第一章 「運命の女(ファム・ファタール)」 3
と、俺はナナコが手ぶらなのに気付く。
「あれ? お前、お弁当どうした?」
オヤジは毎日ナナコのために弁当を用意していたはずなのだが、どうにもそれを持参していないようだ。
「こっち」
ナナコは中庭の外れを指差し、そちらへと歩いて行く。もう既に場所でもとってあるのだろう。まあ、ここで立って食べるわけにもいかないしな。
俺は素直にナナコの尻を追いかける。
前髪同様真っ直ぐ切り揃えられた後ろ髪が、スカートの裾辺りで左右に揺れている。
俺は肩まで伸びたカツラを着用しているが、ナナコの髪はお尻まで伸びている。あまり手入れをしている風でもないのになぜか綺麗な真っ直ぐな髪をしている。その持ち主の心でも投影しているのだろうか? 素直すぎる髪質だ。
ナナコは、良く言えば真面目。悪く言えば融通が利かない性格だ。今もナナコは事前に準備した場所へと連れていくために、雑談もせずに黙々と歩いている。それはあまり集団生活では喜ばれない傾向にある。
「その、なんだ……。学校、どうだ?」
ナナコからは俺の姿は見えないはずなのに、何だか照れくさくて頬を手でかきながらその背中に問いかける。
「どう? とは?」
質問の意図を理解出来ないのか、足を止めて前を向いたまま訊き返される。
「調子というか、何て言うか、学校で浮いたりしてないか?」
ああ、とナナコは質問を理解したのか再び歩き出す。
「大丈夫。問題ない」
「そうか」
その回答にほっと胸をなで下ろす。と、ナナコは歩いたままの姿勢で、ほんの少し首をひねると、
「そもそも浮くはずがない。わたしに飛行能力はないわ」
俺を諭すように告げた。
どうやら大真面目で言っているようだ。
「あ、そうなのね……」
ナナコのマジボケに、俺はただそう返すしか出来なかった。