していた。
誰かに何かをしたり、ねだったり。こいつも変わろうとしているんだな。
いや、ナナコだけじゃない。由愛も彩音だって変わろうとしている。それはとても凄いことだ。それは、多分成長している証なんだと思う。
「お前、変わったな」
なんとなくそれが羨ましくて呟く。
「わたしは何も変わっていないわ」
自らの変化を確かめるようにポンポンと頭頂部に手のひらを乗せるナナコ。それが微笑ましくて俺は口の端を上げた。
「いや、そうじゃなくて。大人になったなって」
「オトナ?」
今度は両手でペタペタとその控え目な胸に触れる。ナナコにとって『大人』=『胸』なのだろうか? 確かに、大人への変化の象徴だとは思うが……。
「じゃなくて、人として成長したってことさ」
「人として?」
小首をかしげるナナコ。
「それはわたしには分からないわ」
そう言われると俺にもうまく表現出来ない。精神的成長。心の発育。責任感。自立。色々とその要因は思い浮かぶが、どうにも言い表せられない。
「よく分からないけど、だがもし本当にそうだとすれば、武蔵がわたしを見守っていてくれたからだ。武蔵だけじゃない、むな志や由愛……。わたしを心配してくれるみんなが、わたしを変えてくれたんだと思う」
「俺たちが? けど、俺は何もしちゃいないさ」
「それでいいんだ。何もしてくれなくても、誰かが見ていてくれるんだと思うだけで、凄い力を貰えている。一歩踏み出すことが出来る。もしも、わたしが本当に一人なら何も変われていないはずよ」
「そんなものかね……」
「そうだ。武蔵は自分が思っているよりも誰かにとって必要な人間だ。だから、早く行ってあげて。郷力が……。大切な友達が待っている」
そう言うと、ナナコは促すように俺の尻を叩いた。




