第三章 「ユメ」 18
「いい匂い?」
「ああ……」
素直にうなずくと、口元を緩めたナナコが、目尻を下げてこちらを見つめている。
「たってるか?」
「何!?」
自分でも驚くほど素っ頓狂な声が飛び出した。
「たっ、たってねーよ」
「そうか……。わたしはまだまだということか……」
なぜかナナコは肩を落とす。
「そんな落ち込むほどのことじゃないと思うが……」
そりゃ、女としては凹むのも分かるが、急にどうしたんだ?
「でも、ムサシはたっている方がいいんだろ?」
「そりゃ、たたないよりは、たつ方がいいに決まってる……。って、何言わせるんだよ。そんな急がなくても、ほら、ナナコが二十歳になったら、バンバンたたせることが出来る……。いや、駄目だ駄目だ。そんなのは絶対に認められない」
危うく、妖艶に男を手玉にとるナナコの姿を想像しかけたので、頭を振ってそれをかき消す。
「そうか、むな志みたいにたたせたいと思ったが、わたしはたたせては駄目なのか……」
「オヤジがたたせる? お前は一体、何を言ってるんだよ?」
「むな志のご飯は立っていておいしいって、武蔵、言ってた」
「って、そっちの話かよ」
ズコーと転びそうになる。
「だから、お米を立たせる方法が知りたいと思ったのだが、わたしには無理なんだな……。むな志も、おいしいご飯はお米が立つって言ってた。だから、立たせるため頑張った。でも、立たなかった。どうしたら立つ? なぜ、わたしのは立たない? 子供だからか? 二十歳にならないと無理なのか? 大人になったら、立たせられるのか?」
って、何回、『立つ』って言うんだよ。
「そりゃ無理じゃないけど。う~ん。お米を立たせる方法ね……」
改めて考えてみるとこいつは難問だな。俺も今までそれなりに米を炊いてきたが、同じように炊いても日によって立ったり立たなかったりするので、何とも言いようがない気がする。
「炊飯器じゃなくて、ちゃんとしたお釜で炊かないときちんと立たないんじゃないか?」
「オカマが炊く? やはり、むな志じゃないと難しいのか……」
厳しい顔をして真剣に考え込むナナコ。
「いやいや、そうじゃなくて、『オカマが』じゃなくて『お釜で』だ」
熱弁する俺を、「ん?」とナナコがキョトンとした表情で見つめた。




